弟子入り志願のその後で。
「おまえは何を考えてるんだ!」
侍女からカルベロンの店の顛末を聞いたテオバルドは怒り狂っていた。
「仕方ないじゃない。こっちだって必死なのよ、この邸から出て身を立てて行かなきゃいけないんだから。」
梨亜は肩をすくめていた。できれば住み込みか何かで、とにかく弟子入りしてアクセサリー修業をしたかったのだ。技術を身に付けながら、住む場所も見つかる、これ以上のことはない。
「おまえがおかしな騒動を起こして噂になればなるほど、ますますおまえが縁遠くなって、おまえと俺との婚約が近づいてしまう…。」
テオバルドは頭を抱える。
「心配しなくても、騒動を起こそうが起こすまいが、南都の貴族は私に興味を示さないわよ。あなた自身がそう言ったじゃない。」
「おまえのその減らず口はなんとかならないのか!」
二人が言い争っていたら、エリサルデ侯爵が下城してきた。テオバルドと梨亜の話をそれぞれ聞いた後、ふむ、と侯爵は思案顔になる。
「少し待ってくれ。」
と侯爵は自室に下がった後、着替えてあるものを手に携えてきた。
「これを見たことはあるかね?」
と、侯爵が梨亜に見せてきたものは、ゴツゴツとした青い石だった。
「わかりませんが、綺麗な石ですね。ただ美しいだけではなく、見ていると心が落ち着いてくるような、安らげるような不思議な感じです。」
綺麗なマーブル模様の断面に、梨亜は見とれた。
「これは青めのうといって、宝石ではないんだが、希少な石だ。うちの領地で取れるものだが、これのよい使い道がないか、思案しているところなんだ。きみはアクセサリーの類に詳しいなら、これの使い道を一緒に考えてくれないか?なにか特産品として、売り出せるようなものを。」
「そうですね…。」
梨亜は石をみて、しばし考えをめぐらせ、そしてひらめく。
「この石は、丸く、そしてビーズのように穴をあけて加工することは可能ですか?」
「うむ、できないことはないと思う。」
でしたら、こういう形はいかがでしょうか。
梨亜はペンと紙を借りてさらさらと絵を描く。丸い石がぐるりと環になっている絵である。
「いうなればブレスレットなんですが、ただのブレスレットではなく、いつでもずっと身に付けていられる、というような。ただの天然石でなく、高価なものでないなら、夜会の時だけではなく、日常生活の中でもずっとそばにあり、心安らげる存在、いうなればお守りみたいなものです。」
梨亜がイメージしたのは日本にいたときにカツ子ばあさんの左手にいつも嵌まっていた腕輪念珠である。
「これは私のお守りみたいなもんで、無いと落ち着かんでね。」
なにか心配事があると、その念珠に右手をこすりつけてしまう癖がある、とカツ子ばあさんは笑っていた。茶色の数珠玉の念珠はしわだらけのカツ子ばあさんの腕にしっくりとおさまっていたが、これだけ鮮やかな青だったら、老若男女問わずのアクセサリーとしても十分通用するだろう。
「ある程度流通させられる生産ラインが確保できたら、この王都で影響力のある、人気の高い方につけてもらうと良いと思います。」
南都では自分自身が広告塔になっていた梨亜だが、この王都ではそうもいかない。すると黙って話を聞いていたテオバルドが、
「それならナタリア姉さんがぴったりだ。この国唯一の王子妃で、美しく賢く、同性からの人望も高い。夜会に行くと、姉さんの周りは常に人だかりができてる。姉さんの茶会はいつも大盛況だとも聞くし。」
と食いついてきた。
「……そうだな、ナタリアに、うちの領地で取れる石で作った、高価ではないが心安らぐ、日常の邪魔にならないブレスレットとしてつけてもらおう。」
侯爵はうなずき、顔をほころばせた。
「さすが公爵さまゆずりの才覚だ。いいアイデアをありがとう。」
「いいえ、寝食お世話になっておりますから、これぐらいのこと、なんでもないです。」
梨亜が言うと、テオバルドは鼻をふん、と鳴らした。
「さすが南都人はなんでも商売に結び付けて、金をむしり取る猿知恵だけはよく回るな。金に意地汚い性分がよくわかる。」
テオバルドの悪口雑言に、侯爵の額に青筋が立つ。
「テオバルド!いい加減にしないか!いいからおまえは部屋に入っていろ。謹慎はまだ解けてないぞ。」
侯爵が叱ると、テオバルドは足音高く自室に帰って行ってしまった。侯爵はすまなそうな顔をして謝る。
「どうにも躾のなっていない息子ですまない。死んだあれの母親が猫かわいがりして育てたつけが今になって出ているようだ。私としては、きみのようなしっかりとした女性と一緒になって、あれに手綱をつけてもらうのは大賛成なんだが、きみの心情を思うとそうもいかないだろう。なんとかあれとの婚約は回避できるよう、私もいろいろ手を尽くそう。」
「ありがとうございます。お願いします。」
梨亜は侯爵には素直に頭を下げておく。侯爵はため息をついた。
「さっき話題に出た長姉はしっかりしているんだがね、二番目の娘も、テオバルドもわがままで…、どうも私は子育てに失敗したようだ。宰相としても、国の手綱を握れていない。自分の無力さを日々痛感するよ。」
「そんなことは…。侯爵様に関しては、血の通った温かい方だな、と思います。王都のほかの方々のような偏見を私には抱いていらっしゃらないですし。」
「ああ、貴族がみんなそうだとは思ってほしくないのだが、残念ながらこの王都の貴族のほとんどは純血主義だ。それもこれも枢密院がそう先導しているのだが。王太子さまがそうならなかったのが奇跡に等しいよ。ああして毎年南都の独立問題に心を尽くしておられて。この国をもっとも先を憂えて考えておられるのが、若干二十一歳の王太子さま、という情けないありさまだ。」
宰相の額に苦悩のしわがくっきりと刻まれる。政治のことはよくわからないが、中央の要職にある人は大変だな、と思いながら、梨亜はそっと庭に目をやった。




