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「猫殺し」の正体

※血が苦手な人注意

「帰りました。」

 そう言う医師の言葉は、どこか弾んでいた。そして、表情もそれを裏打ちするように、喜びを隠しきれない、といったように口角が上がり、目が輝いていた。端正な顔だ、と前から思っていたけれど、そんなふうな顔にしていると、より一層美貌が際立つ。一瞬梨亜は医師の顔に見とれて、挨拶を忘れるところだったが、気を取り直して、挨拶しようとふと目をやると、医師が腕の中に大事そうに抱えるものが視界に飛び込んできて、ひっと声にならない悲鳴を上げた。


「なんだ、先生、また猫の死体拾ってきたのかよ。」

「そうなんですよ!ちょうど辻馬車に轢かれたばかりの暖かい死体が落ちてましてね!まだ体が柔らかい。これは急がなくては!」

 美貌の医師が満面の笑みで、血だらけの猫の死体を抱える姿は、シュールとしか言いようがなかった。

「ペペ、ピアすみません。さきに実験室に参ります。昼食はそのあとで!」

 バタン。

 梨亜の目の前で、梨亜に気づくことなく、医師は目の前のドアを開けて、「実験室」とやらにこもってしまった。

「あーあ、ありゃ三十分以上は出てこないな。ねえちゃん、待たせてごめんよ。」

 ぺぺはあきれたように梨亜に言った。

「いまの……なに?ほんとにロレンソ先生?」

 梨亜は震える声でペペに問う。

「ああ、ねえちゃんびっくりさせたな。先生、猫の死体が大好物なんだよ。」

「大好物……って、まさか、あれ、食べちゃうの?」

 ざわざわと鳥肌が立って、思わず強く梨亜は二の腕をこすってしまう。すると医師に縫われた傷跡がまだほんの少しうずく。口の周りを血まみれにして、猫の生肉をむさぼる医師の姿を想像してしまう。いやだ、妙に似合う。

「まさか……食いやしねえよ。先生が好きなのは猫の腑分け。死因調べたり、内臓の状態見たり。あとは元通りに縫合したり。」

「ああ……そういうこと。」

 梨亜はちょっとだけ肩の力が抜ける。つまりは猫の病理解剖か。……しかし、いつも無表情で冷静沈着、飄々としていた医師が、猫の死体ひとつで、あんな蕩けるような笑顔を見せるなんて。やっぱりあの先生、ものすごく変わってる。

「……先生は別に、猫を殺したりしないのよね?」

 梨亜はまだ台所の隅で、悠々と食事を続けている白猫のブランコを横目で見ながら、ペペに確認する。

「しないよ。ブランコのことも普通にかわいがってる。時々自分の皿の肉やチーズとかわけてやったり。でも、ブランコが病気で死んじまったりしたら、舌なめずりして腑分けにかかるんだろうな。」

「………。」

 梨亜は絶句した。ペペはそのまま勝手口のほうに向かい、スコップを手に取った。

「さてと、今のうちに穴掘ってくるか。ピアも来い。ねえちゃんも着いてくるか?」

「あ、うん。」

 梨亜は小走りにペペについていった。ペペが何をするかわからないけど、満面の笑みで猫を解剖している男の人とひとつ屋根の下に二人きりで取り残されるなんて、ぞっとする。

 

 畑仕事の続きか、と思っていたら、双子は塀の外に出て、日当りのいいなだらかな崖の上に穴を掘り始めた。

「何やってるの?」

 梨亜は不思議に思って聞いてみる。

「さっきの猫を埋める場所作ってるんだよ。……ああ、ピア、そっちは掘り返すなよ。こないだ埋めたばっかのヤツがその辺だったから、骨とか出てきたらヤだしな。」

「うん!」

 双子は炎天下にも関わらず、せっせと手を動かす。

「……こんなこと、しょっちゅうあるの?」

「ま、しょっちゅうってほどでもないけど、珍しくはないかな?俺らが手伝いに来る前は、先生、生ごみ置き場に平気で猫の死体を置きに来て、住民に気味悪がられたり、役人に怒鳴られたり。だから、あんな変なあだ名がついちゃったんだよ。ま、先生、そんなことなーんも気にしてないけどな。」

 ペペは額に汗をかきながら、せっせと手を動かしつつ、梨亜に説明してくれる。

「猫はさ、自分の死に場所を隠すくせがあって、なかなか死体は貴重なんだ、って先生は力説するんだけどさ、どこの世に猫の死体一匹であんな喜ぶ人間がいるんだよ、って思うけど……ま、それもふくめて先生だからな。」

「そうそ。猫の死体が好きなだけで、別にいい人だしねー。お給料もちゃんとくれるし。」

 双子は医師の奇行には慣れっこのようで、口と一緒に手もせっせと動かす。


「さてと、こんなもんでいいか。」

「そうね。」

 双子が作業を終えると、そこには猫を埋めるには十分な深い穴が掘られていた。

「ああ、汗かいた。そろそろ戻るか。先生の腑分けもそろそろ終わるだろ。」

 ペペの号令で、三人はぞろぞろと診察室に戻る。ピアの淹れてくれる紅茶で一息していると、恍惚とした表情の医師が実験室から出てきた。手には布で巻かれたなにか……考えたくもないが、解剖を終えた猫で間違いないだろう……が抱かれている。

「あ、先生終わった?いつもんとこに穴だけは掘っといたから、自分で埋めときなよ。」

「ありがとうございます。死因は頸椎の骨折でしょうね。あとは肝臓と小腸、膵臓にも大きな損傷が見られました。それから、事故とは関係ない場所に腫瘍がみられましてね…。」

「ああ、先生、解説はいいから、さっさと埋めてきなよ。その間に食事用意しとくから。」

「……そうですね。そうします。」

 いい大人が、十三の男の子の指示に従って、おとなしく勝手口から猫(ただし死体)を抱えて出て行った。


朝から気分の悪い話ですみません…。

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