ヒュペリオン再訪
次の日の夜、久々にヒュペリオンがやってきた。疲れ知らずの神様のはずなのに、なんだかひどくげっそりした顔をしていた。
「八十七匹」
いきなりヒュペリオンはそう梨亜に告げた。
「へ?」
「だから八十七匹。きみの子猫たちが産んだ子猫。いやー、我ながら恐ろしいね。子孫繁栄の祝福。僕って結構な力持ってる神様だね。なーんにも考えずにただ祝福与えてただけだけど、多産の動物にかけるの初めてだったから、こんなに効果的って知らなかった。八十七匹の子猫の…あ、もう全部が子猫ってわけじゃなかったけどさ。引き取り先を探してきたよ。」
「スゴイデスネ……。」
「それだけ?」
「ありがとうございました。無理なお願いを聞いてもらって感謝しています。」
「いいえー。僕は『天啓の子』には甘いからね。少々の理不尽は引き受けますよ。」
それを言うなら、強制的にこの世界に連れてこられた梨亜も結構な理不尽をヒュペリオンからこうむっているのだが、梨亜にはそれには触れないでおく。「じゃあ、あっちに帰る?」と問答無用で連れて帰られると、ロレンソ先生に二度と会えなくなるし、クリスティアーノとの約束も守れなくなる。
ヒュペリオンは、梨亜の感謝の言葉を聞いて、なんとなくふんぞり返る。その表情に思うところがないわけではないが、梨亜は一応、今日はおとなしくしておく。全知全能の神様に、あんまり楯突くのもどうかと思うので。
「……しかしさ、人間って勝手だね。猫の子の数を恣意的にコントロールして、自分の家に入れて飼うことが一番の猫の幸せって誰が決めたの。」
「うーん?」
梨亜は首をかしげる。
「例えば森の中で完全に野生に生きている猫ならば、ある程度天敵やエサになる動物の多さで自然に淘汰されるかもしれないですけど、私の国の猫たちって、人間との関係が切っても切れないんで、ある程度、人間が数をコントロールするのも仕方がないかな、と思います。人間の勝手だと言われれば、そうなんですけどね。」
「……ほんと、人間て複雑怪奇だよ。勝手なルールをたくさん作って、自分たちの首を絞めるようなことたくさんしてるよね。このオーキッドもさ、アダルベルトが作りたかったのはこんな国なのかな。僕は時々疑問に思うよ。僕ができることは、せいぜい子孫繁栄と健康の祝福ぐらいなんだから、政事とかは、上に立つ人間がうまくやってよ。……ま、梨亜に言うことじゃないか。クリスんとこに行って文句つけてやるか。」
ヒュペリオンはぶつぶつと言いながら、ひょいと腰を上げるので、梨亜は慌てて押しとどめる。
「待って待って。クリスにこれ以上プレッシャー与えてあげないで。……そもそも、天啓って、ほんとうにヒュペルさまが人を選んで与えてるもんじゃないの?歴代の天啓王が賢王って呼ばれてるのは、ただの偶然じゃないと思うんだけど。」
「なに、クリスになにか言われた?……ていうか、梨亜は知らないうちに、あの腹黒とずいぶん仲良くなってるよね。お人よしの梨亜は絆されて利用されないか心配だよ。」
ヒュペリオンはじろりと横目で梨亜を睨む。
「恋……はしてなさそうだね、梨亜のほうは。そういうオーラは出てない。ま、オーラですべての心理が読めるわけじゃないから、梨亜を連れてきた時みたいな大失敗も起こすんだけどさ。母親にいじめられているオーラに、猫を可愛がるオーラ、さらにやせ細っている梨亜を見て、てっきり僕は梨亜は虐待を受けながらも子猫を可愛がる優しい少女だと思ったのに……。意外に梨亜って気が強いし、意地っ張りだよね。」
「今更です。」
「まったくだ。」
ふう、とヒュペリオンがため息をついた。
「天啓の法則なんて、ぼくはなんにもわかんないよ。ただ、国に波乱が起きそうなときは、前もって天啓を持つ王子が現れる。そして、天啓を受けた君の祖父が王に即位しなかったことで、国は乱れた。だから、もっと強い天啓を持つ王子が現れた。そういうことじゃないかな。焼け野原に、前より強い草木が育つようなもんだよ。天啓は僕の力技じゃない。自然の摂理だ。……だけど、クリスがきみのおじいさまみたいに、天啓を隠そうとするそぶりを見せたから、ぼくは先手を打った。彼が自分の運命から逃げないようにね。クリスには気の毒だとは思うけど、ぼくは親友アダルベルトの作った国がこれ以上混乱に陥るのも見たくなかったしね。」
「そうですか……。そもそもおじいさまが『天啓』であることを隠しているのはどうしてですか?」
「前王とその弟は、激しい王位継承争いをした。ヨーゼフとフランツの時も代理戦争みたいなことをやってたけど、前王のときは、本人たちが反目しあって、結構大変だったんだよ。それがやっと決着して、第一王子だった前王が即位した。けれど、前王は子どもに恵まれず、王位争いをした第二王子の息子、いまのクリスたちの父親である現国王が王太子になる、という路線がほぼ決まっていた。でもそれを面白く思わなかった前王は、年齢の離れた弟であるきみの祖父を、次の王太子に冊立しようと模索していたんだ。王位継承争い、第二弾が勃発するのを恐れたきみの祖父は、ぼくの天啓を聞こえないふりをした。……そのときは、それが最善かと思ったのかもしれないけど、現国王はとんだ愚物じゃないか。やっぱり天啓は正しかったんだよ。これでクリスも『天啓逃れ』をして、ヨーゼフが国王になったら、きっとこの国はもっと乱れるよ。」
「ヨーゼフさまだって、悪い人じゃないし、それなりにいい王様になれそうですけどねえ。」
「『いい人』ってだけじゃ政事は行えないよ。現王だって、べつに王じゃなきゃ、好人物だと思うけどね。」
そうかもしれない、と梨亜は思った。
「どれ、ぼくはちょっと神殿に帰って休もうかな。南都ではそろそろベビーラッシュが始まるから、当分休めそうにないからね。」
腰を上げようとしたヒュペリオンの顔を見て、梨亜はひらめいた。梨亜は甘えるようにヒュペリオンに手を合わせる。
「ヒュペリオン様、わたしもクリスに協力することにしました。それにつきまして、わたしから改めて、ヒュペリオン様にお願いが。」
「な、な、なに?絶対聞きたくない!猫の始末より面倒なこと押しつけられそうな気がする!!!」
ヒュペリオンは飛び退るが、梨亜はかまわず詰め寄る。
「ヒュペリオン様にしかできないことです、お願い、ね?」
小首をかしげて、梨亜はヒュペリオンにおねだりをすると、ヒュペリオンはみるみる青ざめた。
「いやだー!絶対いやだーーーー!」
ヒュペリオンの絶叫を聞きながら、これはいける、と梨亜は確信をもってにやりと笑った。




