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こき使われた令嬢


「……いい先生だけど、ものすごく変わった方ね。」

 梨亜はその背を見送ってため息をついた。

「ああ、先生男前だけど、あれじゃ絶対嫁は来ねえだろうなあ。」

 ペペはため息をつく。ピアもスープの鍋をかき回しながら、

「うん、いくら見た目が良くて、稼ぎが良くっても、先生だけは絶対イヤ。」

 と発言する。使用人に言われたい放題の医師である。しかし、梨亜もおおいに同感だった。梨亜はさっさと用件を済ませてこの場を立ち去りたい気分だったが、井戸で手を洗ってきた医師がすぐに食卓についてしまったので、なんとなく用件を言い出し損ねた。手持無沙汰にぼんやりとしていると、はじめて梨亜に気づいた医師が、おや、と言った。

「あなたは海で怪我された患者さんですね。今日はどうされましたか?」

「ああ、先生に治療費の残りをお支払いに来たんです。全額ではないですが。」

 梨亜は一万バニーを入れた封筒を、食事している医師の食卓に置く。

「それはありがたいですね。ご丁寧にどうも。」

「いえ。当然のことですから。残りは明日から商会で働いてお返しします。」

「おやおや。まあ、よろしくお願いします。」

 そんな会話をしながら、医師が半分ほど食事を終えたとき、診察所のドアがバタン!と乱暴に開けられた音がした。

「おおいセンセ!取りに来たぞ!」

 玄関のほうから陽気な声がした。


「バシリオの奴じゃないか!ちょっと待った先生。今日が約束の日か?俺聞いてねえぞ!」

 ペペが真っ青な顔をして立ち上がる。

「……ああ、そう言えばそうでした。忘れていました。」

 医師は飄然としてそう発言する。

「だー!バシリオが来る日の前の日にはちゃんとそのこと言っといてくれって、俺いっつも言ってんだろ!こうしちゃいられない。」

「そうですね。急ぎましょう。」

 食事の途中で医師が立ち上がり、勝手口へ向かう。双子もそれに続いたので、梨亜もわけもわからず三人のあとを追う。三人が向かったのは、先ほどの黄色い花が咲き競う畑の一角だった。畑の横には、腕組みした見知らぬ男が腕組みして立っていた。

「おいセンセ?もう束にしておいてくれって言ってあったのに、こりゃまたどういうわけだい。うちじゃもう、店のやつらがぐらぐら湯を沸かして待ち構えてんだぜ。」

「すみませんね。約束の日を失念してましてね。急ぎます。」

 そういうと医師は腕まくりをして、花畑のなかに入り込んでいき、鎌でざくざくと花を刈り始めた。双子もいつのまにか鎌を手にしていて、医師と同じようにすごい勢いで花を刈っていく。

「……私もなにか、お手伝いしたほうがいいですか?」

 梨亜は思わず口に出す。言ってしまった後で、さすがにそこまでの義理は無いかな?とも思いもしたのだが、医師はごく自然に、

「ああ、じゃあそこで、バシリオとこの花を束にしてください。」

「おいおい、俺にもやらせんのかよ。客人や顧客を働かすとか、ひでえ扱いだな。」

 バシリオはぶつぶつと言うが、梨亜は自分から言い出した手前、バシリオに同調するわけにもいかず、仕方なく花をまとめ始めた。


 バシリオは荒っぽく花をかき集めて、上下を揃えることもなく三か所を荒縄でくくっていく。花は当然無残につぶれていくが、バシリオは気にしている様子もない。ピアも刈るほうからまとめるほうに回って、女二人でせっせと黄色い花を束にしていく。ある程度それが溜まってくると、バシリオは束をくぐり戸から運び始めた。荷馬車が置いてあるようである。五人で無言で働くこと小半刻、黄色い花畑は坊主になり、五人は泥と汗にまみれて散々な様子になっていた。荷馬車いっぱいに花を積み上げたバシリオは泥だらけの顔で医師のところに戻り、

「ああ、俺もさんざんっぱらこき使われたから、半値の200だ、と言いたいとこだけど、おまけして300にしといてやるよ。」

 そう言いながら泥のついた医師の手に三枚の札を握らせると。

「ああ、遅くなったから母ちゃんカンカンだろうな…。」

 と言いながら、荷馬車を御して帰って行った。ペペは医師を白い目で見る。

「……何やってんだよ先生。あの業突く張りに足下見られるようなことして。俺の三か月の苦労が、これじゃほとんどタダ働きじゃねえか。」

「すみませんね。以後気をつけます。」

 そういう医師の顔は、反省のてらいもない。ペペは医師の顔を見上げてため息をついた。梨亜はこっそりとピアに「ねえ、あれ、誰?」と聞いてみる。

「ああ、あの人はバシリオ・ゴンザレス商店の店主。薬屋よ。あの花は『ゴンザレスの腹薬』っていう名前の薬の材料になるの。よおく効くから、今度おなかが悪くなったら、お姉ちゃんも買ってみなよ。」

「へえ……。」

 梨亜は感心する。医師が薬草の製造卸みたいなこともやるのは、この国ではふつうのことなのだろうか?梨亜にはよくわからなかった。


「ああ、それにしても泥だらけだ。ちょっとみんなも顔洗おうぜ。先生の頬にも泥がついているし、ねえちゃんも別嬪が台無しになってるぜ。」

 ぺぺに言われて、みんなで井戸端に向かう。双子と梨亜は冷たい井戸水に浸した布で顔をぬぐい、さっぱりさせる。医師は洗うのが面倒なのか、暑いのか、桶の水を頭からざぶりとかぶっている。確かに顔の泥は取れたが、上から下まで水浸しだ。梨亜はあきれた目で医師を見てしまう。

 そこへ、慌てふためいた男が駆け込んできた。

「先生!急患だ!馬車で迎えに来たから、すぐに現場に来てくれ!」

 男は息を切らしながら汗だくで言う。

「わかりました、急ぎましょう。」

 急に医師はきりっとした顔になる。

「ピア、いつものカバンを用意してください。あと、馬車の中で着替えますので、着替えを持ってきます。少しお待ちください。」

 医師は冷静な手つきでカバンの中身を確認して男に持たせ、自分は濡れ髪のまま、着替えを抱えて出て行った。


 医師が帰ってから、出ていくまで、まるで嵐のような時間だった。

「結局センセ、昼メシ食いっぱぐれてんな。」

 半分残されたスープとパンを見ながら、ペペはつぶやいた。

「お医者さんて大変なのね…。」

 梨亜はつぶやいた。

「ああ……先生は診察費馬鹿高いし、一年の半分ぐらい旅に出てんのに、ここにいると、ああしてひっきりなしに声がかかる。そんだけ先生は腕がいいんだろうけどさ…。よく働くよな。」

 ペペはそう言ってため息をついた。

「……先生って、なんで薬草育ててるの?しかも安値で卸したりして。」

「さあね。先生の考えてることはいまいち俺もよくわかんねえよ。俺は先生に言われた通り薬草育ててるだけだし。」

 ペペはそう言って、畑仕事に戻って行った。梨亜もそろそろ帰ろう、と伝書鳩のかごのほうに向かおうとしたら、「リアナ!」と後ろから呼びかけられた。

 セリオの声だった。


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