クリスティアーノの独白 その1
俺が五歳でヒュペルの「天啓」を受けたって話は知ってるか?そっか、知ってるよな。有名だもんな。今でもあれは事故みたいなもんだって思うけど、あの天啓は、いたくナタリア姉さんの母でもある宰相夫人を失望させたんだ。宰相夫人は、自分の娘を王妃にすることに命を懸けていたからな。 ……でも、バネッサと俺は仲が良かったから、宰相夫人は切り替えた。ナタリア姉さんほど賢くはなくとも、鼻っ柱の強さと行動力は、折り紙付きだったから、年上の王妃として、正しく俺を導けるだろう、という思惑もあったのかもしれない。
……でも、俺らはまだ子どもで、大人たちの思惑はよく理解できなかった。俺は突然、あの「事故の天啓」を境に、家庭教師をごっそりと替えられた。新しい教師たちが入れ替わり立ち代わり、俺になにやら「国王としての教育」を始めたんだ。俺は勉強なんか大嫌いな悪ガキだったし、しょっちゅう逃げ出しては家庭教師たちに怒られていた。
でも、三つ上のバネッサも、勉強嫌いなのに今はがんばって王妃になるための教育を受けている、と聞いて、俺は真面目に勉強に取り組むようになった。今まで俺に見向きもしなかった気色の悪い女の子たちが俺の周りにまとわりついて媚びを売るようになっても、俺は俺になんでもズバズバ命令したり、怒ったりしてくるバネッサのほうが一緒にいて気持ち悪くなかったし、バネッサが味方だと思うと、心強かった。
今思うと、好きとかそういうのとはちょっと違ってたな。悪い悪戯を一緒にやってくれる姉であり、頼りがいのある年上の相棒っていうふうにバネッサを見ていたんだ。
バネッサだって、弟のテオバルドと同い年の悪ガキを、いきなり「彼は天啓の王子で、いずれ国王になる、おまえはそれの正妃にならないといけないから、とにかく立場にふさわしくあるため教養を身につけろ」と言われて面食らってたと思う。
俺らは婚約者候補、っていう立場だったから、たびたび二人で会う機会を持たされていたけど、いつも自分たちの家庭教師の悪口なんかを言って憂さ晴らしをしてた。
「もうこんなこと最低。早く大人になればいいのに。」
よくそうやってバネッサは言ってたな。そして、俺らが大人になったら、むかつく家庭教師たちはぜーんぶ首にして、自分たちと思うように国を支配しよう、なんて幼いことを言っていた。
でも、俺が成人の儀を迎える手前に、その幼い野望は終わった。バネッサから手紙をもらったんだ。
「やはり、自分には『天啓の国王の王妃』は荷が重すぎる」、ってな。
結局、それは言い訳で、三つ上のバネッサは、俺がやっぱりお子様にしか見えなくて、男として見られなかったからじゃないか、って俺は思ったんだ。
俺は梯子を外された気持ちだった。一緒に頑張ろうって約束してくれたのに、突然いなくなるってなんだよ、って思った。
でも、同時に誰よりも俺は理解できた。責任のある立場っていうのは重い。国王となると、正妃ひとりってわけにはいかなくて、諸外国の側妃も迎えるし、高位貴族の各家も正妃になれなくとも側妃は必ず立ててくる。バネッサは誇り高い女だ。好きな男ならまだしも、弟にしか思えない俺と、年下の妃たちと寵を争うなんて、バカバカしくてやってられなかったんだろう。
そして、俺の成人の儀のひと月前、バネッサは王都から姿を消した。
そして、その次の日、宰相夫人が俺のところに謝罪に来た。でも、それはただの謝罪じゃななかった。エリサルデ宰相夫人が我が娘たちを王妃にしたかった理由、それは、個人的な野望とかそういうもんじゃない。この国のバランスを取るために、重要だったって話だ。
オーキッドの国王の正妃は、基本的に王都の貴族の中から選ばれることになってる。王都にタウンハウスを持つ貴族はおよそ四百。そのすべての令嬢に王妃の可能性があるかっていうと、実はそうじゃないんだ。ここ何代かは枢密院のどれかの家、もしくは宰相の家からしか正妃は立っていない。ヨーゼフは父親の正妃さまが母親だが、それは枢密院のレセンデス伯爵の家から出ている。おまえもこの間枢密院の連中と会ってるだろ?少し小柄で、物静かそうな爺さん覚えてないか?、そう、そいつだ。
で、二番目の兄と、俺は枢密院の議長のサルディバル侯爵の家の娘、そう、あの白髭のじじいが俺の祖父ってことになる。まあ、あのクソ爺を祖父ともなんとも俺は思えないけどな。
先代も先々代も、正妃も王太子の母の国母も、枢密院の出だ。宰相家は男子ばかりが続き妃は立てられなかった。結果、国王の外戚ばかりの枢密院は年々発言権を増してきたってわけだ。宰相の亡くなった奥さんは、宰相の従妹になりエリサルデ家の分家の出身だったから、これが憂える事態だ、と理解していた。国王、枢密院、宰相は絶妙のパワーバランスの上に本来成り立つべきなのに、おれの親父は枢密院の言いなりだ。枢密院で決まったことはぽんぽんと判を押して勅命にしてしまう。……おまえもその被害をこうむっただろ?
