迎えに来られてしまいました。
セリオはくぐり戸を抜けて、医師の畑に入ってきた。
「いつまで戻らないの?心配したんだけど。ていうか、その泥だらけの服装はいったいどうしたの?」
梨亜は言われて気づく。手足は綺麗にしたけれど、ワンピースのあちこちに黄色い花の花粉や、葉っぱや泥がついてひどいありさまだ。
「ごめん、ちょっと畑仕事手伝ってて。」
「……なんでリアナが畑仕事なんかしてるの?」
セリオは衝撃でよろめいている。
「いや、ちょっと行き掛かり上。」
「明日は『真珠姫』の肖像描く日だよ!畑仕事で野良焼けなんかしてたら格好がつかないじゃないか!さあ、もう帰ろう。」
「わかった。そろそろ帰ろうと思ってたの。ごめんね、ちょっと挨拶してくる。」
双子に一言言っておかないと、と思って振り返ると、あっけにとられた双子が、真後ろに立っていた。
「あ、迎えが来たから、もう私、帰るわね。先生によろしくお伝えください。あと、お昼ご飯ありがとう。美味しかった。……また来るね」
「うん、こっちも楽しかったよ。また来いよ、ねえちゃん。」
「また遊びに来てね。」
双子は梨亜に言ってくれるので、梨亜も、
「じゃあ、またね。」
とにっこりと笑い、鳥かごを持ってくぐり戸を抜けた。
「……また?」
セリオに眉をひそめられた気がするが、梨亜は気にせず、鳩の入ったかごと小さなカバンを持って、馬車に乗り込んだ。今度の馬車はホアキンの普段使っている一頭立ての軽やかなものではなく、ホアキンの父の御する、フェルナンド家の印の入った正式な馬車である。
「なんでこんなに長居してるの?そんなにお医者さんと積もる話があったの?」
セリオは見当違いの嫉妬の色を隠そうともしない。梨亜は首を振った。
「ううん、お医者さんとはほとんど喋ってない。往診でほとんど不在だったから。私が喋ってたのは、ほとんどあの双子たちと、ね。」
「あの子どもたちと?あんなに小さな子と、なにをしゃべることがあるの?」
「小さくても、ちゃんとお医者さんのお手伝いして働いてる、しっかりした子たちよ。私、すっかり仲良くなっちゃった。……ね、また遊びに行ってもいいでしょ。」
「……まあ、別にダメっていう権限も僕にはないけどさ…。しかし、リアナってそんなに子ども好きだとはね。」
セリオはブツブツと言うが、いちおう納得したようだ。梨亜としては、医療費の支払いが残っていることは、あまりセリオに知られたくはない。公然と医師の家に通う口実が見つかればそれでいい。だから、ことさらに双子と仲良くなったことを強調しながら、今日のことを馬車の中でセリオに話して聞かせた。
セリオは黙って聞いていたが、医師が馬車に轢かれた猫の死体を抱えて帰ってきた話をすると、それだけでハンカチを口に当て、真っ青な気分の悪そうな顔をしていた。
「……つまり、先生は猫を殺してるわけではなくて……その、医学の研究のために死んだ猫の病理解剖をなさってるんじゃないかしら。」
一応、猟奇的なものではない、と梨亜は説明したつもりだけど、セリオの額には無数の汗が浮かんでいた。
「リアナ……よくそんな気分の悪いところにまた行こうなんて思えるね。きみの大好きな猫が腹を捌かれているんだよ?」
「まあ、それを真横で見たいとはとても思えないけど、実験室でひっそりと先生が一人でされていることだから、気にしなければ大丈夫。……それを除けば、花は綺麗だし、双子たちと話すのは楽しいし、眺めも良くて素敵なところよ。たまの息抜きにはちょうどいいと思うの。あの双子が、南都でできた、私の初めての友達ね!」
梨亜はセリオに笑って言ってやった。セリオはため息をつく。
「リアナはさすが、自由の国、ポロネーシュの血を引くだけあるね。身分の差にとらわれず、人の目も気にせず、やりたいことを自由にやる。南都の男たちがポロネーシュの娘にあこがれながらも、なかなか口説き落とせない理由を、僕も痛感するよ。……けれど、僕もあきらめる気には全然なれないけどね。」
セリオの言葉に力がこもってきて、梨亜は狭い馬車の中で、少し身をずらす。
「あのね、セリオ……わたし、あの夜会の日に失礼なことを言ってごめんなさい。勝手を言ったのに、怪我の間もずっと私を屋敷に置いてくれて、商会でも雇ってもらえて感謝してる。……でもね、あなたの求婚を断った以上、私、屋敷を出ないといけないな、と思ってるの。」
「何言ってるの!リアナ!そんなのだめだよ。」
セリオは梨亜の手を取った。
「……あの晩のことはごめん。僕も急ぎすぎた。デビューしたリアナはとてもきれいで、誰かにとられそうで、焦りがあったんだ。でも、我が家にいないと、「真珠姫」を守ることは難しくなる。これからきみは、商会の店頭に立って、ますます人目をひくようになる。変な奴らに目を付けられるかもしれない。でも、我が家にいたら、君を守ることができる。僕の気持には変わりはないけれど、母さんの言う通り、僕にはまだまだ至らない点が多い、僕ももっと成長して、きみにふさわしい男になって、その暁にはもう一度プロポーズさせてもらうつもりだから。だから、今すぐ結論は出さないで。きみはきみらしく、やりたいことを自由にやっていいんだ。だから、僕のことは気にせず、家にいてほしいんだ。」
「でも……。」
梨亜はためらう。セリオの気持ちを利用しているみたいな今の立場は、いったい、どうなんだろうか。
「ねえ、リアナ……、僕には本当に、少しも可能性無いの?爪の先ほども?僕には何が足らない?……それともほかに気になる人がいる?」
「いや、セリオがどうこう、って話じゃなくて、私がまだ、結婚する気になれないってことで、私の問題なの。」
梨亜はきっぱりと言う。
「じゃあ、僕の可能性もゼロじゃないってことだね。よし!」
セリオはなぜかガッツポーズを取る。
「きみを得るために、僕ももっとがんばろう。これからもよろしく!梨亜。」
無駄にきらきらしい笑顔を見せるセリオに、梨亜はちょっとため息をついて馬車の背もたれによりかかった。




