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急な出立と別れ。

 その後、テオバルドの言葉を受け、フェルディナント男爵一家と、テオバルド、リアナは男爵の屋敷に向かった。


 梨亜は問答無用で侯爵家の馬車に乗せられたため、先についた男爵家の面々と顔を合わせたとき、一家のどんよりとした葬式帰りのような表情に胸をつかれた。思わず、梨亜は深々と頭を下げる。


「黙っていて、申し訳ありませんでした。」


「いや……。」


 フェルディナント男爵だけはやっとのことでそう言ったが、男爵夫人は黙ってハンカチで涙をぬぐい、セリオは真っ青な顔をして、一言も発しなかった。


 梨亜はテオバルドに向かって訴える。


「私が公爵家の人間であることは否定はしませんが、婚約も正式のものではないですし、フェルディナント家も出ようと思います。だから、王都へ行くのは勘弁していただけないでしょうか。」


「リアナ……。」


 その言葉を聞いたセリオが弱々しい声でやっとなにか言おうとしたけれど、テオバルドの尊大な舌打ちでそれは遮られた。


「そんな言葉が信じられるか。それにおまえには枢密院の方々の前で、二、三、問いただしたいことがある、おまえが王都に来るのはそれもある。」


「何でしょうか?」


「……一つは、おまえの血筋だ。おまえは公爵家の娘でありながら、なぜ異国の血を引いている?貴族名鑑には、おまえの祖父と息子であるカルロス子爵の記載はあったが、双方の妻の名は無い。どこでポロネーシュの血が入った?」


「おばあさまがポロネーシュ人であった、ということはおじいさまからうかがっていますが、祖母も父も早くに亡くなっていますので、それ以上のことはわかりかねます。私の小さなころに父母ともに亡くなったようで、私は祖父しか知らずに育ちました。」


「…そもそも、伯爵位以上の家と、外国人が婚姻を結ぶことはわが国では奨励されておらず、許可も下りにくいはずなのだが。」


 忌々しそうにテオバルドは眉を寄せる。


「そういった釈明も、枢密院の前でおまえがやれ。おまえがやらないなら、おまえの祖父に領地を出て王都に来てもらうことになる。」


「……それはどうかご勘弁ください。」


 梨亜はテオバルドに頭を下げる。


「あとは、もう一つ、この本だ。」


 テオバルドは一冊の本をどさり、と目の前に投げ出した。それを見て男爵夫人の血の気が引く。……それは英雄と真珠姫の恋物語。男爵夫人の作ったおとぎ話である。


「英雄アダルベルトさまを愚弄するような、くだらないものを作りやがって。なんのつもりだ?」


「それは……。」


 震える声で男爵夫人が言い出そうとするところへ、梨亜がかぶせた。


「それは、私が作らせました。すべて『真珠姫』の商品価値を高めるための戦略です。」


「なに?」


 テオバルドの額に青筋が立つ。


「おまえ、自分が何をしているのかわかっているのか?王都にも伝わってきてたぞ、『英雄の花嫁』と呼び声の高い異国の娘が、踊り子のように夜会で舞い踊る、とな。公爵家の娘が、なぜわざわざ王族の祖先を愚弄するような真似をするんだ。」


「お言葉ですが、それは英雄アダルベルト様ではありません。あくまでも、架空の英雄で、実在しない人物です。」


「そんな言い訳、枢密院の老卿がたの前でどれだけ通用するかな?」


 テオバルドは鼻を鳴らした。


「場合によっては不敬罪になりかねん、覚悟しておくんだな。さあ、荷物をさっさとまとめろ。すぐに王都に立つぞ。」


「もう……ですか?」


「当たり前だ。領地に帰ることも許さん。南都で孫娘を野放しにするほど老いぼれた公爵が、孫娘可愛さに、おまえをどこかにこっそり逃がすことも考えられるからな。王都に着いたら手紙のひとつでも出してやれ。所在不明は公爵も困ろうからな」


「そうですか。」


 梨亜は唇を噛む。


「わかりました。すぐに支度をします。」


「ああ、俺は心が広いから、侍女の一人ぐらいは連れて行ってもいいぞ。」


「専属侍女は領地にはいましたが、ここにはおりません。」


「ふうん…、ま、好きにしろ。あまり俺を待たせるな。」


 偉そうに言い放ったテオバルドは、監視するようにどっかりと男爵家の客間のソファーに座り込んだ。


 梨亜は部屋に帰って荷物をまとめる。フェルディナント家であつらえてもらったドレスは別の衣裳部屋にあり、それを持っていくつもりもないので、荷物は小さくまとまって、時間も短くて済んだ。それから、双子と医師に、梨亜は手紙を書き始めた。理由あって南都を急に離れることになったこと、帰る時期がいつになるか目途が立たないこと、でも、時間がかかっても、もう一度南都戻ってきたい、と双子に書いた。医師にも同じような内容だけれど、手持ちの中から一万バニーを同封し、これで完済できたと思うので、南都に帰ってきたら、約束通り旅に連れていっていただけることを、楽しみにしています、と書いた。書きながら、梨亜は悔しくてたまらなかった。ほんとうならばあと一か月で梨亜は真珠姫を辞めておじいさまの領地に帰り、医師と旅立つはずだったのに。そう考えると悔し涙がにじみそうになるのだが、梨亜は慌ててこらえた。あのむかつく宰相の息子に、泣き顔でなど会いたくない。


