枢密院に呼ばれる。
梨亜の頭の中に、一人の男の顔が浮かんだ。
「リベーラ議長、ですね?」
「そうだ。独立強硬派は穏健派の説得に力を尽くしていた。きみとフェルディナント男爵家の婚姻は、独立派にとっては願ってもない話だったろうね。きみを南都の女王に、そして、男爵家の息子を王配に、というようなことを独立派は考えていたのではないだろうか。」
梨亜の背が震えてきた。
「そんなとんでもないことになっていたなんて…。だからあなたの息子さんは、私を南都から連れ出したんですね。」
強引に、そしてなにか焦ったように、テオバルドが有無を言わさず梨亜を馬車に押し込んだのは、そういう理由だったのか。
「……だが、うちの息子は考えが足りない。きみを南都から連れ出せば、それで問題が解決、という話ではない。きみが南都から連れ出された状況を、詳しく聞いてもいいかね?」
「はい……。」
梨亜は包み隠さず、夜会のさなかに断罪され、その場を連れ出され、強引に馬車に押し込められたこと、引き止めようとしたセリオをテオバルドが突き飛ばしたことも侯爵に話した。侯爵は頭を抱えた。
「最悪だ……。これで穏健派筆頭と呼ばれたフェルディナント男爵家が、独立派に寝返ることも十分に予想される。あいつのしでかしたことは、国家の危機を招く。……あいつは当分、家から出すわけにいかない。毎年、南都の調整にお出かけになっていた王太子殿下の顔に、あいつは泥を塗ったんだ。」
侯爵のうめき声を聞きながら、梨亜も呆然として、ソファーに座っていた。自分が知らぬところで独立問題に巻き込まれかけていた。その事実が梨亜を激しく動揺させていた。
「……では、教えてください。私はいったい、どうすれば良かったのでしょうか。どうすれば、穏便にものごとがおさまったのでしょうか。」
「そうだな、……きみは、自分の意志で、フェルディナント家と、南都を出る必要があった。王都の誰かに連れ出されるわけではなく領地に帰るか、もしくは、もっと別な場所へ。」
侯爵の言葉を聞いて、もう梨亜は耐えきれなかった。顔を両手で覆ったが、そこで抑えきれない涙が幾筋もあごを伝って執務室の絨毯を濡らす。やはり、自分は選択を間違った。あの時、ロレンソ医師に導かれるままに夜会を抜け出し、そしてそのまま南都を出るべきだったのだ。それをしなかったばかりに、こんな身動きも取れない状況に陥っている。梨亜の心は千々に乱れる。
「大丈夫か?急にこんな話を聞かせてすまなかったね。」
侯爵は気遣うように梨亜に声をかける。
「大丈夫ですが、しばらく一人になりたいので、部屋に戻らせていただきます。」
ふらつく足取りで梨亜は自分に与えられている部屋に戻った。
三日ほど、梨亜はどこにも出る気にもなれず、食事も侯爵家の使用人に頼み、部屋で摂らせてもらった。エリサルデ侯爵にも、テオバルドにも顔を合わせたくなかったのだ。
いつまでもこうしてもいられない。過ぎ去ったことを悔やんでも仕方がないから、今から自分ができることを考えていかなくては。そう思って、やっと梨亜の気持ちが前向きに変わりつつあるとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい。」
梨亜が応えると、テオバルドの声がした。
「俺だ。身支度して出てこい。……いや、お出でくださいませんか、ご令嬢。」
いやいや、と言った風に言葉を丁寧にあらためるテオバルドに梨亜は眉を顰めるが、言われた通り、支度を整えて出ていく。旅支度の軽装の令嬢といったふうに見える、上等だが身軽なドレスを着た梨亜を、テオバルドはじろじろと上から下まで眺めたが、やがて口を開く。
「枢密院に呼ばれた。王宮に行くぞ。」
梨亜の胸に緊張が走る。そうだ、もともとは祖父に代わり、釈明に呼ばれたのだった。自分に何が言えるかはわからないが、自分が真珠姫などという謎のキャラクターを演じて悪目立ちしてしまったことで、身元がばれてしまったのだ。祖父にこれ以上迷惑をかけないように、枢密院のおえらいさまにお願いしなくては。表情を引きしめて梨亜はテオバルドが導く馬車に乗り込んだ。
王宮に着いて、その大きさと豪華さに梨亜は圧倒された。暗い石積みの長い廊下を歩きながら、テオバルドは不機嫌そうにむっつりと黙り込んでいた。彼としても父親の強い叱責と謹慎は予想外だったのだろう。彼自身は国のため、良かれと思って南都から梨亜を連れ出したのだから。
「ここが枢密院の会議室だ。」
一つの扉の前で立ち止まり、テオバルドは梨亜に低い声でそう伝えた。部屋を守る騎士にテオバルドが名前を告げると、中から「入室を許す、入れ。」と声がかかり、重い扉が中から開かれた。
「テオバルド・フォン・エリサルデ参りました。マティアス公爵令嬢をお連れしています。」
よく通る声でテオバルドはそう言い、深い礼を取ったので、梨亜も慌てて最敬礼を取る。
頭を上げて梨亜は驚いた。円卓に座る五人の老人が、枢密院だろうということは予想がついたが、一段高いところに玉座があり、そこに国王と思われる方と、それに並んで王太子、そしてそのそばに宰相であるエリサルデ侯爵が立っていた。
「おう、よう来た。」
顔をほころばせて、人の好さそうな国王はそう言ったが、枢密院の老卿たちはじろりと冷たい一瞥を二人にくれた。




