総合百貨店、フェルディナント商会
数日後の午後、梨亜はフェルディナント男爵の経営する南都の総合百貨店、フェルディナント商会の店舗の様々な売り場を見て回っていた。商会の売り子たちは紺のパフスリーブでエンパイアラインのワンピースをそろって着ていて、これが商会の制服のようだ。
もうアンナは公爵領に帰ってしまっていたので、フェルディナント家の侍女がひとりついてきてくれているが、この侍女はあまりよけいな口をきかない、物静かな性質なので、梨亜は安心してじっくりと各売り場を見て回った。
「いらっしゃいませ!」
と、ニコニコしているぶら下がりのドレス売り場の売り子を捕まえて、梨亜はそっと聞いた。
「ねえ……、あなたここの仕事長いの?」
「え、ええ。いえ、ええと、半年ほどです。」
驚きのあまり、目をしばたたかせる売り子の娘に、梨亜はかぶせて尋ねた。
「ごめんなさいね、不躾なこと聞くようだけど、ここのお給料っておいくら?ほかの仕事と比べてどう?」
「……あの、お客さま?」
不審げな目で見られて、梨亜はもっともらしくうなずく。
「私はフェルディナントの関係者よ!従業員の待遇に不備はないか、セリオに調査するように尋ねられてるの。でも、内密に、だけどね。」
「ああ!もしかして、旦那さまの婚約者の黒の女神のお嬢さまで!道理で!」
ひとり納得されて、セリオの情報操作はここまで行き届いているのか、と梨亜は釈然としない気もするが、この際、それは置いておこう。
「で、どう?お給料に不満があれば、私が言ってあげるわよ?」
「いえいえ!不満なんてとんでもない。今は月々600バニーもいただいてますし、売り上げをもっとたくさん上げたら、その中の五分ぐらいはいただけるそうなので、私が前におつとめしていたレアリーズ通りの小間物屋よりもずっといいんですよ!ずっとここで働きたいぐらいです!」
売り子の娘は胸を張って堂々と答えた。なるほどなるほど、と梨亜は一人うなずくが、同時に医師への支払いの一万五千バニーがどれほどの高額かを思い知ることになる。
梨亜がアンナを里に返したのは、ずばり、人件費の削減である。アンナに月々のお給料を支払っていたのは、公爵領ではもちろんおじいさまだが、南都に来てからは、自分で支払うように、とおじいさまにアンナの給料込みで大金を持たされていた。……それの大半を、猫殺し医師への支払いに充ててしまい、まだ支払いも大量に残っているいま、アンナを手元に置いておける余裕は梨亜にはないわけである。
もちろん、太っ腹なおじいさまに言えば、医師への支払いとアンナへの給料分ぐらい、すぐにぽんと送金してくれそうではあるが、梨亜は、そこまで迷惑をかけたくない、と内心思っていた。……やはり、そこは実の孫ではないという遠慮が多分にある。そして領地に帰るアンナには、不注意で怪我をしたことも、公爵家の人間には内緒にしてもらうように頼んである。心配をかけたくないから、とアンナに言っているが、一番は監督不行き届きでアンナが叱られるのを防ぐためでもある。
つまり、怪我のことを内密にしているということは、公爵家に頼らず、残りの一万五千バニーを梨亜はなんとか自力で稼がなければいけない。梨亜は頭の中で計算する。この売り子と同条件で商会に雇ってもらえるとすると、基本給だけで医師への借金を返済するには、二年あまりかかってしまう。ということは、売り上げの五分、つまり五%の報奨金をできるだけ増やしていく方法を考えよう。そう考えながら、梨亜は日用雑貨から衣服、宝飾品まで取り扱うフェルディナント商会の各売り場をじっくりと見て行った。
その日、セリオの両親であるフェルディナント夫妻との会食の場で、梨亜は話を切り出した。
「あの、わたくしを、フェルディナント商会で雇っていただけませんか?売り子として。」




