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しばしの別れ

「さて、ここに長居することはできません。こっそりと西門の門番に頼んで潜り込ませてもらったのです。そろそろ失礼しないと問題が出そうです。なにせ、私は不法侵入者なので。」



 医師はそう冗談でもなくそう言って、にっこりと笑って立ち上がった。名残惜しいが、梨亜もまた立ち上がった。



「貴女に会えてよかった。ここにもぐりこんだはいいが、どうやってあなたと会えるのかと考えていたところでした。」



「ほんとうに。ヤコニートのおかげです。」



 梨亜も笑って立ち上がった。西門に二人で向かいながら、ゆっくりと話をする。



「あなたから見て、王族の方々はどんな様子ですか。」



「陛下とはあまり接することがないので、どんな方か具体的には申し上げられませんが、柔らかい雰囲気の方だとは思います。少し臆病な方だな、だとも思いますが。」



「そうですか。」



 ロレンソ医師はくすくすと笑う。



「ヨーゼフ殿下は、気さくな方ですね。ご夫婦仲がとてもよろしくて、こういってはなんですが、ごく普通の家庭を営まれているような、そんな敷居の低さがあります。私の想像していた王族の堅苦しさがあまりなくて、とっつきやすい方です。」



「そうですか。親しみやすさは国民にとって大事だと思いますよ。」



「そうかもしれませんね。」



「王太子殿下は、最初はあの、得体が知れないというか、何を考えていらっしゃるのかわからないところがありましたが、話してみたら、誰よりも国の行く末を案じて、国のことを一番に考えていらっしゃる方だな、と思いました。ただ、それが行き過ぎて、自分を犠牲になさっているところがあるんじゃないか、とそこが心配です。もっと我儘を通したい場面もあっていいのでしょうが、心許せる方がそばにあまりいなくて、意地を張っていらっしゃるのかな、とも思います。」



 梨亜は時折クリスティアーノが見せる寂しげな背中を思い浮かべ、梨亜はため息をついた。



「ヒュペリオン様は頼りなくて、あまり当てにならないところも多いので、せっかく天啓を受けられていても、知恵は授けていただけない、というか、神様にこういうことは言ってはいけないのですが、あの神様、ちょっと考え無しで無責任なところがあります。その分、クリスティアーノさまの荷物が多くなって、可哀想です。」



 頬を膨らせる梨亜を、ロレンソは静かに見つめていた。



「でも、王太子殿下のお考えになる国の改革が実現しないと、私も外に出られませんので、私も微力ながら、王太子殿下にご協力を願い出ました。私に何ができるわけではありませんが、天啓を受けたもの同士ということで、殿下も私と話すだけで安心できるものがあるみたいなので、お話し相手になっています。」



「そうですか、彼はそんなふうになっていますか。」



 ロレンソ医師は静かに言った。



「個人的なお願いですが、あなたがここを出る日まで、その『ご協力』を殿下に続けてあげてください。殿下が心許せる人は、あなたが思うように、とても少ないと思います。肉親はあまりあてになりませんからね。」



「はい、でも……。」



 梨亜はいぶかしむような目になった。なぜ、ロレンソ医師がそんなことを梨亜に頼むのだろうか。でも。そのことを問う前に、西門の前にもう着いてしまった。ロレンソ医師は、では、と梨亜の手を握る。



「また、来れる時には来てみます。いつもいつも潜り込めるかはわかりませんが、できればまたお会いしましょう。」



「はい、楽しみにしています。」



 ロレンソ医師は、片手をあげて、西門からあっさりと出て行った。いつも通り飄々とした風情で。そのとき、西門の門番が不思議な態勢を取った。一度持っていた槍を高々と上げ、それからその槍を自分の視線の位置まで下げて横向きに倒し、両手で持ったその槍に自分の額を付けたのだ。見たこともない儀式のようなその仕草に、梨亜は首をかしげたが、愛しい人の背中を目で追うことで、そのことはすぐに忘れた。医師の背は振り返ることもなく、遠ざかって行った。




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