第78話 迂回路の途中で、俺たちは予定にない声を聞きました
東側確認地点を出発した俺たち第四班は、南側の迂回路を進んでいた。
頭上では木々の枝が複雑に重なり、葉の隙間から差し込む朝の光が、濡れた地面にまだらな模様を作っている。昨夜の雨はすでに上がっていたものの、森の中には湿った土と草の匂いが残っており、日当たりの悪い場所では落ち葉の表面に小さな水滴が光っていた。
先頭を歩くのは俺、シュウ・アルヴェイン。その後ろにフィン・ラデル、ミリア・ハーゼン、最後尾にはセシリア・ノールが続いている。
東側確認地点では、それぞれが観察した内容を持ち寄り、同じ場所にいても見えているものが違うことを改めて実感した。
特に印象に残っているのは、魔力反応板の周囲で感じた微弱な変動についてだ。
俺とセシリアは似たような反応を感じ取っていたが、観察した位置も時間も完全には一致していない。フィンとミリアはその変動を確認できなかったものの、それぞれ別の対象を観察していたため、単純に結果が矛盾しているとも言えなかった。
担当教員からも、演習設備の通常の反応である可能性があり、原因を特定するには追加の確認が必要だと説明されている。
結局、俺たちは分からないことを無理に一つの答えへまとめず、観察した事実と未確認の部分を分けて記録した。
(ああいう記録の仕方って、今までの俺には足りなかったんだろうな)
地形図を持ち直しながら、俺は前方へ視線を向けた。
以前なら、自分が感じ取った魔力の変化について、もっと簡単に結論を出していたかもしれない。魔力量が多く、複数の属性を扱えるというだけで、何でも自分で判断できるような気になっていたところはある。
けれど、魔法が得意なことと、状況を正確に把握できることは別の話だ。
先日の実地練習では、フィンが意図的に魔法の出力を抑えていたことに気づかず、俺が風属性の魔法で余計な補助を加えた結果、かえって作業を妨げてしまった。
その失敗は、まだはっきり覚えている。
《マスター。本日の歩行速度は、普段と比較してかなり控えめですね》
頭の中に、アルカディアの落ち着いた声が響いた。
(そりゃそうだろ。森の中だし、雨のあとだし、班のみんなと一緒なんだから)
《かつてのマスターであれば、森を支配する暗黒皇帝として、地形そのものを平坦に変えていたことでしょう》
(それ、もう演習じゃなくて土木工事だろ)
《当時の設定によれば、皇帝の進む道は大地が自ら整えることになっておりました》
(……昔の俺、歩くことすら面倒くさがってたのか?)
《その可能性は否定できません》
俺は思わず口元を緩めそうになり、慌てて表情を整えた。
アルカディアとの会話は俺にしか聞こえない。
だからこそ、突然笑い出したり、独り言を漏らしたりしないよう注意する必要がある。
「シュウ、少しいいか?」
背後からフィンに声をかけられ、俺は足を止めた。
振り返ると、フィンは道の左端を指さしている。
「さっきから、こっち側に砂利が増えてる気がするんだ。最初は気のせいかと思ったけど、少し先まで続いてるみたいでさ」
俺は彼の示した場所へ目を向けた。
確かに、道の左端には小さな石が集まっていた。表面が乾いている石もあるが、その下には濃い色の土が見えており、雨水が流れた跡のような細い筋も残っている。
「右側はどうかな?」
「そっちは土が多いけど、木の根が出てる場所がある。どっちも歩きやすいとは言えないな」
フィンはそう説明しながら、靴先で地面を軽く示した。
俺は地形図を確認したが、この程度の細かな地表状態までは記載されていない。
後ろから近づいたセシリアも、左右の道端を見比べた。
「中央部分は比較的踏み固められているようですね。ただ、砂利が転がっている場所もありますから、足を置く位置には注意した方がよさそうです」
「私も、左側に砂利が増えていることは気づいていました」
ミリアは鞄の肩紐を整えながら続けた。
「ただ、どこから増え始めたのかまでは確認できていません。今の場所を記録しておいて、あとから地形図と照らし合わせるのがよいと思います」
俺は頷いた。
