勇者は無罪
■1
「さて」
女は、長々と広げていた資料をまとめた。
「重要参考人として、かなり長いことお話を伺いましたが」
「……ああ」
「結論から申し上げます」
女は俺を見る。
「あなたに、刑事責任を問うことはありません」
「……え?」
「無罪です」
「ちょっと待て」
俺は思わず顔を上げた。
「でも俺」
「黒曜財閥の人間を殺してるんだぞ」
「はい」
「本社に隕石まで落とした」
「はい」
「それで無罪なのかよ」
「あなたは、相手を魔王軍だと信じていた」
女は指を一本立てる。
「黒曜財閥が民間企業だとは知らなかった」
二本目。
「本社への《メテオストライク》が、証拠隠滅を目的としたものだとも知らなかった」
三本目。
「すべて、セレスティアから与えられた虚偽の情報を信じて実行しています」
「……」
「もちろん」
女は少しだけ声の調子を落とした。
「実際に人が亡くなっている以上、何も問題がなかったという意味ではありません」
「ですが」
「犯罪だと認識することも」
「真実を知ることもできない状況で利用されたあなたに」
「セレスティアと同じ刑事責任を負わせることはできません」
「……」
俺はしばらく黙っていた。
「つまり」
「俺も……騙されてた側ってことか」
「はい」
女は淡々と答えた。
「法的には、そうなります」
■2
「でも」
俺はまだ納得できなかった。
「俺は実際に人を殺してるんだぞ」
「知らなかった、で済むのかよ」
女は少し考えた。
「地球にも、似た事件がありましたよね」
「……?」
「テレビ番組のドッキリだと説明されて」
「本人はそう信じたまま、暗殺の実行役として利用された女性たち」
「……知ってるのかよ」
「異世界人事件の捜査では、地球側の犯罪事例も研究対象ですから」
女は淡々と続ける。
「犯罪だと知らずに利用された人間と」
「事情をすべて知ったうえで自発的に取り組んだ人間を」
「同じように扱うことはできません」
「……」
「あなたの場合も同じです」
「魔王軍だと説明され」
「人間国を守るためだと信じ」
「それ以外の事実を知らされていなかった」
「その状況で、別の行動を取れたかどうか」
「地球の法概念でいう『期待可能性』というやつですね」
「……期待可能性?」
「はい」
女が頷いた。
「そういうことです」
■3
「……期待可能性?」
「はい」
女が頷いた。
「要するに、その状況で法律に従った行動を取ることを、その人に期待できたかどうかです」
「例えば地球でも」
「犯罪を犯した人間は、自分に不利な証拠を隠したり、捕まらないように逃げたりしますよね」
「まあ……逃げるだろうな」
「もちろん、何をしても許されるという意味ではありません」
「ただ、人間には自己を守ろうとする性質があります」
「ですから法律も、泥棒に『逃げずにその場で警察を待ちなさい』とまで期待することはできない」
「そういう、人間として現実に期待できる行動だったかを考えるのが、期待可能性です」
「…………」
女は資料に目を落とした。
「ああ、もちろん」
「これは、あなたがセレスティアから真実を知らされていなかった、ということが前提ですが」
「黒曜財閥が民間企業であること」
「そこで働いていた方々が魔王軍ではないこと」
「それをご存じだった場合は、普通に有罪となります」
女が顔を上げる。
「ご存じなかった、ということでよろしいですか?」
「………」
「はい………知りませんでした………」
「分かりました」
女は記録へ視線を戻した。
「では、そのように処理します」
■4
「で、でも……ちょっと待ってください」
女が顔を上げる。
「何でしょう?」
「俺が無罪だっていうことは、分かりました」
「はい」
「でも」
俺は少し言葉を選んだ。
「最初のパーティーとか」
「村の人たちは?」
「俺を騙してたんですよね」
「だとしたら、あの人たちも……」
「共犯者ってことになるんじゃないですか?」
「いいえ」
女はすぐに否定した。
「彼らは、セレスティアの計画全体を知らされていません」
「……知らなかった?」
「はい」
女は資料を操作する。
「村人には」
《異世界人対象者への承認行動》
「この人物を褒め、地域に馴染めるよう支援してください」
「初期パーティーには」
《対象者の成長支援》
「一度突き放し、本人の奮起を促してください」
「あなたと親しくなった女性たちには」
《長期滞在者への定着支援》
「遠方から来た冒険者が、この土地で生活しやすいよう支援してください」
「……」
「その程度の説明しかされていなかったようです」
「俺が異世界から違法召喚されたことも?」
「知らなかったでしょうね」
女は頷いた。
「セレスティアから、自分が勇者であることや、魔王討伐の使命を受けていることは他人に話さないよう言われていましたよね?」
「……はい」
「それも、情報を分断するためだったのでしょう」
女は資料を閉じる。
「そもそもですが」
「もし」
「黒曜財閥を巨大隕石で消滅させるために、違法召喚された異世界人を騙して育成しています」
「そう説明されていたら」
少し間を置く。
「普通、協力しないでしょう?」
「……まあ」
「しないですね」
「セレスティアも、それを分かっていたんです」
女は淡々と言った。
「だから、必要な人に」
「必要な情報だけを与えた」
「誰にも、計画の全体像を見せないように」
■5
女は資料をまとめた。
「それでは」
「これで、黒曜財閥本社への隕石投下事件について」
「重要参考人としてのヒアリングを終了します」
「……はい」
「あなたについては、刑事責任を問わないことになりました」
「不起訴です」
俺はしばらく黙っていた。
「……本当に、いいんですか」
「はい」
女は淡々と答える。
「被害者への補償については、女神セレスティアおよび白銀財閥側に請求されることになります」
「あなたが負担するものではありません」
「……そうですか」
「はい」
女は最後の書類を閉じた。
「以上で、事件についての聴取は終了です」
「お疲れさまでした」




