王都での夜会
「おい、明後日は夜会に出るぞ。ヨーゼフ王子夫妻主催の夜会だ。」
とある日、テオバルドがむっつりとした顔で梨亜に告げた。
「私も出るの?なんのために?」
梨亜は小首をかしげる。
「そりゃもちろん、おまえの相手を見つけるためだ。無駄な抵抗だとは思うが、おまえとの婚約を回避するため、俺も全力で足掻いてみる。もしかしたら一人ぐらい、おまえを娶ってもいいという奇特な人間もいるかもしれないからな。」
ひどい言われようだ、と思うが、テオバルドの失敬な物言いにも梨亜は慣れてきた。
「夜会か…。」
梨亜は思案顔になる。梨亜にとって、南都の夜会は販売戦略の場だった。お相手を見つけてただ舞い踊ればいい、というものではなく、梨亜にとっての戦場だったのだ。南都に居たころは毎度毎度のことで過労気味になり疲れてはいたが、久々の夜会ということで、その気持ちも薄れている。むしろ、毎日邸に閉じこもってばかりで飽き飽きしていたのだ。……それに梨亜には考えもある。
夜会のある日、口の堅そうな侍女を一人つけてもらって、朝から梨亜は部屋に籠って身支度をしていた。丁寧に湯あみして肌を磨き、侍女に手伝ってもらって、髪を結い、化粧も侍女に指示しながら整えていく。
時間になり、エスコートのために部屋を訪れたテオバルドは絶叫した。
「な、な、なんだおまえ!その格好は。もっと常識的な格好をしろ!」
「なによ。これで十分よ。」
着飾った梨亜の姿は、フェルディナント男爵夫人が送ってくれた真珠があちこちに縫い付けられていたドレスだった。でも、すこし姿を変えている。薄い水色のレース下は白いマーメードライン。裾はすこし広がり、立ち姿はまるで人魚姫のような。これが梨亜の考えた「ポロネーシュの真珠姫、改」である。髪型はハーフアップの巻き髪。そして額にはラリエット。
この間街に出たとき、さまざまな店を見て回り、王都の貴族の夜会姿というのも、梨亜はある程度把握していた。パニエでふんわりと膨らんだドレスに、大きく胸元の開いた襟ぐり、髪型はアップヘアで頭に宝石はつけない。ドレスの色は濃い目が多い。
みんなと同じ格好では意味がない、目立ってなんぼ、である。なにせ梨亜には目的がある。…もちろん、婚約者探し、などでは断じてない。梨亜は王都の流行とはすべて逆を選んだ。
「さあ、行きましょ。久しぶりの夜会、楽しみね。」
テオバルドはほっておいて、梨亜はさっさと馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込み、テオバルドは頭を抱える。
「な、なんという破廉恥な格好なんだ。まるで踊り子じゃないか。」
ビスチェラインの胸元のことではないだろう。王都の娘たちのドレスもそれなりに胸元は開いている。
「あ、テオの気にしているのはこのスリット?」
マーメードラインのドレスは踊りやすいように膝上までスリットを入れておいた。黙って立っている分には見えないが、動くとちらちらと見える脚が、テオバルドには刺激的らしい。
「このほうが踊りやすいから、そうしてもらっただけよ。別に太ももまであらわなわけじゃないし、これぐらいどうってことないわよ。」
ミニスカートを見慣れて育った梨亜にはこのぐらいでテオバルドが過剰に反応するのが不思議でしょうがない。
「なんだ、テオなんて呼び名。いつ、俺がそんな親し気な呼び名を許した。」
「テオバルドって呼びにくいのよね、長くて。」
「やめろ…。」
テオバルドはげっそりした顔をしている。なにかいろいろと削られたようで、いつもの悪口雑言がなりを潜めて、それはそれでありがたい。梨亜は澄ました顔で夜会に向かった。
梨亜が夜会会場に入ると、おおっというどよめきが生まれた。
「あれか、噂の南都の真珠姫…。」
という声があちこち聞こえるので、梨亜はにっこりと笑顔を振りまいて回る。一曲目はエスコートしてくれたテオバルドと踊る。踊りながら梨亜はテオバルドの顔を見てにっこりと笑ってやると、テオバルドはやや顔を赤らめてよそを向いた。
「俺に愛想を振りまいてどうする。そんなに着飾ってるってことは、誰か釣り上げるつもりなんだろう?さっさとめぼしい男に目をつけろ。」
「あら?私はそんなつもりはないわよ。あくまでも今日の私は『真珠姫』を王都の皆様に見てもらいにきたのよ。」
「なんの目的で、だ。」
「別に…それよりも、王子様の奥さまは、あなたのお姉さんなのよね、才色兼備の。」
「ああ、当代随一の貴婦人だ。おまえの作ったブレスレットをいたくお気に召してる。あとで紹介しろ、と言われているから会わせてやる。」
「あなたと違って心の広そうなよくできたお姉さまね。」
「着飾っていても減らず口は相変わらずだな。」
そんな会話をしているうちに曲が終わって、梨亜のもとにはダンスの申し込みが殺到した。テオバルドはあっけに取られている。
