勇者帰還
■1
「ふぅ」
耳の長い女性捜査官は小さく息を吐いた。
指を払う。
空中に浮かんでいた魔法ビジョンが、音もなく消えた。
「以上で、正式な聴取は終了です」
「……はい」
女は椅子の背にもたれた。
「まあ」
「なんです?」
「酒場の女将」
「女騎士団長」
「宮廷魔術師」
「未亡人の女伯爵」
女は指を折った。
「結構な数の女性とイチャイチャできて楽しかったんじゃないですか?」
「もちろん、全部、演技ですけれど」
「最後にそれ言う必要あります?」
「いろいろ大変だったと思いますけど、大宮駅東口のキャバクラにタダでいけたと思えば」
「いい思い出なんじゃないですか?」
「いや、キャバクラに女騎士団長は出てこないんじゃ」
「ああ」
女は納得したように頷いた。
「失礼しました」
「コスプレ喫茶ですね」
「そういう話じゃないです」
■2
「……でも」
俺は少しだけ視線を落とした。
「セレスティア様も……」
女がこちらを見る。
「なんです?」
「いや」
「セレスティア様は本当はどう思っていたのかな…って」
「……」
女は少し考えた。
「まあ」
「エキストラに自作自演で骨折するよう圧をかけ」
「競合財閥の従業員を殺害させ」
「本社に隕石を落として証拠隠滅し」
「そのうえ、あなたまで異界へ送って証拠隠滅しようとしていた疑いのある極悪人ですけどね」
「……」
「そうだった」
女は少しだけ肩をすくめた。
「わりと取り返しのつかないやらかしはしていますけど」
「あなたが騙されたことについては、仕方がないといえば仕方がないですね」
「……そうですか」
「はい」
■3
「それでは」
女は立ち上がった。
「地球へ送還しますね」
「……はい」
「召喚される直前の時間へ戻します」
「そんなことまでできるんですか」
「できますよ」
女が魔法陣の準備を始める。
「ああ、それと」
「異世界での記憶は消しません」
「え?」
「あなた、召喚直前にトラックに轢かれていますよね」
「……ああ」
「その記憶まで消して元の時間に戻すと」
女は淡々と言った。
「また同じ場所で轢かれる可能性があります」
「……」
「送還直後に死亡されると、こちらの管理責任になりますので」
「ですから、角を曲がったらトラックが来ることは覚えておいてくださいね」
「次にトラックに轢かれたら、普通に死にますからね」
「気を付けてくださいね」
光が視界を埋め尽くした。
■4
次の瞬間。
俺は、見覚えのある国道17号の交差点に立っていた。
「……戻った?」
そのとき。
角の向こうから、エンジン音が聞こえた。
「あっ」
俺は慌てて足を止める。
目の前を、大型トラックが勢いよく横切っていった。
「…………」
「危ねえ……」
あと一歩出ていたら、また轢かれていた。
俺はしばらく、その場に立ち尽くした。
それから空を見上げる。
「あー……」
「現世に戻って来ちまった」
異世界での記憶は、全部残っている。
セレスティア。
村の人たち。
仲間たち。
そして、黒曜財閥。
「……」
「法的には罪はないって言われたけど」
俺は頭を掻いた。
「黒曜財閥の人たちには、とんでもねえことしたよな」
「悪いことしたってレベルじゃねえけど」
少し考える。
「……線香くらい、上げとくか」
そこで気づいた。
「つーか」
「スライムとかサイクロプスって、線香でいいのか?」
■5
俺はしばらく、その場に立っていた。
異世界にいた時間が、全部夢だったみたいだった。
でも。
夢じゃない。
全部、覚えている。
「……まあ」
俺は小さく息を吐いた。
「仕方ねえ」
「働くか」
ポケットからスマートフォンを取り出す。
画面をつける。
SNSを開く。
すると。
一件の求人広告が目に入った。
《あなたにしかない特殊スキルを、東南アジアで活かしませんか?》
《未経験歓迎!》
《高収入!》
《渡航費全額支給!》
《現地では、あなたを必要としている仲間が待っています!》
「…………」
俺は、しばらく広告を見つめた。
「……異世界転生と同じじゃねーか!」
『異世界入国管理局。違法召喚者は全員、強制送還します!』
――完。




