天啓の役割
現王太子が「奇跡の王太子」と呼ばれて、民衆に称えられていることは、梨亜もこの国に暮らすうちになんとなく理解してきた。梨亜についた家庭教師が、この王国の建国について、いろいろ教えてくれたのだ。
「この国は、最初大陸にある三十六の小国のうちの一つにしか過ぎませんでした。そして、そのころ、国同士は少ない領地を奪い合って諍いあい、大陸は荒れ果てていました。けれど、いまから二千年前、英雄アダルベルトがヒュペリオンさまのお姿を拝謁して祝福を受けると、戦乱に荒れた大陸でみるみるうちに二十もの国を平定してゆき、いまの平和なオーキッド王国を築き上げ、初代の王に就かれたのです。英雄アダルベルトが玉座に着いたとき、ヒュペリオンさまの祝福の光が玉座に降りそそぎ、アダルベルトさまはその場で剣を抜いて、ヒュペリオンさまに永遠の忠誠を誓われたのです。」
梨亜は家庭教師の言うことを神妙な生徒のふりをして、黙って聞く。梨亜を勝手にここに連れてきたヒュペリオンという神様は、そんな昔から存在していることに驚く。神様は代替わりとかしないんだ。不老不死っていうことなんだろうか。
「残念ながら、初代国王となった、英雄アダルベルトのあとの国王の歴々にはヒュペリオン様のお姿も声も拝謁はかなわなかった、ということですが、それから六代あとのクラウディオ王には、ヒュペリオンさまのお声が耳に届き、クラウディオ王は王国に歯向かう周辺国を制圧して、現在の王国の礎を築いた中興の祖として名を馳せられました。それからも何代かに一度、ヒュペリオンさまのお声が耳に届く王が現れたのですが、それらの方々はいずれも賢王として国を豊かにした、とあがめられております。」
「……ヒュペリオンさまのお姿が見えたり、お声が聞こえるのは、王族の方々だけなのですか?」
「そうですね。王家の男子が成人の儀を迎えられたとき、その耳に祝福が聞こえることが稀にある、ということです。二千年の歴史の中で、現国王は八十八代目となりますが、祝福を受けた王族は今までに歴史上五人ほどしかいらっしゃいません。そして、その方は天啓の祝福を受けると、いずれも玉座に就かれ、賢王として歴史に名を馳せられました。そして神のお姿を拝謁できるのは、初代アダルベルト王以来二千年の時を経て、現王太子のみ、と私はうかがっています。現王太子さまも第三王子でいらっしゃって、長幼の序を鑑みましても、本来なら玉座に就かれる立場ではありませんでしたが、ヒュペリオン様の天啓を受けられている以上、かの方が国の王になられるのは、全国民が望むことでありますので、立太子は当然のことだったのです。」
歴史の教師は重々しく梨亜に告げる。その内容に梨亜はなんとも言えない気持ちになる。
……たしかに、おじいさまの言う通り、おじいさまにはヒュペリオン様の声が聞こえることや梨亜にヒュペリオンの声が聞こえたり姿が見えたりする、などとみんなに知られたら、大変なことになりそうだ。歴史の先生の話を聞きながら、梨亜は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。なぜ、ヒュペリオンの声が聞こえるおじいさまが玉座に就かず、忘れられた王弟などと呼ばれて、こんな郊外でひっそりと暮らしているのか。
国を混乱に陥れることは、梨亜の望むところじゃない。梨亜は平穏に生きていくために、ヒュペリオンのこと、自分が異世界から来たことは徹底的に口をつぐむことにした。
……でも、ヒュペリオンが全知全能の神だと言うなら、梨亜をあえてここへ連れてきたのは、なんらかの役割を持たせようと思っているのじゃないか。梨亜にはその疑いがぬぐいきれない。
なぜ、この世界の唯一神であるヒュペリオンが、日本の、それも梨亜の庭先に降り立ったのか。
なぜ、そこまで不幸でもないと思っていた自分を、ヒュペリオンがここに連れてきたのか。
なぜ、自分にはあの時、ヒュペリオンの姿が見えたのか。
あれからヒュペリオンが姿を見せないどころか、声すら聞こえてこない以上、彼に問いただすわけにもいかず、梨亜はなぜ自分がここにいるのか、自問自答するしかなかった。おじいさまは「梨亜が幸せになるために」とか言ってくれるけど、それだけじゃない気がする。ヒュペリオンの天啓を受けている以上、なにか、自分にはここで果たさなければいけない役割があるんだ。でないと、ここに理由もなく連れてこられる説明がつかない。
オーキッド王国で年月を重ねるうちに、梨亜はそう思い込むようになっていった。




