ロールプレイングゲーム
■1
「じゃあ……」
俺はしばらく黙っていた。
「俺を追放した、最初のパーティーも?」
女は資料に目を落とした。
「ええ」
「演技ですね」
「……」
「あなたに発破をかけるための定着支援です」
「発破?」
「はい」
女は一枚の記録を取り出す。
「セレスティアからは、『一度突き放した方が、本人の成長につながる』と説明されていたようです」
「……あいつら、知ってたのかよ」
「何をです?」
「俺が異世界から召喚されたこととか」
「いえ」
女は首を振った。
「そこまでは知らされていなかった可能性が高いですね」
「あなたのことは、遠方から来た有望な冒険者だと説明されていたようです」
「……」
「ですから、本人たちとしては」
女は淡々と続けた。
「あなたを傷つけようとした、というより」
「一度突き放して奮起させようとした、という認識だったんでしょう」
「……」
「まあ」
女は資料を閉じた。
「役割を与えられて、それを演じていただけですね」
「……」
■2
「でも」
女は資料をめくった。
「実際、あなた発奮しましたよね」
「ああ、まあ……」
「あの追放をきっかけに、急に経験値が増えています」
「……悪いかよ」
「悪いとは言ってません」
女は別の資料を見る。
「地球時代の視聴履歴に、『ロッキー』が何度も確認されています」
「……」
「追放されたとき、頭の中で鳴っていたんじゃないですか?」
「何が?」
「ロッキーのテーマ」
「鳴ってねーよ!」
「そうですか」
女は淡々と記録を続ける。
「あと、翌日から走り込みを始めていますよね」
「ああ」
「街の外周を、毎朝」
「……そうだけど」
女が顔を上げた。
「後ろから子どもたちが追いかけてくるの、変だと思いませんでした?」
「……」
女が指を払う。
空中に半透明の魔法ビジョンが浮かび上がった。
《街区芸能事務所 発注記録》
《児童エキストラ:八名》
《集合時刻:午前六時》
《撮影場所:西街道》
《依頼主:セレスティア神殿》
「……」
「仕込みです」
「子どもまで雇ってたのかよ!」
「かなり念入りな定着支援だったようですね」
■3
「待て待て待て待て!」
俺は身を乗り出した。
「トレーニングが仕込みだったとしても!」
「俺は実際に村で役に立ったんだぞ!」
「煮沸消毒を教えて、病気を減らした!」
「ああ」
女が頷く。
「それも全部、定着支援のやらせです」
「は?」
「よく考えてくださいよ」
女は少し呆れたように俺を見る。
「この世界」
「地球から人間一人を、別世界へワープさせる技術があるんですよ」
「……」
「煮沸消毒くらい、知らないわけないでしょう?」
「いや、でも!」
「普通に知られています」
「じゃあ、あの村長は何だったんだよ!」
俺は立ち上がりかけた。
「『こんな方法があったとは!』って!」
「泣いて喜んでたぞ!」
「演技ですね」
「……」
「かなり上手でしたけど」
「褒めんな!」
女は資料を操作する。
空中に、半透明の魔法ビジョンが浮かび上がった。
《定着支援協力地区:第三農村区》
《支援内容:異世界人への承認行動》
《成功報酬:あり》
「……何だよ、これ」
女が別の記録を表示する。
「あなたが地球で『日本スゴイデスネ動画』を、かなり頻繁に視聴していたことは確認されています」
「……」
「そのため」
女は淡々と続けた。
「『現地人が、あなたの常識に驚き、感謝する』という承認パターンが、定着支援に有効だと判断されたようですね」
「つまり……」
「はい」
「村人は、あなたが教えたことに驚く役です」
■4
「………」
「煮沸消毒が、『日本スゴイデスネ動画』みたいな仕込みだったのは分かった……」
「はい」
「でも」
俺は身を乗り出した。
「じゃあ、治療魔法はどうなんだよ」
女が顔を上げる。
「治療魔法?」
「俺は医者じゃない」
「でも、骨折してるかどうかくらいは分かる」
「あの村人、本当に腕が折れてたじゃないか!」
「俺が治療魔法を使って」
「実際に治した!」
「村のみんなだって、泣いて感謝してた!」
俺は女を指さした。
「あれまで、やらせだったって言うのか?」
「ああ」
女は頷いた。
「治したのは事実ですよ」
「ほら!」
「ただ」
女は資料を操作する。
「骨折したのが、台本です」
「……は?」
空中に魔法ビジョンが浮かぶ。
《定着支援演出記録》
《負傷内容:左前腕骨折》
《実施者:第三農村区住民》
《治療担当:異世界人対象者》
「ちょっと待て」
俺は画面を見つめた。
「わざと折ったのか?」
「はい」
「そこまでする!?」
「最近は、定着支援の手法も過激化しています」
女は小さくため息をついた。
「これには当局も頭を悩ませているところです」
「行政問題みたいに言うなよ!」
「あと、この方」
女が表示を切り替える。
《治癒術資格:四級》
「そもそも、ヒーラー四級の資格取得者です」
「しかも第三農村区には、ほかに治療魔道士が二名います」
「骨折ぐらいなら、貴方に頼らなくても、自力で治療できますね」
「じゃあ、俺が治す意味は?」
「ありませんね」
女は淡々と答えた。
「あなたに『自分はこの世界で人を救える』と実感してもらうための定着支援です」
「……わざわざ骨まで折って?」
■5
女は資料を閉じた。
「これで、だいたい分かりましたか?」
「……何がだよ」
「あなたが、どうしてこの世界へ召喚されたのかです」
女は指を一本立てた。
「あなたは、人間兵器として召喚された」
二本目。
「女神セレスティアが用意した環境で経験値を稼ぎ、《メテオストライク》を使えるところまで成長した」
三本目。
「その過程で、追放、仲間、村人からの感謝、恋愛」
「あなたがこの世界を好きになるための成功体験を与えられた」
「……」
「そして最終的に」
女は俺を見る。
「セレスティア陣営のため、自分の意思で戦うように仕組まれた」
「自分の意思で、って……」
「別に、洗脳魔法で操られていたわけではありません」
「だったら、最初から洗脳すればよかっただろ」
「一応は高度魔法です」
「強い精神集中と、術者本人の意思が必要になります」
「洗脳状態では使えません」
「……」
「だから、あなた自身にセレスティアの味方だと思ってもらう必要があったんです」
「選んだのは、全部あなたです」
「……」
「ただ」
女は淡々と言った。
「あなたが何を選ぶか、あらかじめ分かった上で、選択肢を並べられていただけです」
「…………」
俺はしばらく黙っていた。
やがて、ひとつ思い出す。
「……待てよ」
「はい?」
「俺が人間兵器として召喚されたことは分かった」
「でも、異世界に召喚される奴って」
俺は顔を上げた。
「全員が戦えるわけじゃないだろ?」