二曲目は燃えるような赤髪の騎士だった。
「どうも、初めまして、リアナ・セルバンテスです。」
「はじめまして、レディ。私はエルミニオ・オロス。オロス伯爵家の次男でして、いまは北方の警備を担当しています。北都のほうでも、『真珠姫』のお噂は聞いていましたよ。まさか公爵令嬢だとは。」
「公爵令嬢と言っても名ばかりですわ。いまは王都に家も持たず、仕方なくエリサルデ侯爵さまのお世話になっていますの。」
「知っています。テオバルド様と婚約間近だとか。」
「そうやって進めてくださる方はいますけれど、当人二人はそんなつもりはないんですのよ。まったく二人ともその気がありませんの。」
くすりと笑って梨亜はそう言う。セリオの時は大っぴらに否定もできずに対応に苦慮したが、テオバルドが相手だとすがすがしく否定できるので、梨亜としては気楽である。
「そうなんですか……。ところで、北都の暮らしに『真珠姫』さまはご興味がありますか?」
「ええ、かねてから一度、旅してみたいと思っていたんですのよ。……なんでも山の上のほうには、珍しいお花が咲いているんですよね。」
ヤコニートの花を想像して、梨亜は言う。山の上で咲き乱れるヤコニート、ロレンソ先生と見たかった、と思いながら夢見るようにステップを踏む。
「ええ、きれいな花が色とりどりに咲いています。なかでも白く気高い花、ヤコニートはわけてもあなたにぴったりだ、一度ご案内したいですね。」
「まあ!ぜひ。」
梨亜がにっこりと笑うと。エルミニオにぐっと腰を引き寄せられる。
「私は伯爵家次男だ。家は継がなくてもいいし、騎士として身を立てている。だから、なにも心配しなくていいんですよ。」
耳元でささやかれて、梨亜は目をぱちくりとさせる。
「失礼、次はレディは私と踊る約束なんだ。」
今度は濃茶の髪の男性に手を取られ、梨亜は三曲目を踊り始める。
男性はしばらく黙っていたが、やがて語りだす。
「私の領地は西都の近くでしてね、国境に面しています。西都の隣国、バレンティーノとアルバは、濃緑色の髪色、バイオレットの目の色が特徴の人種なんですよ。」
「へえ、そうなんですね。」
梨亜は感心する。紫色の目、って見たことがない。どんな感じなんだろう。
「私はだから、隣国にもたびたび訪れていましてね、…人種的な偏見は無い。」
「それは素晴らしいことですね。」
梨亜は何と言っていいかわからず、感想を述べる。梨亜の黒髪黒目を気にしないでもいい、と慰めてくれているつもりなのだろうか。
「……ところで、父親は長く西都の市長を務めていましてね。レディは西都に興味と知識はおありですか?」
「学問の街、とうかがっています。私の知り合いのお医者様も、西都の学校を出られてとても優秀な方でしたわ。」
梨亜はまたもロレンソ医師を想像してぼーっとする。
「ええ、町並みは総煉瓦造りで、堅牢で美しい。医学校も有名ですが、そのほかの学校もとても優秀だ。王都に負けないぐらい優秀な人材が西都に育っている、と私は自負しています。そして、その学問の街を私も将来的に支えてゆきたい。」
「すばらしい夢をお持ちですね。」
西都の政治家になるつもりなのだろう、父親の後を継いで、この人は。そう言えば、なんていう名前だろうか。梨亜がぼんやりと考えていると、その青年が言った。
「西都にいらしたら、いつでもこのヘラルド・メンデスをお呼びください。西都の隅々までもご案内いたしますよ。気に入っていただけたら、いつでもご永住いただいて構いません。我が家には王都だけではなく、西都に邸もございますので。」
「ありがとうございます。ですが、私は枢密院の命により、王都を離れられない身で。」
「そうですか…。」
残念そうにヘラルドの手が梨亜から離れた。
この調子で何曲か男性の相手をしていると、「おい」とテオバルドに声をかけられてぐいと手を引かれた。
「ずいぶん楽しそうだな。……姉が呼んでる、ついてこい。」
「はあい。」
テオバルドに連れていかれたのは、会場の片隅の「女子会」と言った雰囲気の場所で、梨亜と似た年頃の少女たちが笑いさざめいている。その中心にいる人が、二人に目を止めてすっくと立ちあがった。
すらりとした背の、目を引くほど美しい女性は、まわりにいる少女たちよりも少し年かさに見えた、二十代半ば、といったところだろうか。
「姉上、リアナ嬢をお連れしました。」
テオバルドが丁寧に礼をしてリアナを紹介する。実の姉とは言え、王子妃という高い位にあるので、敬意は崩さない。
「リアナ・セルバンテスです。このたびは夜会にお招きいただき、恐悦至極に存じます。」
梨亜も最敬礼すると、第一王子妃、ナタリアは快活な顔でにっこりと笑った。
「『真珠姫』のお噂は前から聞いているわ。堅苦しい挨拶はそれぐらいにして、こちらでゆっくり皆様とお話ししましょう。」
人を引き込むような温かな微笑みだった。




