王太子との対面
準備が完了した梨亜が、セリオの待つ部屋に戻ると、セリオが呆然とした顔で梨亜を見つめた。
「ダメだよ、リアナ、そんなに綺麗にしたら……。僕が殿下だったら、絶対に離したくなくなる。」
「そんなことないよ。黒髪黒目の、私の容姿が受けるのは南都人にだけ。セリオは心配性すぎる。さあ、行きましょ。」
ぼんやりとしたままのセリオの手を取り、梨亜は夜会会場へ向かった。
「セリオ・フェルディナント氏と『真珠姫』ご入場です!」
エルンスト館の支配人の高らかに宣言する声に、会場に集まった南都の人たちは一斉に振り向き、一様にほう、とため息をついた。その人々に、梨亜はにこやかに微笑みを惜しみなく送る。
「これはいつにもましてお美しい……。しばらく静養されていたとか。体調のほうはいかがですか?」
あちこちから声をかけられるので、
「もう大丈夫です。ご心配をおかけしましたわ。静養先から今日戻りましたの。」
と、梨亜はもっともらしく言って微笑む。それだけで若い男性は頬を赤らめたりするので、セリオが慌てたように梨亜の手を引いて、その場を立ち去る。
「まったく、今晩だけで何人とりこにするつもり?さっさと王太子殿下のところに行って、ご挨拶して帰ろう。」
「そうね。」
梨亜もセリオの言葉におとなしく従う。どのみち、今日は長居する気はないのだ。さっさと挨拶だけすませて、できれば王太子殿下と踊らず帰るに限る。そう思って梨亜は足取りを進める。
いつも空席になっていた、エルンスト館で王族だけが座ることができる貴賓席、そこにクリスティアーノ王太子は腰かけていて、側近と思われる南都の貴族と、なにやらひそひそと話をしていた。気難しそうな王太子を見て、確かに英雄の丘に立つアダルベルト像にそっくりだ、と梨亜は驚いた。胸板は厚く、背の高い堂々とした美丈夫で、英雄の彫像や絵本の通り、深紅の軍服を身にまとっている。輝く濃い金髪は固そうなうねりを見せ、高い鼻梁、不機嫌そうに寄せられた眉は頑固で意志が強そうだった。
その左側にいるのは先ほどから王太子と内緒話をしている側近の貴公子で、王太子の右側に立っていたのは、驚くことにフェルディナント男爵だった。
「セリオのお父さまはどうして王太子殿下のそばに?」
梨亜がセリオに耳打ちすると、セリオは
「父は案内役だ。毎年その役目だから。」
と短く答える。
「左側の王都の貴族さまは誰?」
「エリサルデ侯爵令息。宰相の息子だそうだよ。いけ好かない野郎だけど、毎年王太子殿下にひっついて来やがる。やな野郎だよ。」
セリオはよほどこの青年貴族が気に入らないらしく、温厚な彼にしては珍しく口汚くののしる。
「ともかく、さっさと父と王太子殿下にご挨拶だけして、ここを辞去しよう。」
セリオが父親に合図を送ると、男爵はすぐに気づいたようで、王太子に何か耳打ちし、王太子殿下はぱっと正面を見た。そして、いままで気難しい顔で側近と喋っていたにも関わらず、即座に華やかな如才ない笑みを顔に貼り付けて見せた。その顔を見て、梨亜の背筋は寒気がした。
梨亜自身がもっとも苦手とするのは、二面性のある人間なのだ。継母の冨美がそういう人間で、世間の人間には如才なくふるまいながら、継子の梨亜に嫌がらせをする。冨美での世間の評価が高まれば高まるほど、その空々しさは寒気を覚えた。
この人、苦手だわ。梨亜は正直にそう思った。笑顔の裏で何を考えてるかわかんないタイプだ、と。
「ご紹介します。王太子殿下、息子のセリオの隣にいますのが、「ポロネーシュの真珠姫」ことリアナ嬢にございます。」
セリオの父に紹介され、リアナはいつもの会釈ではなく、王族への敬意を示すために膝を折って深い礼を取った。
「リアナ・セルバンテスでございます。」
「これはこれは、『真珠姫』お待ちしていました。待ちわびていましたよ。もう顔をあげてください。体調はもうよろしいのですか?」
王太子はバカ丁寧な口調でそう言った。芝居がかっている、と梨亜は思う。国の王太子という立場、どれだけ尊大にふるまっても許される立場であろうに。
「はい。体調はもう大丈夫です。殿下にまでご心配をいただき、申し訳ありません。」
もともと仮病なので、健康に決まっているのだが、梨亜は悪びれもせずそう答える。
「それは良かった。では、私と一曲踊っていただけませんか。こんなに美しい姫が南都にいらっしゃるとは、いままで知りませんでした。」
如才ない笑みを貼り付けたままの王太子は、さっと席から立ち上がり、梨亜の手を取った。その瞬間、会場はどよめき、一拍おいて拍手と歓声が周囲から生まれ、梨亜は驚いた。「英雄が真珠姫の手を取る」という絵本のシーンさながらの光景に、南都の人々は興奮冷めやらぬ様子である。
「私などがお相手をして、申し訳ないですわ。……もっとふさわしい方が、この広い会場、いくらでもいらっしゃいますでしょう?」
「そんなことはない。私はあなたをお待ちしていたのです。」
「……おい、本気かクリス。そんな得体の知れない娘の手を取ったら、おまえの手が汚れる。」
王太子の後ろからものすごく失礼な声が聞こえてきた気がしたが、これがさっきセリオが言っていた宰相の息子なのだろう。王太子はこの失礼な発言に同調することも反論することもせず、まるっと無視をして、梨亜の腰と手を手中にして、ダンスの体勢に入った。一連の仕草はとても優雅に見えた。




