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猫殺しの素顔

 ピアはお茶を飲みながら、懐かしそうな目をしてここにいない医師のことを語る。

「先生、おかしな人だし、診察費が馬鹿高いから、因業で偏屈な人だって思われがちだけど、ほんとはすっごくお人よしで親切だよ。……まあ、変わってるのは変わってるけど。」

「そうなのね…。」

「先生の診療費が高いのはね…ヤコニートみたいな珍しい薬を使うせいもあるけど、ひとつは患者さんの数を減らすため、みたい。先生は南都人じゃないよそ者だから、南都の医者の患者を取っちゃうんじゃないか、って気にしてて、少々のことでは別の医者に行ってもらいたいみたい。だから、わざわざ高くふっかけて、患者さんを減らしたいみたいなのに、逆に、先生に診てもらいたい、先生じゃなきゃダメだ、って患者さんが日に日に増えて、『おかしいですね、南都の人はそこまで裕福なんですか?』って首をかしげてる。」

「そうなの……。」

 梨亜は意外な話に目を見開く。

「そう。最初の診察で法外なお金を請求されたら、二度とその人は来ないだろう、と思ってて、踏み倒されるの上等で高いお金ふっかけてるみたい。ま、そういう患者さんもないわけじゃないけど、結構、みんな正直になんとかして払いに来ちゃうのよね。……だって一度踏み倒してしまうと、二度目に診察に来れないって思うみたいで。なんのかんの言って、先生腕は立つし、みんな自分の命が大事なのよねえ。それで、先生の思惑とは外れて、どんどん患者さんが増えちゃう、みたいな。先生にとっては悪循環みたい。」

 ピアはおかしそうに教えてくれる。

「『こう患者が多くちゃ、なかなか研究に没頭できません』てよくぼやいてる。」

「じゃあ、『猫殺し』って自ら名乗ってるのは…。」

「それも、患者さんを減らすための先生の作戦かもね。……でも二つ名が強烈すぎて、かえって先生の名前が南都じゅうに知れ渡ってしまって…。そういうとこが憎めないっていうか、偉いお医者さんなのに、あちこち抜けてるとこが、な~んかほっとけないのよね、お兄ちゃんも、私も。」

「ふうん……。」

 カモミールティーとピアお手製のクッキーをよばれながら、医師の意外な側面を梨亜は面白く聞く。

「先生は南都人ではないってことは、じゃあどちらからいらしたのかしら。」

「うーん、お医者さんの学校は西都のほうを出たって聞いてるから、そっちのほうの人じゃないかな?あんまり詳しいことは知らないけど。」

「そうなんだ。じゃあ、なんで西都から、南都にいらっしゃったのかしらねえ。」

「うーん、わかんない。先生、あんまり自分のこととか話したがらないから。西都には優秀なお医者さんがいっぱいいるからかなあ?南都には猫が多いから?案外これが正解かも。」

 そう言いながらピアは明るい笑い声を立てた。

「正直、先生もいい年をしていつまでも独りなのもどうかと思うし、いいお嫁さんに来てほしいな、って思うんだけど、血だらけの猫の死体抱えて、ニコニコしながら帰ってくる旦那さんなんて、だれも欲しがらないだろうから、困ったもんよね。」

「確かに…。」

 そのとき、いつの間に来ていたのか、白猫のブランコがテーブルに飛び上がって乗ってきて、ニャア、と鳴いた。

「あ、ブランコ、ちょっと待ってね、美味しいものもってくるから。」

 ピアは立ち上がって、パタパタとなにか取りに行く。梨亜はその隙に、ブランコの喉を撫でてやると、ブランコは盛大にゴロゴロと喉を鳴らし、もっと撫でろ、というようにおなかを出して寝そべる。梨亜は思いきってブランコを抱き上げて膝の上に乗せ、耳の後ろや首回りなど、好きなだけあちこちを撫でさすってやる。ふわふわの毛心地と固めの肉球の感触を楽しんでいると、ブランコは喉を鳴らすだけ鳴らして、梨亜の膝の上で心地よげに寝てしまった。膝の上の甘い重みに、梨亜はうっとりとする。

「あれ?せっかくいいもの作ってきたのに、ブランコ寝ちゃったの?」

 ブランコ用の皿を持って戻ってきたピアがちょん、とブランコの耳をつつくと、長いひげがぴくぴくと動いたけれど、目は開けようとしない。

「まあいいか。ブランコはおねえちゃんのこと大好きなんだね。あんまり膝の上でおとなしくしてる猫じゃないんだけどなあ。」

「私も猫が好きだから、両思いなのかな?」

 梨亜は嬉しくなって、ブランコを起こさないようにそっと背中を撫でてやる。

「南都の町中の人が猫が好きなんて珍しいね?」

 ピアに指摘されて、梨亜はどきっとするが、ふふっと笑ってごまかす。

「私も南都人じゃなくて、郊外から来たんだよね。昔で言うところのアフィラード?あのあたりから。」

「ああ、あの辺、大きな公爵様のお屋敷があるよね!」

 ピアに無邪気にそう言われて、梨亜は一瞬言葉につまるが、やっとこれだけ言う。

「……そうだね、その近くだよ。」

「そうなんだ!公爵様って全然表に出てこないよね。……でもまあ、顔は見せなくっても、公爵様は南都のみんなに好かれてるんだけどね。」

「それはどうして?」

 思わずピアにそう問いかけたとき、勝手口のドアがガチャリと開いて、ペペと庭師のブルーノが診察所に入ってきたので、梨亜はその答えを聞きそびれてしまった。


 その日の夕方、迎えに来たホアキンの馬車の中で、梨亜は御者台に座ったブルーノと話をした。ブルーノを医師の畑に伴うことは男爵の許可が下りたものの、梨亜とブルーノが馬車の中で二人きりになることはセリオが止めたので、狭い一頭立ての馬車の御者台に、ホアキンとブルーノは窮屈そうに座る場所を分け合っている。

「ありゃ、気の良くまわる、働きもんの坊主ですねえ。気持ちのいい性格をしてるし、あの妹も愛想が良くて可愛らしい。お嬢さんがあそこにたびたび行きなさる気持ちもよくわかりやすよ。」

「そう?それをセリオに言ってもらえると嬉しいわ。私がお医者さんのところの双子に会いに行ってくる、って言うと、セリオはよく不機嫌になるから。」

「あははは。猫殺しの先生が男前でいらっしゃるから、お嬢さんが目移りされないか、若旦那が心配されるんでがすよ。」

「先生なんて、往診や旅に出てることが多くて、めったにいらっしゃらないわよ。……いつもセリオにはそう言うんだけどねえ。」

「お嬢さんがあんまりお美しいから、若旦那も気が妬けるんですよ。……で、ヤコニートのほうですが、あっしも気になるんで、近々また行ってみますよ。」

「そう?助かるわ。私も行きたいんだけど、なかなか忙しくて、顔を出せないし、ブルーノが行ってくれるなら百人力よ。」

「うまくいきゃあいいですが、なんせ、北方の山とここ南都じゃ、気候が違いすぎるでやすからね、あんまり期待しないでくだせえ。まあ、庭師の腕が鳴りやすがね。」

「そんなこと言われたら、期待せずにいられないじゃない。」

 梨亜は明るい笑い声を立て、ヤコニートの畑が満開になるさまを思い浮かべ、幸せな気持ちになることができた。そして、少し気を引き締める。楽しく短い休暇は終わって、明日からまた、「真珠姫」としての過酷なレッスンの日々が始まる。


すみません。しばらく短期休載いたします。あまり間を開けずに戻ろうと思います。申し訳ありません。

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