「じゃあ、ここからは道の中央寄りを進もう。ただし、中央なら絶対に安全ってわけじゃないから、足元の状態が変わったらすぐに教えてほしい」
三人が頷き、俺たちは歩行を再開した。
フィンは土属性の魔法を得意としているためか、足元の状態を見るときには特に集中しているようだった。以前の彼なら、気になる場所を見つけるとすぐに魔法で確かめようとしていたかもしれないが、今日は目視で分かる範囲を慎重に確認している。
その変化に、俺は少しだけ嬉しくなった。
もちろん、フィンだけが成長しているわけではない。
ミリアも、自分の観察に確信が持てないとき、黙って記録帳へしまい込むことが減っている。セシリアは安全確認に時間をかけることを気にしていたが、今では必要な注意を遠慮なく伝えてくれるようになった。
俺自身も、三人の意見を聞く前に魔法を使おうとすることは、以前より少なくなっていると思う。
そうした小さな変化を感じながら歩いていると、前方の道が緩やかに下り始めた。
◇
坂道へ差しかかったところで、俺たちは一度立ち止まった。
傾斜はそれほど急ではないものの、表面には細かな砂利が混じっている。道の右側には木の根が何本か露出しており、左側には雨水によって運ばれたらしい小石が集まっていた。
俺は地形図を開き、現在地を確認した。
「この坂を下りると、小さな水路があるみたいだね。地形図には橋も描かれてるけど、今の場所からはまだ見えないな」
フィンは坂の下へ目を向けた。
「結構、石が多いな。俺なら普通に下りられると思うけど、全員で急いで進むのはやめた方がよさそうだ」
「そうですね。足を滑らせた場合、後ろの人まで巻き込んでしまうかもしれません」
セシリアはそう言いながら、俺たちの立っている位置を確認した。
ミリアも地形図を覗き込み、坂の下にある水路の位置へ目を向けた。
「ここは指定経路上ですし、通行禁止の表示もありません。ただ、実際の足場は地形図だけでは判断できませんね」
「うん。だから、少しずつ進もう」
俺は地形図をしまい、三人へ向き直った。
「まず俺が先に下りて、安定して立てる場所を確認する。そのあと、みんなも間隔を空けて進んでほしい。途中で危ないと思ったら、すぐ止まろう」
フィンは頷き、セシリアとミリアも同意した。
俺は足を置く場所を確かめながら、坂を下り始めた。
靴底が砂利に触れるたび、細かな石が擦れる音がする。表面だけを見れば乾いているような場所でも、踏み込むと土がわずかに沈むことがあり、油断はできなかった。
数歩進んだところで、後ろからフィンの声が聞こえた。
「おっと……!」
振り返ると、フィンの右足が少し横へ流れていた。
彼は反射的に左足を踏み出し、体勢を立て直している。
転倒することはなかったものの、靴の下では小さな石がいくつか転がり、坂の下へ落ちていった。
「フィン、大丈夫か?」
俺はその場で足を止め、彼の様子を確認した。
「大丈夫だ。ちょっと石が動いただけで、足をひねったわけじゃない」
フィンは苦笑しながら答えたが、いつもより少し慎重に足を置き直していた。
セシリアも近づきすぎない位置から声をかけた。
「痛みはありませんか? 今、かなり強く踏ん張ったように見えましたけど」
「痛みはないよ。ほら、足首も普通に動くし」
フィンは片足へ体重をかけないよう注意しながら、足首を軽く動かしてみせた。
その様子を見たセシリアは、少しだけ表情を緩めた。
「それならよかったです。ただ、今の場所はほかの人も滑るかもしれませんね」
ミリアはフィンの足元へ視線を向けた。
「石の下に、細かい砂があるように見えます。表面だけでは分かりにくいので、記録しておきたいです」
俺は頷き、坂の下へ目を向けた。
ここで魔法を使えば、砂利を固めたり、地面を平らにしたりできるかもしれない。
しかし、学院から許可されていない地形の変更は避けるよう指示されている。
それに、俺たちが今必要としているのは、魔法で道を作り直すことではなく、与えられた経路を安全に進めるか判断することだ。
「一度、全員で止まろう。フィンが滑った場所を避けて進めるか確認したい」
俺がそう言うと、三人は頷いた。
フィンは自分が足を置いた場所を示し、どの方向へ石が動いたのかを説明した。
