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セリオとの再会

久々の更新です。お待たせして申し訳ございません。

 梨亜がヒュペリオンに頼みごとをしてから数日後、クリスティアーノがまたもふらりと梨亜の部屋を訪れた。



「こんばんは。どうしたの、今日は。」



「うん、おまえのところには知らせがないか?」



「何を?」



「明後日、セリオ・フェルディナントが王宮に来る。おまえにも会いたいそうだ。」



 梨亜の背中に緊張が走る。無理やりテオバルドにセリオの家から連れ出され、それを引き止めようとしたセリオはテオバルドに突き飛ばされている。たいした怪我は無かったと思うが、南都屈指の名門の令息からすれば大きな屈辱だったろうと思う。エリサルデ侯爵家からセリオに宛て、二度ばかり手紙を送ったが、返信は無かった。男爵夫人から、時々消息は聞いていたが、彼本人とコンタクトを取るのはあれ以来である。



「セリオ・フェルディナントはなにを思ってここに来るんだろうな。」



 クリスティアーノはためいきをついた。



「前に、『王都でフェルディナント商会の支店でも開いてしばらくしたら、おまえを迎えられるかも』って手紙を出したって、話をしたろ?もしかしたら、セリオはそのつもりかもしれないし、もしくはおまえを南都に連れ帰るために強硬手段を取ろうとするかもしれない。」



「……でも、私の気持ちはセリオにはないし、セリオもそれは知ってるよ?」



 梨亜は小さな声で言う。



「それはそうだろうが、あいつ自身の今の気持ちはどうなんだ?俺が南都に行った時、俺がおまえに会いたいと言っても、のらりくらりとはぐらかして、おまえを紹介しようとしなかったぐらいの男だぞ。おまえの気持ちを知りながら、婚約者を装い、おまえを手元から手放そうとしなかったヤツだ。一見人あたりがよさそうで、一筋縄ではいかない男だ。」



「そうね……。」



 梨亜も重いため息をつく。



「でも、私はセリオが王都に来ようが、セリオと一緒になるつもりはないから、そのことをはっきり伝えるしかないわ。」



「そうか……、おまえの気持ちは変わらず、か。」



「そうよ、わたしの気持ちはただ一人のひとのものだから。」



 梨亜はあごを上げる。



「だったら、じゃあ、頼む。俺は南都の動向を知りたい。マヌエル・リベーラは俺が南都に行っても俺と顔を合わそうとしない。何度か面会を申し込んだが、体調不良だの外国へ行っているだの言い訳をして会ってはくれない。だから、あの男が何を考えているか、少しでも情報を得たい。セリオ・フェルディナントにリベーラが何を考えているか、聞き出してほしい。また、フェルディナントが独立派に対してどの程度協力するつもりなのか、合わせて探ってくれ。」



「わかったわ。」



 梨亜はうなずく。セリオの久々の再会は、旧交を温めるだけのものではなく、クリスティアーノの協力者としての最初の仕事となりそうだった。




 二日後、梨亜はセリオと王宮の来賓室で顔を合わせた。



 セリオはいくらか面痩せていた。いかにも育ちの好さそうな坊ちゃん然とした丸顔が少し削げ、苦労知らずな人の良さが表情に出ていたのが裏に引っ込み、代わりにいくらか懊悩を重ねた悩まし気な色気を発散させている。これは南都の女の子が放っておかないだろう、と梨亜は眺めた。



「ご無沙汰しています。久しぶりね、セリオ。」



 そう言いながら梨亜が近づくと、セリオは跪き、敬礼した。



「マティアス公爵令嬢、ご無沙汰しております。このたびはご多忙中にも関わらず、こうしてお目にかかる機会を作っていただき、感謝しております。」



「やめてよセリオ……。」



 梨亜はあっけに取られた。いつだって誰よりも近しく梨亜の手を取り、エスコート役をほかに譲ろうとしなかったセリオが寒々しいばかりに他人行儀な態度を取ることに、梨亜はとまどった。そして、はっと目をやる。



「あなたは、しばらく下がって。私が良いというまで部屋に入らないで。」



 梨亜が命じたのは、王宮の護衛騎士と王宮侍女だった。



「しかし、未婚のご令嬢と、男性を部屋に残すわけには。」



 王宮の侍女が渋るが、梨亜は言葉を重ねる。



「二人きりではないわ。フェルディナントの使用人はここにいるから。」



 セリオと一緒に、ホアキンとフェルディナント家の侍女がこの接見に着いてきている。



「心配なら、この部屋の扉のすぐ外で控えていて。必要ならばすぐに呼ぶから。」



「……わかりました。では、南都の男爵様、リアナ嬢は大切な王宮の預かりものでございます。くれぐれも無礼な真似はなされませんように。」



 侍女はひとこと注意をして、護衛の騎士を連れ、部屋から出て行った。



「……もう大丈夫よ、セリオ、座って。私がお茶を淹れるわ。」



「ああ、ありがとう……ございます。」



「だから、敬語はやめてよ、私たちの間でらしくないわ。友達でしょ?」



 梨亜は肩を怒らせてセリオを無理やり椅子に座らせ、お茶を淹れる。セリオはしばらく沈黙していた。



「あれから、南都のみなさんはお元気かしら。」



「うん、元気だ。」



「そう……。」



 またも言葉が途切れる。梨亜はなにから話そう、と頭を働かせると、唐突にセリオが口を開いた。



「王太子さまから手紙をもらったんだ。王都に来ないかって。枢密院の執政の方々は、どうやっても君と王都に置いておきたいから、あの侯爵の息子を使ってきみを王都から連れ出した。でも、きみとぼくの婚姻は王都であれば成立するかもしれないから、ぼくが王都で何年か過ごしたら、きみとの結婚の許可も下りるかもしれない。だから、王都で暮らすことも念頭に置いてみたら、みたいなことを。」