だからこそ、次世代の王妃は、宰相の家から出すべきだ、と宰相夫人は必死だった。姉上……ナタリアは上の兄たちと年回りも近かったし、美しさ賢さも抜きんでていて、まさに王妃の器だった。これならば枢密院の言いなりにならず、正しく国王の腹心となるだろう、と宰相夫人は思っていたと思う。ヨーゼフ兄さんに王太子の座が決まりかけていた時、……あの「事故」の天啓だ。宰相夫人の落胆は半端なかった。
そして、俺につけられた新しい家庭教師は、すべて次代の枢密院となる高位貴族の家の人間ばかりだった。親父も、王太子候補となったとたん、現在の枢密院たちが家庭教師につき、寄ってたかって洗脳されたんだ。ああ、あの爺たちは、みーんな親父の元家庭教師ばかりだ。あいつらは親父に教え込んだ。「枢密院は王の忠実な家臣だ。王を助け、国のために一生を尽くし、私心は殺して生きる。だから、枢密院の意見は重用せよ、逆らってはならぬ。」みたいなことをな。そして、現在の枢密院は、俺にも同じことをしようとしたわけだ
俺が親父みたいにならないために、バネッサとテオバルドは俺の腹心と懐刀となる予定だった。そのつもりで宰相夫人はふたりを教育してきたんだ。……けれど、バネッサはその仕事を投げうって逃げてしまった。そして、テオバルドはまだ若く頼りない。宰相夫人は俺に手をついて謝るとともに、俺にこう言った。
「枢密院の派遣してきた家庭教師の方々は立派な人たちですが、その人たちの言うことすべてを全面的に信じてはなりません。また、バネッサ以外のあなたのまわりの娘たちは、みんな枢密院の家の娘たちばかりです。あなたは誰かの言いなりではなく、あなた自身を信じて、ご自分の力で腹心となる王妃をお選びください。」
ってな。
俺は、頭を鉄槌で殴られた気持ちだった。今までの家庭教師の教えはなんだったんだ、俺らに媚びを売ってきた娘たちは、自分の親族たちを取り立ててもらうための媚びだったのか。そもそも枢密院は害悪でしかないのか、とかな。そのとき、俺はなにか目が覚めた気がしたんだ。同時に、何も信じられなくなった。親父を助け、いずれは俺が国王になったときに俺の手足となって手助けしてくれる枢密院は実は敵なのか、とかな。
俺は混乱したまま、成人の儀を迎えた。五歳の時にヒュペリオンは確かに俺の前に姿を現した。でも、あれは事故みたいなもんで、ほんとは神様なんて見えないんじゃないか、と思っていたけど、ヒュペルは神殿の中で、ちゃんと俺の前に現れた。そのとき、むらむらとヒュペルに腹が立った。おまえが気まぐれに俺に天啓を与えたせいで、俺はなりたくもない王太子候補になり、枢密院というやっかいな敵か味方かわからないものを背負い込むことになってしまった、ってな。だから、そのとき、俺はひそかに決意した。
もし、神父に「天啓はありましたか。」つまり、ヒュペルの姿形が見えるかとか、声が聞こえるかとか尋ねられたら、それを思いっきり否定してやろう、ってな。そうすれば、王太子の位は、またヨーゼフ兄のものになるだろう、ってな。
けど、そんな俺の企みはあっさり打ち消された。儀式が始まり、俺が像の前に膝をつくと、その前にヒュペルの野郎が立っていて、俺と目が合ったとたん、にっこりと嬉しそうに笑って、「やっぱ見えるんだね、俺のこと。」って言って、さっと片手を振った。神父が俺に天啓があるか、なんて聞く前に、神殿に光が満ちあふれ、俺は完全に「天啓の王子」ってことになってしまった。だから俺ももうやけくそで言った。
「ご覧の通り、天啓を頂きましたので、私はヒュペリオン様とオーキッド帝国に永遠の忠誠を誓います。」ってな。
だから俺は「天啓」っていう運命とともに生きることにしたんだ。生きざるを得なかった、ってとこかな。