ミリアはその様子を見ながら、坂の下にある平らな場所までの距離を目で確かめている。
セシリアは右側の木の根を確認し、慎重に言った。
「右側にも足を引っかけそうな場所があります。中央寄りを選びながら、一人ずつ進むのがよさそうですね」
「そうしよう。俺が先に下まで行って、立ち止まれる場所を確認するよ」
俺は三人の返事を待ってから、再び坂を下り始めた。
足元を慎重に確認しながら進むと、ほどなくして傾斜が緩やかになり、平らな場所へ到着した。
そこから振り返ると、坂の途中にいる三人の姿が見える。
「ここなら安定して立てるよ。一人ずつ下りてきて」
最初にフィンが進み、続いてミリア、最後にセシリアが下りてきた。
途中で足を滑らせることはなく、四人全員が無事に坂を越えることができた。
フィンは坂を振り返り、少し申し訳なさそうに笑った。
「悪かったな。俺が滑ったせいで、余計に時間を使わせた」
俺は首を振った。
「いや、怪我がなくてよかったよ。それに、あそこが滑りやすいって分かったのは大事なことだと思う」
セシリアも穏やかに頷いた。
「そうですね。フィンさんが無事だったことが何よりですし、私たちも慎重に通ることができました」
ミリアは記録帳を取り出し、坂の位置と状態を書き込んだ。
その横顔を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
演習が始まる前は、もっと魔法を使う場面が多いのかと思っていた。
しかし、実際には歩く場所を選ぶことや、仲間の状態を確認することの方が重要になる場面も多い。
(……まあ、冒険者になったら、こういう判断はもっと必要になるんだろうな)
そんなことを考えながら、俺は地形図を持ち直した。
◇
坂を下りた先には、細い水路があった。
普段は雨水が流れる程度の浅い溝なのだろうが、今は底に少量の水が残っており、緩やかな流れが小石の間を通っている。
水路を横切るように、木製の小さな橋が架けられていた。
橋の幅はそれほど広くなく、数枚の板を並べた簡素な構造になっている。両側には低い手すりが取り付けられているものの、板の表面にはまだ水滴が残っていた。
俺は橋の手前で足を止めた。
「地形図にある橋は、これみたいだね」
フィンは橋を見つめ、少し眉を寄せた。
「思ってたより小さいな。見た感じ、壊れてるところはなさそうだけど、板が濡れてる」
セシリアも橋へ目を向けた。
「表面が滑りやすい可能性がありますね。手すりも、見た目だけではどの程度丈夫なのか分かりません」
ミリアは地形図を確認した。
「橋の位置は一致しています。通行禁止の表示もありませんが、安全だと断定できる材料もありません」
俺は頷いた。
指定経路上にある橋だからといって、無条件に安全だと思い込むのは危険だ。
それでも、目に見える異常がない以上、すぐに通行不能と判断するのも違うだろう。
「まずは、ここから確認できる範囲を見よう。無理に触ったり、魔法を使ったりしないで」
四人は橋の周囲を確認した。
板の表面には細かな傷があるものの、大きく割れている場所は見当たらない。
手すりも目立って傾いてはいない。
ただし、実際に体重をかけたときにどうなるかまでは分からなかった。
俺は少し考え、橋の手前にある注意板へ目を向けた。
そこには、通行する際は一人ずつ渡り、手すりへ過度な力をかけないようにすることが記されていた。
「一人ずつ渡るように書いてあるね。じゃあ、その指示に従おう」
セシリアは頷いた。
「はい。ただ、途中で板が大きく動いたり、滑りそうになったりした場合は、無理に進まないようにしましょう」
フィンも同意した。
「分かった。さっきみたいに足を滑らせたくないしな」
俺は三人の顔を確認した。
「じゃあ、俺が最初に渡る。向こう側へ着いたら声をかけるから、それまでは待ってて」
俺は橋の手前で靴底を確認し、慎重に一歩を踏み出した。
木の板はわずかに軋んだが、大きく沈むことはなかった。
足を置く位置を確かめながら進むと、橋の中央付近では少し滑りやすく感じられたものの、歩幅を小さくすれば無理なく渡れそうだった。
