「英雄の花嫁」とはなんでしょう。
最近の梨亜には気になることがあった。「真珠姫」を見にくる客は日に日に数を増しているにも関わらず、アクセサリーの売り上げの伸びが前ほどではなくなっているのだ。客はみんな「真珠姫」の一挙手一投足をため息をついて眺めていくにも関わらず、それで満足して違う売り場に散っていく。だから、商会全体の売り上げは右肩上がりだ、と男爵夫人は嬉しそうに言ってくれた。
商会自体の客寄せパンダにはなっている、とは思うが、肝心の梨亜のデザインしたアクセサリーそのものが売れなければ、梨亜自身の給与のリターンにはつながらない。……もちろん、広告塔としての価値や人気が高まっている、ということで基本給の値上げの交渉はできるかもしれないが、梨亜はなるべくそれはしたくなかった。あくまでも梨亜のデザインしたアクセサリーの売り上げを上げていくほうが、自分自身の力で得た報酬のような気がするからだ。
「……ねえ、セリオは私のアクセサリーが売れなくなってるの、どう思う?お客の数は多いのに、前ほど売れなくなってるのよ。……もっと新しいデザインを投入するサイクルを早めたほうがいいのかしら?」
梨亜は馬車の中で、セリオに問うてみる。商売の話となると、セリオもむくれてはいられない。考えながら口をひらく。
「いや……。実は、不快だろうからリアナには黙ってたんだけど、ライバルのエンリケ商会で、リアナの考えたアクセサリーとほとんど同じものを売り出した。……もちろんうちの猿真似で、うちの職人たちの作ったもののほうが出来がいいって自信を持って言えるけど、値段がうちで売っているものよりも三割ほど安い。」
「そんな……。」
梨亜は顔から血の気が引く。梨亜が寝る時間をけずってでも考えている渾身のデザインが、そんなに簡単に盗まれるなんて、そんなことがあっていいんだろうか。
「それって、あきらかな盗作じゃない。罪にすることや訴えることはできないの?」
「……いや、悔しいけれど、彼らのやっていることは罪にはならない。……もちろん、うちのアクセサリーの台座にはフェルディナント商会の名が彫られているし、近々「真珠姫御用達」の文句も彫り込もうか、と両親とは話しているんだけど、それだけであの安さに対抗するのは難しいだろう。」
…著作権、という考えはこの国には通用しないようだ。梨亜はひそかに歯噛みする。
「もちろん、うちとしてもこのまま黙っているわけにはいかない。もうすぐ秋の社交シーズンが始まるから、それに合わせて、母といろいろ考えている。しっかりと方向性が決まったら、リアナにも伝えるよ。リアナも忙しいだろうけど、新しいアクセサリーのデザインをいろいろと考えておいて。」
「……わかったわ。」
梨亜は背筋を伸ばし、戦場……もとい商会の職場へ向かった。内心の動揺を押し隠しつつ、今日も「真珠姫」は客の前で微笑む……。
その週の終わり、男爵夫人は家族を集めて宣言する。
「社交シーズンが始まるまであと二か月。「真珠姫」の価値をもっと高めるため、リアナは商会に出る時間を減らして、貴婦人としての教養を、徹底的に身に付けてもらいます。」
夫人の宣言に、男爵は首をかしげる。
「なんのために?リアナは子爵令嬢だし、教育だってすでに行き届いた立派なお嬢さんじゃないか?」
「ええ、もちろん、リアナはふつうの貴族の令嬢としては十分だし、申し分ないと私も思うわよ……でも、『真珠姫』としては物足りないわ。」
男爵夫人の目がぎらりと輝く。
「いい、『真珠姫』はただの子爵令嬢じゃない。王妃様に引けを取らない、この国最高の貴婦人とならなくてはならないの。……目指すところは、『英雄の花嫁』よ!!」
夫人の声が高らかに響いた。




