魔王討伐
■1
俺は、しばらく黙っていた。
もう、何を言ってもひっくり返される気がした。
追放も。
村での成功も。
女たちとの出会いも。
全部、俺のために用意された物語だった。
「……でも」
女が顔を上げる。
「何です?」
「魔王を倒したことだけは、事実なんだよな」
「……」
「俺は正規軍じゃない」
「だから、やったことは正しくないのかもしれない」
「テロリストって言われても、仕方ないのかもしれない」
俺は少しだけ俯いた。
「でも、人間国にとっては敵国だったんだろ」
「……」
「だったらさ」
「少しくらい」
「俺に感謝してくれる人がいてもいいんじゃないか」
女は、しばらく何も答えなかった。
やがて、静かに口を開く。
「では」
「あなたが殺害した人物の氏名は?」
「魔王だ!」
「ですから、氏名です」
「……知らない」
女は少しだけ間を置いた。
「そういえば」
「セレスティアから、自分が勇者であることや、魔王討伐の使命を受けていることは、周囲に話さないよう言われていましたよね?」
「……ああ」
「『混乱を招くから』って」
「そうですか」
女は資料を操作する。
「では、説明します」
■2
「では、説明します」
女が指を払う。
空中に魔法ビジョンが開いた。
そこに、一人の男の顔写真と経歴が表示される。
「あなたが“魔王”と呼んでいた人物です」
「……」
「黒曜財閥総帥」
「人間国でも有数の巨大企業グループを率いていた人物です」
「……は?」
俺は画面を見る。
「財閥?」
「はい」
女は表示を切り替えた。
鉱山。
物流施設。
銀行。
魔石加工工場。
巨大な商業都市。
「黒曜財閥は、魔石、鉱業、物流、金融などを手広く扱っています」
「魔王国との交易にも積極的でした」
さらに画面が切り替わる。
様々な種族の従業員たち。
スライム族。
サイクロプス族。
オーク族。
人間族。
「多種族雇用も進めていましたので、魔王国出身の従業員も多数います」
俺は画面を見つめた。
「……じゃあ」
嫌な予感がする。
「俺が魔王軍だと思って戦った連中は?」
「黒曜財閥の従業員です」
「……」
「じゃあ」
声が出にくくなる。
「魔王城は?」
女は淡々と答えた。
「黒曜財閥本社です」
「…………」
俺は何も言えなかった。
■3
「……じゃあ」
俺は、しばらく何も言えなかった。
「なんで、そんなことを……」
女は資料を操作する。
「理由は単純です」
空中の魔法ビジョンに、二つの企業名が並ぶ。
《黒曜財閥》
《白銀財閥》
「女神セレスティアは、白銀財閥側の人間です」
「白銀財閥……?」
「黒曜財閥とは、長年の競合関係にありました」
画面に、市場占有率や取引網らしき数字が並ぶ。
「ですが、正攻法では勝てなかった」
「……」
「そこで」
女は俺を見る。
「《メテオストライク》を持つ異世界人を違法召喚した」
「……俺を?」
「はい」
「あなたを召喚し」
「定着支援を行い」
「経験値を稼がせ」
「黒曜財閥を“魔王軍”だと信じ込ませた」
「……」
「そして、黒曜財閥総帥を殺害させる」
俺は息を呑んだ。
女は続ける。
「最後に、本社そのものへ《メテオストライク》を落とさせる」
「……」
「それが、セレスティアの計画だったと見ています」
「そんな……」
「村人を雇って」
「女騎士団長を配置して」
「児童エキストラまで用意して」
女は淡々と指を折る。
「ずいぶん手間のかかった計画ではありますけど」
「ライバル財閥を一つ消せるなら」
一拍。
「十分、お釣りが来ますね」
「人の異世界生活を、経費みたいに言うなよ……」
■4
女は俺を見た。
「それから」
「あなた、黒曜財閥本社に《メテオストライク》を使っていますよね?」
「ああ」
「セレスティアから、建物を完全に消すよう指示されませんでした?」
「……された」
「『魔王の力が残っているかもしれないから、跡形もなく消してください』って」
「そうですか」
女は淡々と頷いた。
「証拠隠滅ですね」
「……は?」
「黒曜財閥総帥や従業員が殺害されたこと自体を、なかったことにするためです」
「……どういう意味だよ」
女が魔法ビジョンを開く。
「例えば、《大洪水》」
「《大暴風》」
「その手の大規模魔法でも、本社を破壊することはできます」
「でも」
「死体が残る」
「武器による傷も残る」
「戦闘の痕跡も残る」
「……」
「殺人事件だったことが分かってしまいます」
女は表示を切り替えた。
巨大なクレーター。
「ですが、《メテオストライク》なら」
「建物も」
「遺体も」
「戦闘の痕跡も」
「まとめて消せます」
「……」
「そして後に残るのは」
女はクレーターを指した。
「隕石落下による大災害だけです」
俺は何も言えなかった。
「黒曜財閥総帥殺害事件を」
「偶発的な天災による壊滅事故に偽装する」
女は俺を見る。
「そのために、あなたの《メテオストライク》が必要だったんですよ」
「…………」
■5
「でも……」
俺は顔を上げた。
「セレスティア様は」
「これからも、ずっとこの国にいてくれって……」
女は少し間を置いた。
「それは、あなたを油断させるための嘘ですね」
「……嘘?」
「違法召喚者を、任務終了後まで国内に残しておくのは危険です」
「存在そのものが証拠になりますから」
「そんな……」
「そもそも」
女は首を傾げた。
「召喚勇者の、魔王討伐の後日談って」
「案外、聞かなくないですか?」
「あるだろ、『葬送のフリーレン』とか!」
「あれは召喚勇者じゃないですよね」
「……」
女は資料を操作する。
「召喚勇者が任務終了後、どこで、どう暮らしたか」
「そういう話って、あまり地球には残っていませんよね」
「なぜだと思います?」
「多くは」
一拍。
「異界送りになっているからです」
「……異界送り?」
「はい」
「他の違法召喚者と接触したり、当局に保護を求めたりする前に」
「別次元へ転送して、証拠そのものを消す」
「……」
「ああ、先ほどの配信系召喚者も再生が回らなくなったら、異界送りになっている可能性が高いです」
俺は何も言えなかった。
「ちなみに」
女が魔法ビジョンを開く。
《押収物》
《異界転送用魔法陣》
《高純度転送魔石》
「セレスティアの自宅から押収しています」
「……」
「誰を異界へ送ろうとしていたのかは、現在調査中ですけどね」
「本人に聞けばいいだろ!」
「供述を強制する自白魔法は使えません」
「なんでだよ!」
「黙秘権がありますから」
「魔法より黙秘権が強いのかよ!」
「当然でしょう」




