エリサルデ侯爵家のお家事情。
「素晴らしいお姉さまね…。」
帰りの馬車の中で、うっとりとしながら梨亜は言った。
「ああ、上の姉は、賢く、美しく、人望も高い。王都中の令嬢の人気を集めている。」
確かに、と梨亜は思った。王子妃の周りに集まる女の子たちは、彼女の一挙手一投足にあこがれの眼差しを向けている。その彼女の左手には、梨亜の考案した青めのうのブレスレットの試作品がはめられていて、『これは、私の領地で取れる石で作ってあるのだけど、つけているだけで心安らぐ不思議なブレスレットなの。』と言うと、並みいる令嬢の顔が一斉に輝いた。青めのうのブレスレットはいずれカルベロンの店で独占販売される、ということだけれども、この分では売れ行きも順調だろう。
「父の事業のお手伝いをしてくれてありがとう。」
ナタリア王子妃から、梨亜もじきじきにお礼を言われた。さらに、異国の風貌に変わった服装をしている梨亜を令嬢たちに溶け込めるように取りはからってくれた。
「おかげで、女の子のお友達もたくさんできたわ。ねえ、ナタリアさまは独身時代、たびたびお邸でお茶会をされていた、ということだけれども、私もやってもいいかしら。」
「父がいいと言えばいいんじゃないか。」
やや投げやりにテオバルドは言った。
「下のお姉さんはどうされてるの?」
「下の姉は北都の近郊にいる。」
「そう?あのお姉さんの妹だったら、いいところに嫁いで王都にいらっしゃるかと思ったら、地方にいらっしゃるのね。じゃあ北都でやっぱり女子会されてるのかしら?」
「いや、下の姉はそんな殊勝なタマじゃない。というか、あの女の話をしないでくれるか?胸糞悪くなる。」
「どうして?姉弟仲が悪いの?」
「下の姉は従者と駆け落ちして都落ちしたんだ。そのせいで母は心痛で命を縮めたようなもんだ。」
「そう……身分違いの恋をなさったのね。」
「そんなんじゃない……あれは母に対する当てつけだ。」
テオバルドの声が尖ってくる。
「破天荒なおまえを見てると、どうも下の姉を思い出して不愉快だ。それなりの身分に生まれたら、取るべき行動っていうものがあるだろう?少しばかり容姿がいいからと言って勘違いするな。昨日おまえに言い寄ってきた男は地方を拠点とする貴族ばかりだ。おまえは王都から出られない以上、王都の貴族と婚姻を結ぶべきだ。王都の貴族に気に入られるよう、少しは上の姉上を見習ってしとやかに振る舞え。」
それからテオバルドは不愉快そうにむっつりと黙り込み、馬車の中でひとこともしゃべろうとしなかった。
次の日の夜、梨亜は侯爵に令嬢たちの茶会を開いても良いか許可を求めるために邸の執務室を訪れた。
「ああ、いいよ。妻が存命の時は、ナタリアが盛んに友人を集めてこの邸で茶会を開いていた。下の娘はそれを嫌ってよく外出していたが…。手順は使用人がよく分かっているだろうし、家宰に伝えておく。」
「お願いします。」
梨亜は頭を下げた。
「夜会はどうだったかね?ナタリアにも会ったのだろう?」
侯爵に尋ねられる。
「ええ。とても気さくにお話いただいて、おかげで私もお友達がたくさんできました。だから、茶会を開かせてもらおうと思ったのですが。」
「……テオバルドはきみに失礼をしなかったかい?」
「いえ、きちんとエスコートしていただきました。でも、馬車の中で下のお姉さんの話題に触れると、ご機嫌が斜めになってしまわれたようですが。」
侯爵の顔が曇る。
「……聞いたかい?下の娘のこと。」
「……ええ、なんでも身分違いの恋をされた、とか。」
テオバルドは母へのあてつけ、母の死は下の姉のせい、などと不穏な言葉を口にしていたが。そのことについては梨亜は触れずにおいた。
「下の娘は自分の意志でしたことだろうが、あれがきっかけでテオバルドの性質が変わってしまったように思う。王都の純血主義に傾倒するようになり、視野が狭くなった。自らも王太子に準じて結婚はしない、と言い出すしね。あれの性質の歪みが、きみへの強引な行動に結びついたとなると、親の責任は深いだろう。」
侯爵はため息をついた。
「言い訳に聞こえるかもしれないが、我が家の昔話を聞いてくれるか。テオバルドが頑なになってしまったわけを。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
エリサルデ侯爵夫人は烈女だった。侯爵家を盛り立てるため、三人の子どもたちには厳しく接した。ことに、美しく優秀とされている上の娘を、王妃にするために徹底した英才教育を施した。そして、嫡男のテオバルドにも、侯爵家と宰相の位を継ぐために厳しい教育を施した。