俺は最後まで渡りきり、向こう側で振り返った。
「大丈夫そうだよ。ただ、真ん中あたりは少し滑りやすいから気をつけて」
フィンが頷き、慎重に橋を渡り始めた。
彼は先ほど坂で足を滑らせたことを意識しているのか、普段よりもゆっくりと歩いている。
無事に渡り終えると、少し安心したように笑った。
「よし。今度は問題なかったな」
続いてミリアが渡った。
彼女は手すりへ軽く手を添えながら、足元を確認して進んだ。
最後にセシリアが渡り、四人全員が無事に橋を越えた。
俺は全員の様子を確認し、小さく息を吐いた。
「よかった。みんな無事に渡れたね」
セシリアは頷いた。
「はい。ただ、濡れた橋は思ったより滑りやすかったですね。次に同じような場所があれば、もっと注意した方がよさそうです」
ミリアは記録帳へ橋の状態を書き込んだ。
フィンは橋を振り返りながら、少し考え込んでいる。
「こういう場所って、魔法で何とかできそうな気もするけど、勝手にやらない方がいいんだよな」
「うん。少なくとも、今はそうだね」
俺は頷いた。
魔法が使えるからといって、何でも魔法で解決すればよいわけではない。
それを何度も確認してきたが、実際の演習では、その判断を繰り返す必要がある。
俺たちは再び地形図を確認し、次の経路へ進み始めた。
◇
橋を越えてからしばらくすると、道の周囲には低い木々が増え始めた。
それまで頭上を覆っていた大きな枝が少なくなり、森の中にも明るい光が届いている。地面には細かな草が生え、道の端には雨水が流れたらしい浅い溝が続いていた。
俺は前方の標識を探しながら歩いていたが、その途中で、ふと耳に届いた音に気づいた。
最初は、風が枝を揺らす音かと思った。
しかし、少し間を置いて聞こえた音は、木々のざわめきとは違っていた。
(……今の、人の声か?)
俺は足を止め、後ろの三人へ振り返った。
「ちょっと待って。今、何か聞こえなかった?」
フィンが顔を上げた。
「何かって?」
「人の声みたいなのが、左の方から聞こえた気がするんだ」
俺が答えると、セシリアも周囲へ耳を澄ませた。
ミリアは記録帳を持つ手を止め、木々の間へ視線を向けている。
しばらくの間、四人は黙って音を聞いていた。
風が葉を揺らす音に混じって、確かに何かが聞こえた。
遠くから誰かが呼びかけているような、短い声だった。
「……誰か、いるのか?」
フィンが小さく呟いた。
俺は頷いた。
「うん。今のは俺にも聞こえた」
声は、道の左側にある木々の奥から聞こえてきたようだった。
ただし、距離や方向までははっきりしない。
セシリアは少し表情を引き締めた。
「ほかの班の方かもしれませんね。でも、何を言っているのかは分かりません」
ミリアも頷いた。
「私も、声のような音は聞こえました。ただ、言葉までは聞き取れませんでした」
俺は地形図を開き、現在地を確認した。
左側には、指定経路から外れる細い道が描かれている。
その先がどこへ続いているのかは、今の地形図だけでは分からない。
俺は少し考えた。
もし誰かが困っているなら、放っておくわけにはいかない。
しかし、声が聞こえたからといって、勝手に指定経路を外れてよいわけでもない。
それに、何が起きているのか分からない状態で森の奥へ入るのは危険だ。
「……まず、ここから声をかけてみようか」
俺が提案すると、フィンが頷いた。
「そうだな。近くに誰かいるなら、返事があるかもしれない」
セシリアも同意した。
「ただ、こちらから奥へ進むのは、状況を確認してからにしましょう」
「うん。もちろん」
俺は道の中央から少し端へ寄り、木々の奥へ向かって声をかけた。
「すみませーん! 誰かいますかー!」
声は森の中へ広がり、しばらくして消えていった。
俺たちは耳を澄ませた。
しかし、すぐには返事がなかった。
フィンは少し眉を寄せた。
「聞こえなかったのかな」
俺は首を傾げた。
「分からない。もう一度だけ呼んでみよう」
俺は息を整え、先ほどより少し大きな声で呼びかけた。
「こちらは王立魔道学院の演習中の学生です! 誰かいますか!」
今度は、少し間を置いて返事が聞こえた。
「……こっちだ!」
