枢密院の裁決
「確かにまるでポロネーシュ人のようだな。オーキッドの貴族や王族の血を引くとはまるで見えぬ。公爵さまも酔狂な。」
五人いる老卿のひとりがぼそりと言った。ほかの誰かがごほりと咳をして、リアナに何か話すように促した。
「リアナ・セルバンテスです。このたびは枢密院の方々のお呼びと伺い、こうして南都より参りました。」
梨亜はふたたびの最敬礼のあと、頭を上げてひそかに観察する。五人のしかめつらしい顔は、梨亜を厄介者としてしか見ていないのだろうか。
「えーと、そなたは公爵家の娘でありながら、なぜ南都でデビューをしたのか、その経緯からうかがおうか。この国では伯爵位以上の家の令嬢は王都でデビューし、婚姻も王都で結ぶ慣例となっているが。」
白いひげの老卿がそう言うので、梨亜は説明する。
「黒髪、黒目の私の容貌では、王都では受け入れられないだろう、というおじいさまの判断で南都でデビューさせていただきました。父が子爵位ですし、祖父の公爵位も一代限りのもの、ということで、問題ないだろうという話だったので、そうしました。祖父が公爵であったことも、テオバルドさまがいらっしゃるまで、南都では知られていない話でしたので。」
さりげなくちくりと、隣に立つテオバルドへの嫌味を込めておく。
「確かに、そなたの外国風の風貌では王都では相手を見つけるのは困難だろうが…。」
「しかし、南都でマティアス家のものが有力者と結ばれるのも問題ですぞ。」
円卓の老卿たちはぼそぼそとした小さな声で話し合う。幸い、フェルディナント男爵夫人の作った「真珠姫」のおとぎ話絵本については議題にされなかった。老人たちの争点は、あくまでもマティアス家が独立問題にかかわることを強く恐れているようである。
長い詮議のあと、白髭の老卿から、裁定が下された。
「令嬢は五年の間、王都から離れることを禁ず。」
梨亜は頭がくらりとした。
「待ってください。南都はおろか、私は領地にも帰れないのでしょうか?祖父はもう高齢です。祖父にも私は会わせてもらえないのでしょうか?」
梨亜は老卿たちに真っ青な顔で訴える。
「領地に帰れなくとも、公爵さまにこちらに来ていただいたら良いではないか。かわいい孫娘の改めてのデビューを公爵さまも見たかろう?公爵さまもご高齢ではあるし、そろそろ生まれ故郷であるこの王都で余生を過ごされるのも良いのではないか?」
…つまりは枢密院としては、孫娘の梨亜をエサに、おじいさまを領地から出して、王都に取り込みたいのだ。臣籍降下して、一度も王都に足を向けようとしなかったおじいさまの意志は無視し、あくまでも独立問題と公爵家を切り離したいに違いない。
そこへ、宰相、エリサルデ侯爵の声が聞こえた。
「待ってください。彼女の異国風の風貌では、この王都では婚姻が難しいのでしたら、その裁定はあまりにむごいのでは。」
「そうは言っても、他の土地でも公爵家令嬢がお相手を見つけるのはどのみち難しかろう。」
老卿のひとりがぼそりと言った。
「…そうだ、だったらそなたの息子がこの令嬢を娶ったらよかろう。あの南都から連れ出して、いま、そなたの邸で面倒を見ているのであろう?確か令息には婚約者がまだ無かったな。年のころも十七と二十一でつり合いが取れているし、似合いの縁ではないか。」
白髭の老人が無造作に言うと、テオバルドが切羽つまった声をだした。
「嫌です!わたしは汚らわしい異国の血などエリサルデ侯爵家に入れるつもりはありません。」
「別に正妻の子が正嫡にならずともよいのだから、それは気にせずともよかろう。」
しれっとした顔で、老卿のひとりがすさまじいことを言う。つまり、梨亜をテオバルドの飾り妻にし、他の女に産ませた子を跡継ぎにすればよい、という話だろうか。貴族の倫理は非人道的にもほどがある、と梨亜は怒りを覚える。
「わたくしも、この人は嫌です。この人と結婚するぐらいなら、一生ひとりでかまいません。」
梨亜も冷たい声でテオバルドを拒絶すると、テオバルドが鼻白む。
「おまえっ、生意気な女だな。おまえなど異国の血を引こうが引くまいが、貰い手など一生あらわれんぞ!」
「静かに。王の御前である。」
白髭の老卿が二人に注意する。くくっと笑い声が聞こえるので思わずそちらを向くと、笑ったのは王太子だった。こんな時に不謹慎な、と梨亜は王太子に怒りの矛先が向きかけるが、もちろん、何も言えはしない。なにせこの国で二番目にえらい人なのだ。今日は王太子は英雄アダルベルトを連想させるマントのついた真っ赤な軍服ではなく、深い紺色に金の縁取りをした現代的な貴公子のなりをしている。
宰相は額の汗をぬぐった。
「我が息子は、婚約者同然であったフェルディナント男爵の息子の目の前から奪うように令嬢を南都から連れ出してまいりました。そのままうちの息子が令嬢と婚姻してしまうと、娘欲しさに強引に南都の副議長の息子から婚約者を難癖をつけ奪った、ということになり、南都からの反発を招くと思いますので、その婚姻はいかがなものかと思われます。」
「じゃあ、ご令嬢がこの一年で誰か相手を見つけることができなければ、エリサルデ侯爵令息と婚約、という形にしたらどうだ?一年もたてばほとぼりも冷めよう。それに令嬢のお相手探しや婚約、ということであれば、公爵さまも重い腰を上げて王都にいらっしゃるかもしれぬ。それがよかろうて。」
当人たちの意志と関係なく、王宮の都合で物事が進められていくのを、梨亜はただ、呆然としていた。テオバルドもこの結果は予想外かつ不満だったようで、握りしめられた拳に力が入っているのがわかる。
「王、この書面にサインを。」
書記官の作った書類に、その場で国王がサインと押印が入れられた。
「リアナ・セルバンテス令嬢は五年の間、王都を出ることを禁ず。」
梨亜の意志とはまったく違う方向で、無情な裁決は勅命となった。