しかし、お転婆だった次女のバネッサは比較的放置して育った。王太子候補だった第一王子、第二王子と年回りが離れているのもあり、高位貴族の誰かがもらってくれれば、程度の思いだったのだろう。夫人は、また、三人の子どもを積極的に王宮に連れていった。それもナタリアが二人の王子、それも王太子になる王子のほうにより気に入ってもらえるように、ということだった。
世間では勉学の優秀な第二王子のほうが、より王太子に近い、と見られていたが、ナタリアが仲良くなったのは人柄穏やかな第一王子のヨーゼフのほうだったのだ。その現実に侯爵夫人は歯噛みしたが、第一王子の成人の儀の目前に、第二王子が脳の病を得た、といううわさが王宮にささやかれるようになり、自然に王太子の位は第一王子へ、という世の潮流が流れてきた。夫人は狂喜した。そのころには第一王子とナタリアは恋仲と言ってもよく、成人の儀を終えたら二人は婚約が整えられる手はずとなっていた。
そして第一王子の成人の儀の時、事件は起きた。なんと、やんちゃで手に負えないとされ、また文字のひとつも覚えないと小ばかにされていた第三王子が「ヒュペリオンの天啓」を受けたのである。しかも、この第三王子は初代国王アダルベルト以来のヒュペリオンの姿が見えるとまで言う。第一王子立太子の話は泡のように立ち消えとなり、夫人は呆然とした。
二人の恋仲は公然のものとなっていたので、第一王子とナタリアは成人の儀のあと、予定通り婚約せざるを得なかった。夫人はそこでいままで捨て置いた次女のバネッサに目をつけた。第三王子とバネッサは仲が良く、次女のほうが三つ年上ではあったものの、一緒に王宮内でいたずらをして女官たちを困らせてまわるような関係であったからだ。
物覚えが悪く、素直でない次女のバネッサに長女のナタリアと同じような教育を施そうとすると、バネッサは強く反発したが、時代の王妃になるためだ、と言い聞かせて、詰め込めるだけの淑女教育を徹底的に施していった。「天啓の王子」ことクリスティアーノもバネッサのことは満更でもなさそうだったので、この分だと成人の儀と立太子の儀のあと、バネッサとクリスティアーノの婚約は滞りなく行われるだろう、と思われていた。しかし、クリスティアーノの成人の儀のあと、バネッサは突如従者と駆け落ちした。残された手紙には、王妃教育をおしつけた母への恨みつらみが書き連ねてあり、「私はナタリアにはなれない。」と書き記してあった。
そして、クリスティアーノは成人の儀を終えた後、「自分は英雄アダルベルトに倣い、生涯妻を娶るつもりはない」と宣言したのである。侯爵夫人はショックで体調を崩すようになり、バネッサの駆け落ちの半年の後、この世を去った。王太子と同い年のテオバルドは姉の駆け落ちが深く王太子を傷つけた、と責任を感じるようになり、クリスティアーノが結婚しないなら、自分も妻を娶らない、と言うようになったのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「テオバルドが必要以上にきみにつらく当たるのは、こういう事情があるからだよ。けしてきみのせいではない。年齢とともに純血主義を掲げる枢密院に傾倒するようになったのも関係があると思う。ナタリアの時と違って、王太子さまとバネッサは必ずしも恋仲、といったものではなかったし、自らの生涯非婚宣言とバネッサの駆け落ちは関係ない、と王太子さまにじきじきに言ってもらっているにも関わらず、テオバルドはかたくななままだ。しかもそれは年々ひどくなっている。父親としても頭が痛いよ。」
「そうですか…。」
梨亜は侯爵の独白を黙って聞く。
「我が家は代々王の側近を務め、宰相となることも多い。我が家には宰相となるもの王の懐刀
であれ、という家訓があるが、どうもテオバルドは考えが枢密院に寄りすぎる。あれでは王太子殿下の懐刀にはなるまい。殿下はテオバルドに良くしてくださっているが、お心のうちすべてを息子に明かしてくださっているわけではないと思う。」
梨亜はひそかに王太子のことを思い返す。人当たりの良いにこやかな表情を貼り付けながら、裏で何を考えているかわからない、一癖も二癖もありそうな人物。確かに単純馬鹿なテオバルドには手に負えないだろうな、と少しだけ梨亜に哀れみの心が湧いた。だからと言って、強引に南都から連れ出された恨みが消えるわけではないが。
「事情をうかがえばうかがうほど、テオバルドさまと私の縁談は非現実的だと思います。私も自分のこれからを、建設的にもう少し考えてみますね。とりあえず、お茶会の件、よろしくお願いいたします。」
梨亜は丁寧に侯爵に礼を言って、執務室を辞した。
梨亜の考える茶会……それも自身がこのエリサルデ侯爵家から出ていくための布石のひとつだ、と彼女は考えていた。




