急ぎの遣い。
梨亜が最後の休みを終えてから一週間、職人の工房に朝から晩まで出向いて、新作のアクセサリーの作成に明け暮れていた。
「これでもいいんだけど、そこの台座に、もうすこしひねりを入れて…そうそう。くるくるとねじれた形にすると、自然の揺れで石が光るのよ。踊ると胸元で揺れて、どの角度からも輝きが見える、それが理想の形なの!」
などと梨亜が職人たちに熱弁を奮っていると、フェルディナント家から急ぎの使いが来た。
手紙はフェルディナント男爵夫人からで、急で申し訳ないが、今日の夜会に出席してほしいので、すぐに屋敷に戻って準備してほしい、とのことだった。
もう少しで新作が完成しそうだったのに、と梨亜が後ろ髪を引かれる思いで工房を後にして屋敷に戻ると、セリオがむっとした表情で待っていた。
「どうしたの?急に夜会だなんて。王太子殿下はもう王都へお戻りになったの?」
「いや。明日立たれる。今日は最後の夜会だ。」
セリオは不機嫌なまま言葉少なに言い、そばにいたセリオの母の男爵夫人は眉を上げる。
「しょうがないじゃない!セリオの気持ちは、よくよく王太子殿下はご存知なのだから、安心してリアナをエスコートなさい!」
……梨亜にはなんのことやら、という感じだったが、要は、王太子殿下は「ポロネーシュの真珠姫」というものにいたく興味をそそられ、来た初日に「真珠姫に会ってみたい」という要望があったものの、体調を崩し静養に出ている、と説明したら納得された。セリオは一応、「ポロネーシュの真珠姫」とは名乗っているものの、ポロネーシュの血を引く娘、というだけでオーキッド人であること、自分の婚約者同然の令嬢に無理を言って広告塔になってもらっていること、などを王太子に説明し、その内容に理解は得られたようだが、王太子の南都滞在の最終日に王都への土産話の一環として『真珠姫』とぜひとも一曲踊ってみたい、と王太子殿下はフェルディナント男爵一家に要望してきた、という。
「さすがに何度もお断りするのも不敬にあたるし、私が『承知しました』て答えたら、セリオがむくれちゃってね。そういうわけで、リアナ、悪いわね。急なんだけど支度してくれるかしら?真珠姫と王太子殿下が踊るなんて、これ以上ない宣伝よ!何といっても、毎年王太子殿下は南都を訪れていらっしゃるのに、一度も夜会で踊られたことがないのよ!こんな話題になることってないわ!」
母親の能天気ぶりに、とうとうセリオが切れる。
「そんなこと言って!リアナを気に入りすぎて、王都に連れていきたいって言われたらどうするんだよ!これまでリアナを必死に隠してた僕の苦労が水の泡じゃないか!」
「あら、余裕のない男は嫌われるわよ、セリオ。男らしくどーんと構えていらっしゃい。それに、王太子殿下は、アダルベルトさまに倣い、生涯独身を宣言されているっていうもっぱらの噂よ。行きずりの娘を王宮に連れていくなんて色好みな真似はなさらないと思うわ。」
「母さんは見通しが甘いんだよ!」
母子ケンカが終わりそうにないので、「あの!」と梨亜は口をはさんだ。
「要は一曲だけ殿下と踊って、『やはり体調がすぐれませんので』とさっさと退出すればいいんでしょう?もう決まったことみたいなんで、ここで争っても時間の無駄です。とりあえず、湯あみの準備をお願いします。」
「そうよ!なるようにしかならないわよ!せっかくだからできる限り華やかに、王都の娘の誰よりも、『真珠姫』が美しいってところを、目にものみせてやれるぐらい装っちゃいましょう!」
男爵夫人ははしゃいだ声を出し、頭を抱えるセリオを部屋に残し、リアナの身支度を手伝うために嬉々としてドレス選びの準備にかかっていった。
男爵夫人は、まるでこの日が来るのを知っていたかのように、新しいドレスを梨亜にあつらえていた。シルエットは素直なAラインのワンピースのように見えながらもその上から一枚、豪華なレース編みがふわりとドレスを彩る。薄い水色とパールホワイトの二本取りで編まれたレース編みのあちこちには、「真珠姫」の名の通り、いくつもの大粒の真珠が編み込まれている。どれだけこのドレス一枚に手間暇と金額がかかっているのか、と思うと、梨亜は気が遠くなりそうだったので、あまり考えないことにした。
湯あみをしたあと、その清楚でありながら絢爛豪華なそのドレスに袖を通し、ハーフアップにしてゆるやかに巻いた髪にラリエットを回す。額に下がる輝きを鏡ごしに見つめて、梨亜はよし、と自分を勇気づけるようにうなずいた。真珠姫、戦闘開始。そんな気持ちで、梨亜は鏡の前から立ち上がった。




