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エリサルデ侯爵の邸

ここから王都編です。伏線回収と恋愛が動き出す?といいな…(希望)

 王都に着くのには、二十日近い日数を要した。テオバルドと顔を合わせることはほとんどなかった。馬車の中か、宿屋の部屋のどこかに閉じ込められた梨亜は、そこから出ることを許されなかったからである。食事は部屋に運ばれ、そこで摂るように促された。ひどい馬車揺れで疲れ切っていた梨亜は部屋につくなりぐったりとして、食事もそこそこにベッドにもぐりこむ日が続いたので、ようやく王都に着いたときには、かなり体調を崩して痩せていた。


「おい、着いたぞ。」


 やっと王都に着いた日、めずらしくテオバルド自身に起こされた。何を思ったのか、片手を差し出してくる。エスコートの真似事のつもりらしい。王都に入ったら、いちおう公爵令嬢として扱う、というポーズだろうか。梨亜はその手を無視して、黙って一人で馬車から降りた。テオバルドはふん、と鼻を鳴らしたが、何も言わなかった。


 着いた場所は侯爵邸らしく、使用人一同が広いロビーに一列に並び、出迎えられる。


「お帰りなさい。お坊ちゃま。」


 執事らしき人物に声をかけられ、テオバルドはうなずき、後ろに続く梨亜を顎で指す。


「マティアス公爵令嬢だ。南都からの客人だ。丁重に扱え。」


「……まさか、この方がお坊ちゃまの大切な人で?」


 執事の目が見開かれ、梨亜をまじまじと見られるので、梨亜の顔がこわばる。


「違う。彼女の祖父は王都にタウンハウスを持たないので、彼女の祖父に是非にと頼まれてお預かりしているだけだ。」


 テオバルドは平気な顔をして真っ赤な嘘をつく。梨亜はむっとした顔をして黙り込んでいた。


「わかりました。お嬢様のお荷物はどこにお運びしましょうか?」


「客室へ。あと、彼女は侍女を連れてこなかったので、誰かついてやれ。」


 まるで犯罪者のように連れてきたわりに、いちおう客人としては遇してくれるようだ。湯あみと着替えのあと、疲れているので、と断って、侯爵家の客間のベッドに横にならせてもらった。


 横になって、いろいろと夢を見た。医師の畑で、ヤコニートが咲き乱れていて、ピアが嬉しそうにヤコニートで花束を作っている。ペペが鍬をもって、空いた畑を耕し、ロレンソ医師は、ブランコによく似た白い子猫を腕に抱いていた。


「先生、その猫、どうしたんですか?」


 夢の中で梨亜は医師に話しかける。


「ブランコが産んだんですよ。リアナさんも抱いてみますか?」


「はい。抱かせてください。」


 腕を伸ばし、梨亜が子猫を受け取ろうとしたとき、梨亜は目が覚めた。ベッドの天蓋が目に入り、自分がどこにいるか気づいた梨亜はひとしずくだけ涙をこぼした。

 届きそうで届かなかった恋心、それから遠く離れて、自分はこんなところにいる。そのことが悔しくてならなかった。


「先生……。」

 

 梨亜はつぶやいて、ベッドのシーツをくしゃりと掴んだ。どうして、あの時、一緒にロレンソ先生と南都を逃げてしまわなかったんだろうか。自分の無駄な意地が、こうして、こんな結果を生んでしまったのだろうか。号泣したい気持ちをこらえて、梨亜は歯をくいしばり、ベッドの中で体を丸めた。


 しばらくして、梨亜は起き上がった。


「水……。」


 暗くなりはじめている部屋の中には誰もいなかった。まだ寝ていると思われているのだろう。梨亜は起き上がり、使用人を探して水をもらおう、とベッドから滑り降りる。


 廊下を歩いて人を探していると、大きな怒鳴り声が聞こえてきて、梨亜は足を止める。


「おまえはなんということをしてくれたんだ!あれほど南都の人間の神経を逆なでするようなことはやめろ、と言っていただろうが!長年の王太子殿下の腐心をおまえは台無しにしたんだぞ!それをわかっているのか!」


「しかし……公爵令嬢が南都の要人の息子と結ばれるなど、それこそあってはならないことでしょう?」


 反論しているのはテオバルドのようだ。


「だからと言って、問答無用で彼女を引っ立ててくる必要はどこにある!」


「お言葉ですが、殿下の言う通り、あのまま見捨てておくと、のちに大変な問題になりますよ、父上。」


「おまえのやったことのほうが、よほど問題だ!馬鹿者!」


 父上、とテオバルドが言っているところを見ると、この邸の当主であるエリサルデ侯爵だろう。梨亜は、その場から立ち去りかねて、その場で立ちすくんでいると、二人が言い争っていた部屋のドアが急に開かれた。部屋から出てきた侯爵らしき人物が梨亜を見て目を見張る。


「ああ、あなたをお迎えに上がるところでした。うちのバカ息子があなたにとんだ無礼をしました。平にお詫び申しあげます。」


 この国の宰相でもある人物に深々と礼をされて、梨亜は戸惑う。


「頭を上げてください。……では、私はこのまま南都に帰していただけるのでしょうか。」


「いや……それがそういう訳にも行きません。」


 宰相は歯切れが悪くなる。


「私の執務室で、事情をかいつまんでご説明しましょう。あなたが悪いわけではないのですが、事態が複雑に絡み合っていまして、一言では説明しきれないのです。……テオバルド、おまえは部屋で謹慎していなさい。しばらく許可なく外出は許さない。」


 部屋の中にいる息子に言い捨てて、宰相は梨亜を自らの執務室に案内した。メイドにお茶を持ってくるように命じて、執務室のソファーに梨亜を座るように促し、自分はその正面に座って深々とため息をついた。


「あなたには不自由をかけて、本当に申し訳ない。どうぞ、この邸の中だけでもゆっくりとなさってください。あのバカ息子がいるだけでも不愉快でしょうが。」


「……それで、私が王都から出られない事情とはなんでしょうか。あと、敬語はやめてください。私はあなたの息子さんよりもずいぶん年下ですし、国の宰相閣下に気を使われるのは、かえってこちらが申し訳ないです。」


「そうか、そうだな…。」


 宰相はふたたび大きなため息をついた。


「貴女は、この国の一番の問題は何かわかるかな?」


「問題、ですか。」


 突然、難しい問いを投げかけられて、梨亜は戸惑った。


 大陸の大半の土地を国土とする大国オーキッド。西の小国二つの国境には西都が、北の小国二つの国境には北都があり、それぞれの都市の騎士団がにらみを利かせているため、国境争いはほどんどないらしい。そして、武器を持たない平和の国ポロネーシュは南都と長年友好的な関係を築いている。つまり、オーキッドに外交問題はほとんど存在しない、と言っていいかもしれない。


「外交問題、ではなさそうですね。内政に関して、ですか?」


「そうだね。いま、国を一番悩ませ、王宮の中でも意見が割れているのが、南都の独立問題だ。きみはそれに巻き込まれる可能性があった。」


 思いがけない話に、梨亜は愕然とした。

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