「ええ、私もそれは聞いたわ、でも……。」



 梨亜は言いよどむ。セリオが梨亜との結婚を望んで王都に来ても、梨亜がその気がない以上、無駄な移住となってしまう。しかし、それでもいい、とセリオが望んだら、梨亜はどうしたら良いのだろうか。



「だから、ぼくも真剣に考えた。フェルディナント商会は、果たして王都でもやっていけるのか、……じつは、王都に来たのはもう十日も前だ。王都に入ったときは、ぼくは心が勇んでいた。王都でもフェルディナント商会を成功させ、かならず君を迎えて見せよう、と。開業の下調べも兼ねて、王都に早めに入った……でも。」



 セリオは唇を噛んだ。



「………僕は、王都で生きてゆくのは無理だ、と思った。言葉は悪いが、ここは死にゆく街だ。庶民に活気が無さ過ぎる。金を持っているのは領地のある貴族ばかりで、その貴族は決まった店でしかものを買わない。新興の店が入ったところで、やっていけないだろう。そして、貴族の出入りする店意外にに羽振りの好さそうな商売は見当たらない。新規の商売人にとってはうまみの少ない街だよ、ここは。」



「そう。」



 梨亜は言葉を控えて、セリオの聞き役に徹する。



「南都の人間は、あの大旱魃(だいかんばつ)のとき、自分たちばかり割を食ったように思っている人が多いけれど、ここへ来て僕はそれは違う、と思った。庶民の貧しさは南都の比較にならない。それに比べて、王都の貴族たちの邸の豪奢さは目を見張るものがある、そして、この王宮。」



 セリオはぐるりと室内を見渡す。



「いたるところに装飾が施され、磨き上げられ、調度の質、量、やはり段違いだね。しかし、王宮を一歩外に出て庶民の暮らしを見ると、いかにこれが寒々しいものかわかるよ。この王都の王族、貴族の暮らしを守るために、だれが犠牲になっているのか、火を見るよりも明らかだ。私財をなげうってみずからの領民と南都の民のことを助けてきたきみのおじいさまは、貴族・王族の中ではやはり異端だね。ここに来て思った、リベーラさまの言うことは、やはり、正しい、と。」



「それは……。」



 梨亜の身体が震える。



「セリオは、リベーラさまの計画に乗ろうって思ってるの?」



 セリオは灰色の瞳をもの憂げにそらし、いや、と言った。



「僕にそんな力はないよ。ただ、静観しようと思うだけだ。フェルディナントの力なんかたかだか知れている。……でもね、リアナ、この国は長くは保たないよ、近い将来、きっと自滅する。その前にリアナはここから出たほうがいい気がするけどね。きみはマティアス公爵さまの孫だから断罪されることはないとは思うけど……危険には違いないと思う。そのときに君を助け、カリエンテに帰る手伝いが僕はできたらな、とは思っている、『その時』が来たら。」



「そうならないように、クリス……いえ、王太子殿下はひそかに尽力されているの。王都の王族、貴族はセリオの言うように信用できない人も多いけど、王太子殿下のやろうとしていることは間違いじゃないと思う。私は殿下のやろうとしていることを見届けたら、自分の力で王都を出るつもりよ。」



「そう……。」



 セリオは底光りのする瞳で梨亜をじっと見つめた。



「情熱あふれる現代の英雄、王太子様にリアナはやはり心惹かれたのかな。」



「そうじゃない、私の気持ちは変わらない。」



 梨亜はセリオの目を見返して、言い切った。



「……そう。きみの心は変わらず、か。悪いがあの医師はもう南都にはいないよ。双子の片割れを連れてどこかに旅立ったそうだ。戦禍を逃れようと、きみを見捨てて生まれ故郷の西都にでも行ったんじゃないか。そこも安全とは、ぼくにはとても思えないけどね。」



 ふっと不気味な笑顔をセリオは見せた。梨亜は背筋がぞっとするのを感じた。クリスティアーノはなんとかセリオを懐柔しようと努力してきたが、もうそれは手遅れだったのかもしれない。そんな悪い予感が胸をよぎる。



 セリオは黙って立ち上がった。梨亜はそれ以上、何も言えずセリオを見送るために立ち上がる。セリオは来賓室の戸口を出ようとしているとき、ふとたくさんの花が生けられている花瓶の花の一輪に手を触れた。



「パープラ、か。名も知らない他国の花々と一緒に、ポロネーシュの花がここに生けられている。気候もポロネーシュと遠く離れたここに、これが一輪だけ生けられているのは美しいけれどいかにも哀れだ。まるで今のきみのようだね、リアナ。」



 言われて梨亜は思い出す。初めてセリオに求婚されたのが、エルンスト館のパープラの生垣の前だった、と。



「またね、リアナ。次に再会するときは違う形で会えることを願っているよ。」



 含みを持たせた言い方で、セリオは去って行った。梨亜は黙ってその背を見送った。



 セリオが去った後、梨亜はふらふらとセリオが触れていた花瓶のほうに近寄った。美しく咲き乱れる花が生けられている花瓶の中に、確かに南都で見慣れた花、パープラが見える。だが、梨亜は食い入るように一点を見つめた。



 色々な花々に混じり、ヤコニートの花と思われる白い花が、確かにその中で一輪、ひっそりと生けられていた。



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