 やがて、しめやかにドアがノックされる音が聞こえた。ホアキンがやるせなさそうな顔でドアの前に立っていた。


「お嬢さまの荷物を馬車に乗せるように申し付けられたので。」


「ありがとう。ホアキン。……これをお医者さんの家に届けてくれる?ホアキンにはお世話になったわね。」


「いえ。」


 ホアキンは切なそうな顔をして下を向く。


「こんなことになってしまって、本当に残念です。お嬢さまと若旦那さまのご結婚を、使用人一同、ほんとうに楽しみにしてたんですよ。」


「……ごめんなさい。」


 梨亜は下を向く。セリオの気持ちに応えられない以上、こうなるのも仕方なかったのかもしれない。梨亜の心にはそんな思いも出てくる。


「どちらにしろ、一度王都に呼ばれても、また南都に戻ってくる日もあるだろうから、そのときはフェルディナント家にご挨拶に来ることもあると思うの。」


「ご挨拶、だけですか。」


 ホアキンは唇を噛んだ。黙って梨亜の荷物を運び始める。梨亜はふたたび、テオバルドの待つ客間に向かった。


「遅かったな。」


 尊大な態度で、ソファーに腰かけたままテオバルドは梨亜に言う。


「侍女を持たない女の支度など手間取るばかりだ。待ちくたびれたぞ。」


「手紙を書いておりましたので。」


 素気なく梨亜は言う。


 まもなく、フェルディナント家の人々との別れのときが来た。男爵夫人に梨亜はぎゅうと抱きしめられる。


「公爵家の娘だと黙っていてごめんなさい。」


 梨亜は心から男爵夫人に謝罪する。


「ほんとうね。今でも信じられないぐらい。リアナはいつだって、元気いっぱいで、新しくて素晴らしいアクセサリーを次々を思いついて、どこの貴族さまのご令嬢がこんなことできるのかしら。」


 泣き笑いの顔でフェルディナント夫人が梨亜を見つめる。


「私の可愛いよく出来た娘。うちの不甲斐ない息子にはもったいなかったのね。王都で幸せな相手をみつけなさい。私をかばってくれて、ありがとう。……不敬罪であなたが断罪されるようなことがあるなら、いつでも本当のことを言って。」


「大丈夫でしょう。祖父は隠遁生活を送っていますが、それでも前国王陛下の王弟です。不敬にあたるといっても、私だったらそんなに罪にはならないと思います。」


 梨亜は夫人を慰めるように言った。本当のところは、梨亜にもわからない。まさか死罪にはならないだろうが、場合によっては幽閉されるようなことでもあるのだろうか?なるべくそれもおじいさまや男爵家に迷惑のかからないようにしたい。


 男爵にも別れの挨拶をして、梨亜はセリオの前に立つ。セリオはもう蒼さは通り越して、紙のような白い顔をしていた。


「セリオ……そんな顔をしないで。あなたと結婚はできないけど、いい友達だとは思っているの。生きていればまた会うこともあると思う。だから、それまで元気でいて。」


 梨亜は励ますように声をかける。


「ぼくは……、僕は全然納得できないよ。どうして罪もないリアナが、罪人みたいに引っ立てられていかなくちゃいけないんだ。理不尽だ。」


 セリオは言葉を振り絞り、固く拳を握りしめた。


「時間をかければ、王都の偉い人にもわかってもらえるかもしれない。ともかく、行ってみないと話にならないみたいだから、行ってくるわね。」


 こんなことなんでもない、と言うように、その辺に行ってくるみたいな気軽な声を、梨亜は無理をして出す。


 リアナはなるべく毅然として見えるように胸を張ってフェルディナント家の門を出て、侯爵家の紋の入った馬車に乗り込んだ。監視の人間だろうか、侯爵家の侍女らしき人間も一緒に乗り込むが、テオバルドは馬車の外側から錠をかけ、自分は別の馬車に乗るようだった。


 テオバルドが自分の馬車に乗り込む寸前、セリオはテオバルドの袖をつかんで聞く。


「お聞かせください。このリアナの王都行きは、王太子殿下がお命じになったことですか?」


「ああ、クリス……いや、殿下は南都人に甘いから、『真珠姫』のことは捨ておけ、と言われていたのだが、宰相の息子として、王都の貴族として、王族の末裔と南都の商人が結ばれることなど看過できないから私が動いた。……まったく、クリスのやつ、南都人を甘やかしすぎる。殿下が南都人に好意的だからと言って、おまえら付けあがるな。おまえの家だって男爵を名乗っているが、もともと庶民の家でしかないじゃないか。王都の貴族と婚姻を結んで上に行こうなど大それたことを思うんじゃない。ところで、おまえはいつまでそうしているんだ。その汚い手を離せ。」


 テオバルドが乱暴にセリオの手を振り払うと、セリオは無様に尻餅をついた。いつの間にか、フェルディナント家の周りには、騒ぎを聞きつけた大勢の野次馬が集まっていた。テオバルドは腹を立て、馬車に乗り込むと馬車から顔を出し、


「おまえら退け!轢かれてもかまわないのか!」


 と怒鳴り、野次馬は慌てて蜘蛛の子を散らすように馬車の周りから遠ざかる。騒然とした中、二台の馬車は南都からあわただしく出立した。




すみません。こんな終わり方ですが、これで南都編は終了し、次回からは王都編が始まります。

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