急患です!
食事を終えた医師に、梨亜は三千バニーを手渡す。額をあらためた医師は少し驚いた顔をする。
「確か、ご実家の援助が先月で終わったので、これからは自分で働いて返される、とおっしゃっていましたね。これはすべて、あなたが働いて得たお金ですか?たった一か月で?」
「ええ、まあ、たまたま…運が良かったのだと思います。環境に恵まれました。」
梨亜は一応謙遜して見せるが、内心、得意でたまらない。男爵夫人のプロデュース能力も奏功しているとはいえ、自分でデザインしたアクセサリーを売り出して、これだけの大ヒットを生み出せたのだ。
「残りの二千バニーは来月中にはお返しできるように、がんばります。」
「素晴らしいですね。あなたは見かけによらず商才がおありになる。……しかし。」
医師は何か考え込むような顔をして見せた。
「センセ、どうしたんだよ。」
「いや……こんなお若いお嬢さんがこれだけのお給料をもらっているというのに、私がピアに払っているのはあれだけでいいのかと、ふと思いまして。」
「え?お給料上げてくれるの?先生!」
ピアは身を乗り出してくると、ぺぺがしかめっ面をする。
「センセ、ピアを甘やかすんじゃねえよ。芋スープと洗濯しかできないピアに大金やったって意味ねえじゃん。」
「なによ!お兄ちゃん、わたしが自分と同じぐらいお給料もらうのが気に入らないだけでしょ!」
「てめーは、作れる料理の品数増やすか、せめてパンを一人で焼けるようになってから賃上げの交渉に入れ!」
双子のくだらない口喧嘩がまた始まりそうだったそのとき、診察所のドアが勢いよく開けられた。
「先生!この子見てやってくれ!大けがしたんだ!」
額から汗をしたたらせながら、娘を抱きかかえた若い男が飛び込んできた。
若い男は二十歳ぐらいで、真っ青な顔をして抱きかかえられている娘は梨亜と同じような年頃に見えた。粗末な木綿のスカートの裾が、血で濡れているのが見える。怪我しているのは足のようだ。
「草刈り鎌を自分の足に当てちまったんだ。どこに置けばいい?」
「はい、こちらが診察台になります。娘さんをこちらを頭にして寝かせてください。」
医師は表情を引き締め、診察台に患者を誘導する。男はそっと診察台に娘を寝かせる。
「もう大丈夫だ、マルシア。」
男は愛しげに娘の頬に触れて、顔を撫でる。
「エミリオ……私は大丈夫よ。……それより猫殺しの先生の治療なんて、こんな怪我で無駄遣いしちゃダメ。」
「おまえのことに使わなくって、なんのために貯めてきた金だよ。」
「エミリオ……馬鹿ね。」
診察所の診察台の上らしからぬ甘い雰囲気が漂い始めたとき、準備をしてきた医師が
「すみませんが、娘さんの傷を診ますので、ちょっとそこをどいてもらえますか。」
と、冷静な声で恋人たちを引き離す。男はしぶしぶと言った顔で、娘のそばから離れる。医師は冷静な手つきで娘の傷を縛っていたぼろ布をほどき、傷を診た。
「かなり大きな切り傷に見えますが、そこまで深くはないので、骨に異常はありません。ですが縫合が必要です。ペペ、ピア、この人の足首を押さえて。縫合の間、かなり痛みますので、患者さんが跳ね起きないように、あなたは肩を押さえておいてください。動くと危険ですからね。痛いですから大声で叫んでもかまいませんが、あまり動かないように…と言っても無理でしょうから、身体を押さえる人たちは、力任せに患者さんの体を固定しておいてください。リアナさんもできれば手伝ってください。双子たちと一緒に足を押さえて。」
医師の無情の宣告に、若い恋人たちは同時に蒼ざめた。




