秘密の茶会
茶会当日、よく晴れあがっていたいた好天に、侯爵家の使用人たちは、気を利かせてガーデンパーティ風の茶会を用意してくれた。
茶会に現れたのは、王都の令嬢たち五人。いずれも王子妃ナタリアの信奉者である。その証拠ででもあるように、例の青めのうのブレスレットを左手につけている。
「みなさん、今日はいらしてくれてありがとう。おそろいのブレスレット、とてもよくお似合いよ。」
梨亜が微笑みながら言うと、令嬢たちは嬉しそうにうなずいた。
「ナタリアさまの言うとおり、これをつけていると、なんだかとても心安らぐの。リアナ様、あなたはなさらないの?カルデロンのお店ではまだ正式に販売前だということですけど、ナタリアさまの口利きで、私たちはいち早く手に入れることができたの。きっとこれから『ナタリアさまの青いブレスレット』は王都中に流行すると思うのよ。」
「そうね、私もそのうちつけさせてもらうわ。」
梨亜は微笑みながら言うが、引き起こした弟子入り騒動のせいで、梨亜は残念ながらカルデロンの店を出禁になってしまった。しかし、令嬢たちにそんなことを言う訳にはいかない。
「みなさま、ナタリアさまが大好きなのね。」
梨亜がそう言うと、令嬢たちはもちろん、というように顔を輝かせてうなずいた。
「あんなにお優しく美しく、賢いかたはいらっしゃらないわ!もう三人もお子様がいらっしゃるとは思えないほど若々しくていらっしゃるし!」
二十台も半ばか、に見えたナタリアは実は三十路で、しかも赤子を含める三人の男児の母でもあるという。輝くばかりの金髪に、優しげに見える緑の瞳、つやつやとした肌つやはとてもそうは見えない美しさである。第一王子ヨーゼフとも仲睦まじく、理想の夫婦、として王都中で崇められているという。
「王太子さまも生涯独身を貫かれるのも、ヨーゼフさまのお子様たちがいらっしゃるから安心できる、と常々口にされているし、ね。」
「でも、王太子さま、あんなに美男子でいらっしゃるのに、生涯独身なんてもったいないわ!」
令嬢たちは口々に王家の噂をする。
「アダルベルト様以来の『天啓』が、王太子様のお子であったら引き継がれるかもしれないのに、もったいないとうちの父もよくこぼしてますの。」
「でも、『天啓の君』の花嫁なんて、誰も務まりそうにもありませんもの、仕方ないかと。」
「そうね、神様と直々にお話できる王の王妃なんて、神々しすぎて……とても。」
「悪いことをしても、『神から聞いた』と言われたら隠しようもありませんものね。」
「あら、あなたはもし結婚されたら、旦那さまに隠れてこっそりと悪いことをなさるつもりですの?」
「まさか!たとえ話ですわ。」
笑いさざめく令嬢たちに合わせて、梨亜も笑みを浮かべる。
「それにしても、この間のリアナさまのご衣裳は素敵でしたわ。」
「そう!あの水色のドレス!とても立ち姿が美しくて、まるで海辺に上がった人魚姫のよう!噂に聞いていた『真珠姫』とお知り合いになれて、私たち、とっても嬉しいですわ。それに見たこともないようなアクセサリーの数々!得も言われぬ美しさだったわ。」
「ありがとう。」
梨亜は微笑み、そして咳払いする。
「では、今日の本題に入りましょうか。みなさま、ご用意のほうはよろしくて?」
「ええ。」
令嬢たちは、後ろにたつ自身の侍女たちに目配せする。侍女たちは目をきらりと光らせてうなずき、にじり寄ってきた。
「では、お披露目しましょう。」
梨亜は机の下に隠しておいた、黒いケースをテーブルの上に取り出した。
四半刻後、令嬢たちのきゃあきゃあとざわめく声が、侯爵家の邸内の奥にまで聞こえてきた。部屋にいたテオバルドが何事か、と庭の茶会のほうに顔を見せて、愕然とした。
