リベーラの昔語り3
梨亜が初めて聞くおじいさまの話だ。若いころに、こんな苦労をした、なんて一度もおじいさまは話をされたことはない。いつもにこにこと、梨亜と話をし、ときには馬車で領地のあちこちを見せてくれた。梨亜の知る限り、馬車が通る道はしっかりと整備され、領内は清潔で暖かそうな雰囲気に満ちていて、人々も穏やかな表情だった。
「領内が落ち着いていくにつれ、公爵様は大陸のあちこちを旅に回られるようになった。ただの遊興の旅ではない。領地が、関所の通行税に頼らず、自活していくための方策を探す旅だ、と当時の家宰からうかがっている。そして、まず山間部で育てることに向いている果物の木の植え付けの奨励をはじめた。きみも知っているだろう?マニフィーラという果物。」
「はい。おじいさまの食卓にいつも上がっていました。美味しかったです。」
梨亜は答える。オレンジ色の果肉はたっぷりと甘く、舌に乗せると溶けるように柔らかかった。
「あれはポロネーシュ原産の果物らしいが、あれを少し寒いアフィラードの土地でも育てられるように、さらに果肉を大きく甘くするために、きみのおじいさまは領民たちと品種改良に取り組んだ。公爵さまは、何度も領民を連れてポロネーシュに渡り、あの果物の研究を熱心にされていたようだ。そして、今はあの果物は南都や王都で珍重されるようになり、領民に大きな益をもたらす山の幸となった。公爵さまときみのおばあさまのロマンスも、その過程ではぐくまれたんだろうね。」
梨亜は聞いているだけで胸が熱くなってきた。リベーラが底知れぬところを持った人間には変わりないが、彼の聞かせてくれるおじいさまの昔話は、梨亜の知らないことばかりで、とても胸を打たれることばかりだった。
「……その利益をもってしても、まだ通行税は伯爵時代から比べて半額程度にしか下げられなかった。それで、つぎに君のおじいさまは、領地の端の山に目をつけた。あそこから鉄鉱石が取れることは前から分かっていたが、鉄鉱石から鉄を取り出すのは存外にむずかしい。私が鍛冶屋をしていたときも、鉄と言えば砂鉄から作り出していたからね。」
「そうなんですね。」
梨亜は相槌をうつが、さすがにこれらの専門的なことはわからない。
「きみの祖父は、私以外の何人もの鍛冶屋とも話をして、鉄鉱石から鉄を取り出すアイデアを求めた。そこで、私が今の炉ではなく、もっと高い温度の炉がないと、鉄鉱石から鉄を取り出すのはむずかしい。でも、やってやれないことはないだろう、と話すと、そこで公爵さまと意気投合したんだ。」
長い話になり、四阿にメイドが持ってきた水で、リベーラは口を湿らせ、言葉を続けた。
「……簡単に言えば、石炭を炭にする方法…と言えばわかりやすいか。まあ石炭を蒸し焼きにして、純度の高いものにして、そして今までと炉の形を変えて温度を高くすることで、鉄を取り出せるだろう、という理屈になるが、それを実用化するまで、そこから何年も要した。開発費もかなりかかった。みんな公爵様が負担してくださったがね。あの頃は、公爵様も領民と変わらない粗末な服装で、とにかく領民たちとよく汗を流していた。あれほど領民のために心を砕かれる王族、貴族はほかにいないだろう、と断言できる。」
梨亜は四阿のテーブルの下で、ハンカチーフをぐっと握りしめた。
「そんなさなかにあの大旱魃だ。そして、南都の窮状。それを救うために、公爵さまは決断を下された。関所の撤廃だ。無茶だ、と思った。せっかく作りかけた高炉はどうなる、と私はあさましくも思った。高炉の開発費のほとんどは関所からの収入だったからね。しかし、公爵さまはおっしゃった。飢えた国民や、不況に苦しむ民を看過することは、臣籍に降りたとはいえ王族に生まれた以上、到底できない、とね。」
梨亜は、こらえきれなくなり涙を拭った。祖父はやはり、誰にも知られてないとはいえ、天啓をうけた人なのだ、と実感させられた。
「公爵さまの思いは十分私にも伝わったから、少ない開発費でも高炉をなんとか完成させてみせる、と思ったが、公爵さまは不思議に開発費は下げられなかった。そして、仕事の用で、久しぶりに公爵邸を訪れて私は愕然とした。使用人は家宰を残して誰も残っていなかった。公爵さまは笑って言う。『使用人をクビにしたわけじゃない。彼らも生活があるからね。事業が軌道に乗るまで、家の仕事ではなく、果樹園のほうの仕事にあたってもらっている。私たちの身の回りの世話をしたところで、なにか利益を生み出せるわけではないので、危急の時だから有益な仕事をしてもらっているだけだ。』そんな中、ポロネーシュから来た奥方は、粗末な木綿の服を着て、にこにこと家事をされている。『私はもともと平民ですから、こんなことなんでもありません。』と言ってね。あの時、私は決意した。公爵さまご一家には、必ず幸せになってもらう、とね。そこから血のにじむような努力をした十年だった。通行税を撤廃されたカリエンテは、なんとか不況を乗り切ることができ、私の事業も軌道に乗った。みんな公爵さまのおかげだ。カリエンテのふるい民はみんなそのことを知っている。」
リベーラはそこで言葉を切った。リベーラも梨亜も一言も発さないし、そばに控えているメイドも何も言わない。沈黙に包まれた四阿に響く音は、遠く離れた噴水の音のみになった。リベーラは自分の眉間をゆっくりと揉む。
プロジェクトXモードはそろそろ終わります。読んでいただいた皆様、お疲れさまでした。




