招かれざる客
王太子の無事の帰還を受けて、南都はまた落ち着きをあっという間に取り戻した。あれから変わらず梨亜とセリオはせっせと夜会におもむき、翌朝は店頭に立つ。ひところあんなに辛かった仕事も、辞める、と決めてしまえば残りの時間を楽しもう、という気持ちに変わってきて、医師と梨亜の逢瀬を気にするセリオが休みをあまりくれないのも、梨亜には気にならなかった。
……でも、そろそろ、『真珠姫』をやめるって、フェルディナント家のほかのみんなにも伝えなくちゃ。
南都の社交シーズンは長い。王都は領地を治めないといけない貴族が多いため、社交シーズンは半年程度と定められているが、領地を持たない財界人ばかりの南都にはそれはない。社交シーズンでなくとも、エルンスト館で毎月、財界人の交流のために定期的に公的の夜会が開かれている。梨亜がデビューしたのもそんな折りだったが、本格的な社交シーズン中には毎週のエルンスト館の夜会に加え、財界人たちの私的な夜会も毎夜のようにあちらこちらで開かれる。
でも、それももう、あとひと月。
そうしたら、私は、真珠姫を辞めて、旅に出る。ロレンソ先生と。
希望に胸をふくらませていた梨亜ののぞみが、打ち砕かれる日が来た。
その日、エルンスト館ではまたも夜会が開かれ、梨亜とセリオもいつものように参加していた。あの時、工房にこもりきりで職人たちと開発していた新しいアクセサリーの新作がいよいよ出来上がり、そのお披露目の日でもあった。この日はフェルディナント男爵夫妻も夜会に加わり、このお披露目に華を添えてくれる予定だった。
セリオの手によってくるくると回る「真珠姫」リアナの胸元には、巻貝のようにくるくると巻いたペンダントが跳ねる。四方八方の明かりを受けて、さざ波のように光る見たこともないアクセサリーに、南都の人々が釘付けになっていたとき、ギイと音を立てて、エルンスト館の重い扉が開いた。
開けられた扉から誰かが入ってきた。コツコツと固い足音を立てて、その人物は踊っているセリオと梨亜の前に立つ。
梨亜よりもさきにその人物を見つけたセリオは驚愕の表情で、足を止めた。
曲の途中で足を止めてしまったダンスパートナーに続き、梨亜も踊るのを止めてかれの視線の先を見て、梨亜も驚いた。
冷酷な表情で一人の男……、エリサルデ侯爵令息、あの日、王太子側近として南都についてきた人物が二人の前に立っていた。
エリサルデ侯爵令息は、憎々しげに二人を見て、言い放った。
「リアナ・セルバンテス嬢、私と一緒に王都に来てもらおうか?」
梨亜は後ずさった。セリオもそんな梨亜をかばうように前に立つ。
「嫌です。私は行きません。何のためにあなたと王都に?」
「なんのために?それはあなたが一番よくご存じのはずだが。」
腕を組んで侯爵令息……テオバルドはそう言う。
「何も、心当たりはありません。あなたと一緒に、私はどこへも行きません。」
「そうです。横暴です。いくらあなたが宰相の息子だろうが、侯爵の息子だろうが、彼女を理由もなく王都に引き連れていく理由などない。……それは王太子さまの命を受けて、ということですか?どんな偉い方でも、ひとの婚約者を理由もなく連れていくなんて、そんなことはできないでしょう?」
セリオも必死で抵抗する。するとテオバルドはふっと笑った。
「婚約、ね。それは公的なものじゃないだろう?おまえら二人がその気でも、その許しが出るはずはない。知っているか?伯爵以上の爵位を持つ家の婚姻には、王の許しもしくは王都の貴族議会の許しがいるんだ。」
「僕も彼女も男爵と子爵位の家だから、王都の許しはいらないはずだ。」
セリオは顔色を変えて、敬語もかなぐり捨てる。しかし、梨亜はその言葉を聞いて、血の気が引く。この侯爵の息子は、知っているのだ。梨亜がなにものであるのか。南都の皆が見ているこの場で、先の言葉を言わないでほしい、梨亜はそう願ったが、テオバルドは衆人環視の中、非情にも言い放った。
「いいか、おまえ、知らないとは言わせないぞ?彼女はマティアス公爵家の孫娘だ。父親のカルロス子爵は亡くなっているが、祖父のマティアス公爵は存命だから、リアナ嬢はれっきとした公爵家の一人娘、マティアス公爵令嬢となる。公爵位を持つ家の娘が南都で婚姻を結ぶことなど、許されることではない。令嬢はただちに王都に来てもらう。これは枢密院の命だ。」
エルンスト館は、彼の言葉で水を打ったように静まり返った。




