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請求書はどちらへ?

「お世話になりました。いまは持ち合わせがありませんので、治療費は後ほどお持ちします。先生のお住まいはどちらになりますか?」

 梨亜が医師に伝えると、医師は表情一つ変えず梨亜に言った。

「ああ、治療費の話はあとにして、私があなたの家にお送りしましょう。今は薬が効いていますが、あと数分ほどで効果が切れ、痛みが出てきますので、路上で気分が悪くなるといけませんからね。辻馬車を拾いましょう。」

「ありがとうございます。」

 何かがあってはいけないので、梨亜は医師の好意に素直に甘えることにした。梨亜がウーゴたち漁師に礼を言うと、医師は通りまで横抱きに梨亜を抱えて漁師小屋を出て、通りに出ると慣れた様子で辻馬車を拾う。

「おうちはどちらですか。」

「実家は南都ではありませんが、いまは親戚のフェルディナント家でお世話になっています。」

「ほう、ではフェルディナント男爵のおうちに行けばよろしいですね。」

「はい、お願いします。」

 勝手に家を抜け出した挙句、こんなにずぶ濡れで、傷だらけで帰ってきてはフェルディナント家の人を驚かせてしまうだろう、と梨亜は心苦しいが、いまはどうすることもできない。馬車に揺られて間もなくさっきの麻痺薬の効果が切れ、傷口がじくじくと痛みはじめた。梨亜はみっともないうめき声が口から出てきそうで、下唇をぐっと噛みしめる。医師はすぐに気づいたようで、梨亜に尋ねた。

「薬の効果が切れましたか。」

「はい……。」

 脂汗を流しながら、梨亜は答える。

「あまり痛むようなら、おうちのベッドに就かれたあと、眠り薬のほうの鎮痛剤を処方しましょう。もうすぐ着くでしょうから、それまでがんばりましょう。」

 励ましてくれる医師の声にうなずきながら、馬車の窓枠に右手をしがみつかせて、梨亜はなんとか痛みをしのいだ。

 時間にすれば十分ほどなのだろうが、梨亜には耐えがたい長さに思え、フェルディナント家の門前に馬車がつけられた時には、痛みで頭がもうろうとして、梨亜はぐったりとしていた。


「リアナ!」

 馬車の音が聞こえたのか、セリオが玄関から出てきて、医師に抱かれぐったりとした梨亜を見つけ、蒼ざめた顔ですっ飛んできた。

「リアナ!どこへ行ってたんだ!アンナも心配してたよ!」

 アンナというのは、おじいさま付きの侍女、ソーニャの娘で公爵領から梨亜について南都まで来てくれている梨亜付きの侍女である。

「ごめんなさい。散歩していたら海に落ちて…。」

 梨亜はやっとそれだけセリオに言う。

「詳しい事情はあとで。それよりもお嬢さんは海に落ちて怪我をされている。最後に簡単に私が診察しますので、それが済んだら服を着替えさせてあげてください。」

 その声でセリオは、はっと顔を上げて、医師の顔を見る

「あ、あなたは猫殺し…ではなくて、えーと、お名前は確か…。」

 医師の名前を知らないセリオが言いよどんでいると、さらっと医師は自分から名乗った。

「いかにも、私は『猫殺し』です。海に落ちたお嬢さんを助けた漁師から診察を頼まれて、お嬢さんを治療しました。さあ、お嬢さんのベッドはどちらですか?痛み止めを処方しないと、お嬢さんは苦しんでおられます。」

「……僕の婚約者を助けていただき、ありがとうございました。彼女の部屋はこちらです、案内します。」

 セリオと医師の会話を聞きながら、梨亜はまた、ああ、セリオが勝手に婚約者を名乗っている、とは思ったけれど、ここで訂正を入れて話を長引かせるよりも、早くベッドに降ろしてほしかったので、自分のベッドに降ろされるまで、黙って医師に体をゆだねていた。

 医師は、ベッドにつくと慎重に梨亜を降ろして寝かせ、顔を蒼くしている侍女のアンナに命じて水を用意させ、梨亜に一粒の丸薬を飲ませた。

「間もなく効いてくると思いますが、この薬を飲むと、三日間意識が混濁します。薬が切れるまで、念のため毎日診察に来ますね。」

「お願いします。」

 すぐに効果があらわれたわけでもないのだろうが、梨亜はほっとしたためか、いくらか痛みもやわらいできたように感じていた。

「お嬢さま、心配しますので、勝手に一人で出歩かないでくださいませ!ここは領内ではございません。」

 目に涙を貯めたアンナに梨亜は叱られる。

「ごめんなさい。心配かけて。」

 さすがに反省している梨亜は、アンナに素直に謝る。

「お叱りはあとにして、それよりも早く栄養の取れるものをお嬢さんにさしあげてください。あと十分ほどでお嬢さんは眠りにつかれます。三日間、食べ物が十分に摂れるか怪しいですから、すぐに口にできる果物のようなものを早く。」

「はい!」

 アンナは背筋を伸ばして、駆け出して行った。医師はその隙に、梨亜の耳元でささやく。

「ところで、治療費の請求書は、あなたの婚約者だというさきほどの男性に回してもかまいませんか?」

 

 とろとろと眠くなってきていた梨亜は、はっと目を覚ました。

「いいえ!私に直接持ってきてください。彼に求婚はされていますが、私はお断りしているところなので。」

「ああ。わかりました。いろいろ事情はありそうですね、では、後日、直接あなたにお渡ししましょう。」

 梨亜はほっとして、またとろとろと眠くなってきた。……結局、梨亜は、アンナが持ってきた大粒のぶどうの三粒目を口にしている途中に、完全に意識がなくなった。


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