俺たちは顔を見合わせた。
声は先ほどと同じ方向から聞こえてきた。
しかし、何が起きているのかはまだ分からない。
フィンが少し身を乗り出した。
「誰かいるぞ。どうする?」
俺はすぐに答えず、セシリアとミリアへ目を向けた。
セシリアは真剣な表情で言った。
「まず、相手の状況を確認した方がいいと思います。怪我をしているのか、道に迷っているのか、それとも別の理由なのか分かりませんから」
ミリアも頷いた。
「それから、私たちは指定経路上にいます。勝手に外れる前に、教員へ報告する必要があると思います」
俺は二人の意見を聞き、頷いた。
「そうだね。じゃあ、まず相手に状況を聞こう」
俺は再び木々の奥へ向かって声をかけた。
「大丈夫ですか! 何か困っていることがありますか!」
少しの間があった。
そして、先ほどよりもはっきりした声が返ってきた。
「一人、足を痛めた! 動けなくはないけど、歩くのが難しい!」
俺は思わず表情を引き締めた。
フィンも驚いたように目を見開いた。
「怪我人か……!」
セシリアはすぐに鞄の位置を確認した。
彼女は水属性と光属性の魔法を扱い、治癒や補助を得意としている。
しかし、怪我の程度も分からないまま、勝手に治療を始めるわけにはいかない。
俺は一度、三人の顔を見回した。
「まず、先生に知らせよう。相手には、ここで待ってもらうように伝える」
フィンが頷いた。
「分かった。俺も周囲を確認する」
セシリアは落ち着いた声で言った。
「私も、必要になったときに対応できるよう準備しておきます。ただ、怪我の状態を確認するまでは、無理に動かさない方がいいですね」
ミリアは記録帳を開いた。
「現在地と、声が聞こえた方向を記録します。教員へ報告するときに必要になると思います」
俺は頷き、木々の奥へ向かって声をかけた。
「分かりました! こちらから教員へ連絡します! 無理に動かず、そこで待っていてください!」
少し間を置いて、返事が聞こえた。
「分かった! 頼む!」
俺は地形図へ視線を落とした。
現在地は、南側の迂回路の途中。
近くには、先ほど渡った小さな橋がある。
そこから少し進んだ場所で、指定経路の左側から声が聞こえてきた。
教員の巡回位置は、地形図にいくつか記されている。
ただし、今どこにいるかまでは分からない。
俺は三人へ向き直った。
「この先の巡回地点まで進めば、先生がいる可能性がある。でも、ここから離れると、声が聞こえた場所が分からなくなるかもしれない」
フィンは少し考えた。
「じゃあ、誰かがここに残って、誰かが先生を呼びに行くのはどうだ?」
セシリアは頷いた。
「それがよいかもしれません。ただ、二人以上で行動した方が安全だと思います」
ミリアも地形図を見ながら言った。
「巡回地点までは、それほど遠くないはずです。ただ、実際に教員がいるかどうかは分かりません」
俺は三人の意見を聞き、少し考えた。
ここで班を分けることにも危険はある。
しかし、怪我人がいる可能性がある以上、何もしないで待ち続けるわけにもいかない。
俺は地形図を見直し、現在地と巡回地点の位置を確認した。
そして、三人へ向き直った。
「……よし。まず、ここから近くの先生を探そう。ただし、班を分けるかどうかは、もう一度確認してから決めたい」
フィンは頷いた。
「分かった。俺も勝手に動かない」
セシリアも落ち着いた表情で答えた。
「はい。怪我をした方のためにも、私たちが安全に行動する必要がありますね」
ミリアは記録帳を閉じ、真剣な表情で頷いた。
「私も、今分かっていることを整理しておきます」
俺は三人の顔を見回した。
予定にはなかった出来事だった。
けれど、だからこそ、ここまで練習してきたことが試されるのかもしれない。
俺はもう一度、木々の奥へ視線を向けた。
そこには、まだ姿の見えない誰かがいる。
足を痛め、助けを必要としているらしい。
俺たちにできることは、きっとある。
ただし、それを焦って決めるわけにはいかない。
(……落ち着け。まずは、今分かってることからだ)
俺は小さく息を整え、地形図を持ち直した。
第四班の合同演習は、思いがけない状況へ変わり始めていた。




