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鋼鉄王の意志

 ここ、南都で梨亜を公爵令嬢と知る人間はいない、そう思っていたのに、なぜこの男は知っているのだろう。そして、祖父の希望とは?梨亜の疑問はそのまま顔に出ていたのだろう。リベーラはふっと皮肉な笑みを頬に浮かべた。


「カリエンテへようこそ、マティアス公爵令嬢。あなたの幸が、この故国で長からんことを。あなたの幸せはこの土地にこそある。けして妙な気を起こさないように。」


 南都の鋼鉄王から放たれたその言葉は、呪縛のように梨亜を打った。


 鋼鉄王リベーラはその一言だけ残しただけで、よけいなことを言わずに梨亜の前からいなくなったが、彼から解放された梨亜はふらふらと庭のほうに出て行った。前庭は広く取ってあり、今日は卵探しゲームが行われているらしく、篝火も焚かれ、多くの男女がさざめいていたので、梨亜は人目を避けて裏庭に行った。


 裏庭には簡素なテーブルと椅子が用意してあったが、灯りもない暗がりで、人気は無かった。それをいいことに、梨亜はそこにがっくりと座り込む。


 ……なぜ、南都の議長はこれまで会ったこともない梨亜のことを詳しく知っているのか。今日の口ぶりでは、梨亜が公爵令嬢と知り、セリオの家に寄宿していることも、『ポロネーシュの真珠姫』という広告塔として働いていること、……さらに、もうすぐ梨亜が南都を出奔しようとしていることも知っていそうな口ぶりだった。そして、もっと衝撃だったのは、リベーラはそれを望まず、真珠姫を辞め、直ちにセリオと結婚しろ、と言いたげな口ぶりだったことだ。それが祖父、マティアス公爵の意志でもあるようなこともリベーラは匂わせていた。


「私は好きに生きればいいって、おじいさまは言っていたのに。」


 丸テーブルに顔を伏せて、梨亜はひとりごとを言った。医師が一緒に旅に出よう、と言ってくれた日、梨亜は確かに心が決まった。医師への恋心も自覚した。……だから、あとは準備が整いしだい、かれと一緒に南都を出ることを目標に、梨亜は心の支えにしていたというのに。


 暗く沈みこむ梨亜の耳に、灯りが近づき、思いがけない声が聞こえてきた。


「リアナさんではありませんか。こんなところで何を?」


 ロレンソ医師の声だった。


「先生……。」


 ゆっくりと梨亜は顔を上げた。手持ちのランタンをテーブルに起き、ロレンソ医師は痛ましそうな顔をして、梨亜の肩に手を置く。


「あれほど休むように、と言っているのに、また夜会ですか。その額飾りも美しいですが重そうだ。」


 言われて初めて、梨亜は医師の前で初めて『真珠姫』の格好でいることに気づいた。反射的に背背筋を伸ばし、梨亜は微笑みを顔に貼り付ける。


「こんばんは、先生にお会いできてうれしいです。今宵はひとときの夢を…。」


 お決まりの口上を述べながら、梨亜の瞳からは涙がこぼれた。医師は診察鞄をそっとその場に置き、梨亜を抱きしめた。


「私の前で無理に『真珠姫』にならずともよろしい。私は夜会の客ではありませんからね。この邸の主人の父上が急な病に倒れられましてね。診察に来たのですよ。自分の父のことを心配しながらも、夜会を急に取りやめることもできず、ここのご主人は苦悩されていました。貴族とは因果なものですね。」


 そう言いながら、医師は抱きしめている梨亜の背を優しくとんとんと叩く。医師の胸に顔を伏せて、梨亜は一時、しゃくりあげながら子どものように泣いた。しばしのあと、泣き止むと梨亜は医師から身を離した。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。……先生は、マヌエル・リベーラさまのことをご存じですか?」


「ええ、南都の議長をされている方ですね。なんでもこのあたりでは大変な権力者だとか。」


「そうらしいですね。……今日、その方から、南都に残ってセリオと結婚するよう、強く勧められたのです。」


「…それでそんなに泣いているのですか?あなたは。」


「その方は、私の祖父とも知り合いのようで、祖父も私とセリオの結婚を望んでいる、と言われたので、私…。」


 梨亜は再び涙をこらえきれなくなる。


「泣くほど嫌ならば、誰が何を言おうと、従う必要はまるでありません。」


 医師はきっぱりと言う。


「私は何度でもあなたに忠告する。ただちに真珠姫を辞めて、南都を出なさい。私は明日にでも出立できますし、ペペもそうだ。私の患者たちのことは、知り合いの医者に任せるから大丈夫です。あなたも何もとらわれることは無い。フェルディナントの屋敷にあなたを帰すことはしのびない。このまま、うちの診察所にいらしてかまいませんよ。」


「先生は、私にお気持ちなど持っていらっしゃらないくせに。」


「あの時はそうでした……でも今は。」


 医師が梨亜の肩をつかむ力が強くなる。


「あなたがそこまで嫌がるのならば、帰したくなくなってきました。」


 医師の胸に抱かれながら、これは彼の優しさで同情だ、と梨亜は思いながら、その温かな胸に一時すがりつかずにいられなかった。

 

※卵探しゲーム……厚紙で作られた卵の中に、お菓子や宝石などを入れて、庭のあちこちに隠してあるものを見つけ出すゲーム。南都で流行っている遊びらしい。

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