茶会に来ていた令嬢たちがそれぞれに頭に真珠姫仕様のラリエットを頭につけ、互いの頭を指さし、大騒ぎしているのだ。
そして、梨亜はというと、なんと机の上で堂々と札束を数えていた。
「お、おまえ、いったい何をしているんだ!」
札束を数えていた梨亜は、目を上げてテオバルドを見て、にっこりと笑った。
「なにって、アクセサリーの展示即売会ですわ。みなさま気前が良くて、おかげさまでほとんど完売いたしましたの。」
退職金代わりに、と男爵夫人が持たせてくれたアクセサリー。現金のほとんどをロレンソ医師への支払いに充ててしまった梨亜は、夜会でお披露目したアクセサリーを、令嬢たちに売りつけて、莫大な利益を上げたのだ。思い通りの展開に梨亜は大満足である。
五年間、梨亜が王都から出られない以上、エリサルデ侯爵家ではなく、一人暮らしするための家が必要だと梨亜は思った。梨亜が王都で済む、と言ってもそう簡単ではない。公爵家の名に恥じない程度の小奇麗さは必要だろうし、侍女も用心棒もいる。祖父の手を借りずにそれだけのことをするには大金が必要だ、と梨亜は男爵夫人がくれたアクセサリーを売り払ってそれの経費に充てようと考えたのである。
「馬鹿野郎!俺の家の庭で勝手に店開きするな!!!!」
怒り心頭のテオバルドの絶叫が庭中に響きわたった。
「おまえは!恥というものを少しは知れ!仮にも公爵家の娘が、なんで出入りの商人のような真似事をするんだ。」
「あら、このうちから出て行って自立するには、先立つものがどうしても必要だもの。なりふり構っていられないわよ。」
茶会を早々に解散させられ、梨亜はテオバルドに怒鳴りつけられていた。
「おまえというものは、次から次へと、なにをしでかすかたまったもんじゃない。俺は胃が切れそうだ。」
「あら大変、あなたのお腹のためにも、さっさとこのおうちを出て行かなきゃね。じゃあ、さっそく次のお茶会の計画を立てないと。このお茶会に来たいと言われる方が殺到しているのよね。」
「馬鹿野郎!俺の庭でこんなことをやるのは二度と許さんぞ!」
「ここに私が居座り続ける限り、あなたと私の縁談は消えて無くならないわよ。」
「そうじゃなくて!おまえの祖父に王都に来てもらうなり、せめて金だけでも出してもらうだけでも解決する話だろうが!」
「私のことは、おじいさまに頼らず、自分で何とかするって決めてるの!テオは口を出さないでくれる!」
二人の言い争いはヒートアップするばかりで、それは侯爵が下城するまで続いた。
侯爵は家に帰って、今日の顛末を聞いて頭を抱えた。梨亜のやらかしたことも確かに外聞が悪いが、問題は、二人の仲の悪さである。
「リアナは南都の近くで生まれ育ったんだから、いろいろと我々と考え方が違うのだろう。テオバルドも頭ごなしに怒鳴りつけるのはやめなさい。」
侯爵はとりあえずの仲裁に入ったものの、このまま二人を邸にこもらせておいたら争いが絶えないだろう、と考えた末、禁じていたテオバルドの城への出仕を許した。翌日、枢密院に呼ばれて以来の久しぶりの出仕に、テオバルドは意気揚々と出仕した。
そして、まだ昼にもならない頃、テオバルドは勇んで下城してきて、梨亜の部屋に駆け込んできた。
「喜べ!おまえにも俺にとっても朗報だ。おまえの住処が見つかったぞ。」
「はあ?」
白目を剥いて梨亜はテオバルドを見つめる。
「まさか、適当な結婚相手を見つくろったからそこへ今すぐ嫁げ、っていうんじゃないでしょうね?」
「違う、ヨーゼフ殿下夫妻が、子どもの遊び相手に、とおまえを王宮に招いてくださったんだ。これでおまえは堂々とここを出ていけるぞ、さあ、荷物をまとめてとっとと出ていけ!」
あっけに取られる梨亜の部屋に、音もなく使用人たちが入り込んできて、てきぱきと梨亜の荷物をまとめ始めた。




