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気持ちを伝える、ということ。

「日照時間が、問題なのだそうですよ。」



 唐突に、ロレンソ医師はそう言った。



「暑い夏を避け、春か秋に育てるのは間違いではなかったです。でも北の夏は気温が低いが、日照時間の長さは、南都や王都と同じぐらい長い。低い気温の時に、なるべく日を長くあててやることで、ここを北の夏と勘違いさせてやることで、ヤコニートは花開くそうです。だから、春や秋の夜明け前にランタンをともして畑を照らし、日が落ちた後も同じようにしてやる。そして、決まった時間に灯を落とす。さすが王宮の庭師ですね。思いもつかないことをします。」



 この人は変わらない。やっぱりただの研究バカだ、そう思いながら、梨亜はかけよって、医師に抱きつく。



「先生、会えて嬉しいです。」



 医師もしっかりと梨亜を抱きしめ返してくれた。



「あなたの無事な姿を見てほっとしました。もっとよく顔を見せてください。痩せてはいませんか?顔色はどうですか?」



「久しぶりに会うなり診察ですか?先生。」



 医師の胸に顔を押しつけて、梨亜はくすくすと笑う。



「大事なことですよ。私の一番大切な患者さんは、すぐに無理をしますからね。言葉だけでは信用できません。」



「じゃあ、診てください、はい。」



 梨亜はそう言って顔を上げる。ロレンソ医師は梨亜の前髪をかき分け、両頬を包むように両手で覆い、じっと梨亜の瞳を見つめてにっこりと笑う。



「ええ、思ったよりも元気そうです。安心しました。ここでの暮らしは不便はないですか?つらくはありませんか?」



「みなさん、良くしてくださいます。ヨーゼフ王子も、クリスティアーノ王太子様も、ナタリアさまも…。王様はあの、ちょっと労働を禁止されたのはなんですけど、それも一応、大事にしてくださっているから、という意味なんでしょうかね。私は大事な人質らしいですから。」



 最後はちょっと自嘲気味になった台詞に、梨亜は苦笑する。



「することがなくて退屈なのと、ここから出られないことと、先生が手紙のお返事を下さらないこと以外は不満はありません。」



「お手紙をくださっていたのですか、すみません。最初のあなたの南都を出る、というお手紙を頂いてから翌々日には我々もすぐに南都を発ったので、最初のお手紙以外は見ていないのですよ、すみません。ペペと北都に行き、そのあと西都に行って、ペペを私の恩師に預けた後、あなたを探しにこちらに来てみました。南都に帰る前にともかく一度会わなくてはいけない、と思いましてね。南都を急に出られたのも、事情があったようですし。」



「はい……宰相様のお屋敷に引き取られていた最初の時は、少し大変でした。……でも、クリスティアーノさまやナタリアさまが力になってくださって、王宮に来ることになって、それからは大丈夫です。……でも、枢密院さまの働きかけで勅命が下り、私は五年間、王都を出ることがかなわなくなりました。先生と旅に出たかったのに……それがとても残念です。」



「勅命……。なにやら大変なことに巻き込まれたようですね。あまり私は事情があって、ここに長居はできないのですが、少し話をしましょうか。」



 ロレンソ医師に手を引かれ、築山の向こうの四阿に梨亜は導かれた。ながく使われていない四阿のようで、落ち葉が椅子にすこし降り積もっている。ロレンソは椅子の落ち葉を除き、梨亜のドレスが汚れないようにと清潔な白い布をそこに敷いてくれて、梨亜を座らせる。



「お気遣いいただいてありがとうございます。まさか先生に、こんなレディみたいな扱いをしていただけるなんて、思っても見ませんでした。」



 梨亜は冗談めかしてそう言うと、ロレンソ医師もにっこりと笑う。



「あなたはいつも男の子のような恰好をしていましたからね、あの服装でしたら、私もあまり気遣わないかもしれませんが。でも、その綺麗なドレスが汚れるのはしのびないですからね。」



 この人は、研究のことしか頭に無いようで、時々こんな貴公子然とした仕草も見せる。そのギャップが魅力だった。梨亜はそんなことを考える。



「さて、ではあなたがどうして王都に来ることになったのか、そして勅命まで下って王宮に滞在する羽目になったのか、話していただけますか。」



 ロレンソ医師にうながされて、梨亜は手短に南都で起こりつつある独立問題と、マティアス公爵家とリベーラ議長のかかわりについて述べた。ロレンソ医師は深刻な表情で、うなずきながらそれを聞いていた。梨亜がすべてを話し終わると、医師は口を開いた。



「なるほど、あなたがここに滞在しなければいけない理由はよくわかりました。でも、それは王宮側の都合でしかないですね。勅命が出ている以上、これを打開するのは簡単ではなさそうですが、王太子殿下を味方につけられたのは良かったですね。なるべく早く王都から出られるように、私も何かしら手立てを打ってみましょう。」



 それはどんな、と聞きたい気持ちを抑えて、梨亜は言葉を呑み込んだ。そんなことよりも、今はもっと、伝えたいことがある。



「先生、わたし、先生が好きです。先生は私を旅に連れ出してくださるとおっしゃいました。私が先生のことを好きでも、そのお気持ちは変わりませんか。」



 梨亜は知っている。ロレンソ医師が同情や義務感から、梨亜を南都から連れ出そうとしてくれたこと。自分の恋心を隠したまま、その旅に出ても良かったけれど、いまはそれがとても卑怯なやり方な気がして、とにかく自分の気持ちを伝えたかった。先生の厚意を利用するような形でそばにいるのではなく、正々堂々と、自分の気持ちを明かして、それでもそばに置いてほしい。そんなひたむきな思いで、梨亜は自分の気持ちを口にした。



 医師は少し困ったような顔をした。



「いいのですか?私は『猫殺し』と名のつくようなおかしな人間ですよ。とても公爵令嬢たるあなたに似合うような人間ではない。それに年齢もずいぶん離れている。」



「年齢なんか関係ありません。それに先生は私がほんとうは何者か、知ってらっしゃるでしょう。異世界人は、そういう対象になりませんか。」



「そんなことはありません、が……。」



 ロレンソ医師は黙り、少し考えていた。



「……あなたのことは、私もどう考えていいのかわからないのですよ。いままで女性をそう言う対象で、考えたことはないのですが、あなたはその、……いろいろと身の丈に合わない無茶なことをやるでしょう?正直、次になにをしでかすか心配で仕方ない。いろいろと規格外で、だからこそ、手に届くところに置いておいて、見守ってあげたい。こんな感情は、ほかの人には抱いたことはありませんでした。一緒に住んでもかまわない、そう思った女性は初めてなんですよ。」



 そこまで話して、医師はふたたび黙り込んだ。



「ともかく、私は、あなたがそういう感情を私に抱いていると知った今も、その気持ちに変わりはありません。状況が許せば、やはり一緒に旅に出ましょう。そのときまで、答えは待っていただけますか?」



「ありがとうございます。今はそれで十分です。」



 梨亜はきっぱりと言った。医師が気持ちに応えてくれるだろうとは、最初から考えていなかった。ただ、梨亜は伝えたかったのだ。伝えて、それでも先生は自分と旅に出たいと言ってくれた。それで梨亜は十分満足だった。

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