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あなたのための物語

■1


「でも、ひとつ分からないんだけど」


「なんでしょう?」


「なんで日本人なんだ?」


女が顔を上げた。


「はい?」


「異世界に召喚される勇者って、日本人ばっかりだろ?」


「俺もそうだったし」


「日本人は異世界に来ると、特殊な能力が発現しやすいとか」


「日本人特有の魔力適性があるとかさ」


「ああ」


女が頷いた。


「『呪術廻戦』の呪力みたいな話ですか?」


「……知ってんの?」


「はい」


「地球文化は、異世界人犯罪の捜査資料として継続的に収集していますから」


「漫画まで?」


「漫画もです」


「……」


女は手元の資料に目を戻した。


「で、日本人特有の魔力適性でしたっけ?」


「あ、ああ」


「関係ないですよ」


「……え?」


「世界中から召喚されています」


女は立ち上がった。


「こちらへ」


窓際まで歩き、カーテンを開ける。


向かいの建物には、こちらとよく似た取調室がいくつも並んでいた。


その一室。


若い男が、取調官に向かって何かを必死に訴えている。


「あちら、中国から違法召喚された方ですね」


「中国?」


「はい」


「中国人もいるのかよ」


「当然でしょう」


「じゃあ、あいつも勇者なのか?」


「いえ」


女は首を振った。


「中国地区では、《天命に選ばれし者》です」


「……何それ」


女は隣の部屋を指した。


白人の大男が、身振り手振りを交えて取調官と話している。


「あちらはアメリカから」


「向こうでは《ヒーロー》ですね」


さらに別の部屋。


「ヨーロッパ圏では、《聖騎士》とか《パラディン》が多いです」


「ちょっと待て」


俺は女を見る。


「じゃあ……勇者って何なんだよ」


「日本地区向けの呼称です」


「……日本地区?」


「はい」


女は当然のように答えた。


「違法召喚業者も、地域ごとに現地化くらいしますよ」


■2


「そもそも」


女は席へ戻った。


「異世界人傭兵は、召喚しただけでは役に立ちませんからね」


「どういう意味だよ」


「召喚したあと、どうやって味方として定着させるかが重要なんです」


「定着?」


「はい」


「せっかく人間兵器を召喚しても、敵対されたら、召喚コストが無駄ですよね」


「……」


「ですから違法召喚業者は、味方に引き入れるべく、昔からいろいろ工夫しています」


女は資料を一枚めくった。


「たとえば、日本地区」


「昔は、あなた方のことを《英雄》と呼んでいました」


「英雄?」


「はい」


「ところが、あまり定着率がよくなかった」


「……それで?」


「いろいろ試した結果」


女は淡々と言った。


「《勇者》と呼んだ場合の方が、定着率が高いことが分かりました」


「ちょっと待て」


「何です?」


「いろいろ試したって……」


「まあ、A/Bテストですかね」


「………」


「犯罪者も、日々イノベーションを重ねています」


■3


「まあ、呼び方だけじゃないですけどね」


女は資料を一枚めくった。


「え?」


「違法召喚業者は、対象者ごとに定着支援プログラムを組みます」


「対象者ごと?」


「はい」


女は淡々と答える。


「あなたの場合、地球時代の検索履歴や視聴履歴をもとに、かなり細かく最適化されています」


「…………」


「え?」


■4


「例えば、あなたの場合」


女は資料に目を落とした。


「最初に接近してきた女性は?」


「……酒場の女将」


「ああ」


女が指で資料をなぞる。


「召喚直前に、『熟女』で検索されていますね」


「……」


「次は?」


「女騎士団長」


「検索履歴、『女上司』『いじめられたい』」


「おい」


女は構わず続ける。


「その次は?」


「宮廷魔術師」


「ああ。検索履歴、『働く女性 失禁』」


「おい!」


「なるほど」


「何がなるほどなんだよ」


さらに資料をめくる。


「未亡人の女伯爵とも親しくされていますね」


「もういいだろ!」


「捜査ですので」


女は淡々と答えた。


「ずいぶん、こだわりのある検索履歴ですね」


「感想言うな!」


「感想ではありません」


女は真顔だった。


「ちなみに」


女は資料を見ながら言った。


「あなたが魔王国側に召喚されていた場合は、少しラインナップが変わったでしょうね」


「ラインナップって言うな」


「『熟女』は、褐色肌の銀髪ダークエルフ族の女将」


「……」


「『女上司』『いじめられたい』は、角の生えた魔王軍の女将軍」


「……」


「『働く女性 失禁』は、眼鏡のサキュバス宮廷官僚あたりでしょうか」


「なんでそこだけ妙に生々しいんだよ!」


「検索傾向との相関です」


「分析すんな!」


■5


女は資料をもう一枚めくった。


「ああ、でも…」


「なんだよ」


「『奴隷少女』『買う』などと検索されていなくて、よかったですね」


「……どういうこと?」


女の表情が少しだけ真面目になる。


「こちらの世界でも、人身売買は重罪です」


「異世界人でも例外ではありません」


「その場合は、強制送還だけでは済みませんから」


「……」


俺は黙った。


女は資料を閉じた。


「つまり」


「勇者という呼び方も」


「あなたの前に現れた女性たちも」


「あなたがこの世界で経験した物語も」


「すべて、あなたの地球での行動履歴をもとに個別最適化された定着支援だった、ということです」


「……俺のために?」


「ええ」


女は俺を見る。


「人間兵器であるあなたを、意のままに動かすために」


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