セリオの懸念と王太子の南都入り
その後、夫人と商談を終えたセリオと合流し、昼食を夫妻とともにしたけれど、食卓の席の会話はほとんど夫人の息子や孫自慢に終始し、マヌエル・リベーラはほとんど口をはさまなかった。
帰りの馬車の中で、セリオに聞かれる。
「議長と庭でどんな話をしていたの。四阿に座って長いこと話していたのが、邸からも見えたよ。」
「南都の昔話をいろいろ聞かせていただいたわ。ご自分のお話もね。若いときには大変な苦労をされたとか。」
当たりさわりなく梨亜は答えた。どういうわけか、リベーラは、セリオや夫人にも梨亜が公爵令嬢だとは黙っているようである。梨亜にはありがたいが、どういう意図をもって彼がそのことに口をつぐんでいるのか、はかりかねた。
「……ああ、あと、私が王太子殿下に心惹かれやしないかと警戒してらしたわ。お会いすることもない方に、どうやって心惹かれるっていうのかしら。」
梨亜はぼそりと言って眉をひそめる。セリオの母が戯れに出した本が、とんだ迷惑な噂を引き起こしたものだ。
セリオはそれを聞いて、いったん黙り込んで、低い声で言った。
「実は、この月の終わりに、王太子殿下が南都へ来る。王太子殿下とリアナが、そこで運命の出会いを果たして惹かれあうんじゃないか、って町の若い女の子たちのもっぱらの噂だ。だって、きみは『英雄の花嫁』らしいからね。」
「まあ!私、そんなこと聞いてないわよ。」
梨亜は驚いた顔をする。
「夜会では、いちおう僕に気がねして、きみにそんな噂を吹き込む輩もいないからね。それにリアナは踊るのに忙しくて、噂話に興じる暇もないじゃないか?」
「どちらにしても、私は王太子殿下には興味はない。面倒だから、王太子殿下とはできるだけ顔を合わせないようにするわ。」
「そうしてもらえるとありがたいよ。殿下が南都にいる間は夜会も欠席していいし、店頭にも出なくていい。」
「そう?ひさびさのまとまった休みね!」
梨亜が明るい声を出すと、セリオは言った。
「いや、その間は新作の打ち合わせをじっくりしたいと職人が言っているから、リアナは職人の工房へ行ってくれ。リアナの描いたデザイン画を正確に実現するために、細かいすり合わせをしたいと職人たちが言っている。」
「それはいいけど…セリオ、私に休みを取らせないようにしてない?」
そういうと、セリオはふいと顔をそらせた。
「僕も少し前は噂を真に受けて、王太子殿下の視察旅行が気になっていた。……でも今は、もっと警戒すべき相手がいるってわかったからね。」
ロレンソ医師のことを言っていると、梨亜もわかった。つまり、休みを取らせると、梨亜が医師のところに行ってしまうことをセリオは警戒しているのだ。昨日の夜会の庭でのできごと、会話までは聞いてないだろうが、二人でいるところをセリオには見られてしまった。セリオもなにか勘付いているに違いない。
セリオの無言の圧力に重たさを感じて梨亜が黙り込んでしまうと、セリオは気を変えるように、さきほど夫人が『真珠姫のアクセサリー』を気に入り、セリオの持ってきた品々をほとんど買い込んでしまったことなどを話してくれた。
「リアナの考えるデザインは年齢を問わずご婦人方に大人気だからね。なかなか新しいデザインを考える時間もなかったから、王太子殿下がいらっしゃる間に、職人たちと力を合わせて、みんなをあっと驚かせるような新作を考えてみてよ。」
梨亜は黙ってうなずきながら、穏便に南都を出るために、あまり今の時点でセリオを刺激しないように気を付けよう、と心中で考えていた。
王太子が街に来るという日、梨亜は奇跡的に休みが出たので、梨亜はそそくさとロレンソ医師の診察所に向かった。もっとも、医師は旅に出たばかりだということで不在だった。そのことを庭師ブルーノから耳にしたセリオが梨亜に休みをくれたに違いない。
医師に会えないのは残念だが、フェルディナント家から出て、医師の畑に来ているだけで空気がおいしい。梨亜はくぐり戸を開けて花畑の前に立つと深呼吸した。
「よっ!ねえちゃん。久しぶりだな。」
例によって畑仕事をしていたペペが片手をあげて挨拶してくれる。
「おはよう!やっと休みがもらえたのよ。……ね、ヤコニートはどう?育ってる?」
「ああ…それが、葉や茎はよく育ってるんだけど、どういうわけか花がつかねえ。」
ペペは沈んだ顔をする。
「もともと夏の花だから、秋に育てんのは無理があるのかな?とは思うんだけど、北都の山とこの辺の秋は気温が同じぐらいだし、咲いてもおかしくないと思うんだけどな。南都の夏じゃ、逆に暑すぎるしな。ブルーノもいろいろ考えてくれるけど、花芽だけはどうにもなんねえ。」
青々としげるヤコニートの畑の前で、がっくりとペペは肩を落とした。
「……でも、今年は葉や茎だけでもこれだけ元気に育ったんだから、今度は春に挑戦してみれば、うまくいくかもよ。これだけ茂っただけでもすごいじゃない!ぺぺはすごいわよ」
ペペを慰めると、ペペは少し照れたようにポリポリと眉を搔いた。
「ああ、でも、今回咲かせられなかったら、もうすぐ俺、西都の学校に入るから、卒業するまでヤコニートの栽培は休みだ。いままでの薬草はブルーノの手配してくれた庭師が面倒みてくれるらしいけど、ヤコニートだけはほかの人間には任せらんねえから、数年はこのままだな。」
「そっか。」
二人で会話をしていたら、診察所からひょっこりピアが顔を出す。
「おねえちゃん!せっかく来たんだから、王太子さまの歓迎パレードを見に行こうよ!」
「ええー。人ごみに行くのは嫌だなあ。ピアだけ行ってきなよ。私はペペとここで畑仕事やっとくから。」
「もう!なんで真珠姫さまの休日はいつも畑仕事なのよ!」
「いや、もう、お日さまの下で汗流すって最高だよね?真珠姫辞めたら、私農民になろうかな?」
そう梨亜が答えたらピアはあきれて一人で行ってしまった。ペペと存分に鍬をふるいながら、丹精込めているペペの畑を眺めていると、あの時、冨美の大事にしていた花壇を荒して、悪いことしてたんだな、と梨亜はやっと少しだけ反省した。
そのころ、南都に入り、笑みを浮かべながら国民たちの歓声にこたえていた王太子クリスティアーノは、大通りのフェルディナント商会の前を通りかかった。そこにかかる大きな真珠姫の看板を見て、クリスティアーノはかっと目を見開いた。
「見つけた…、猫娘。」
クリスティアーノは馬車に同乗する側近のテオバルドに聞かれないように、こっそりと口の中でつぶやいた。




