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卒業パーティーは学園内にあるホールで行われる。入学式や卒業式、その他さまざまな催事にも対応できる設備と広さを兼ね備えており、卒業生だけでなくその家族やパートナー、ゲストである貴族たち全てを収容できる立派なホールだ。
学園における卒業パーティーは、いわば学園生活の集大成だ。貴族としての礼儀作法、社交に必要な教養、そして学園生活で築き上げた人間関係がここに集約される。学生としての終わりであり、大人としての始まりの儀式と言っても過言ではない。
いよいよパーティーが迫ってくると、学園内の空気も浮足立ったものに変わっていった。卒業パーティーに出席するわけではない下級生たちもどこかそわそわし始め、当事者である卒業生達も学園内の至るところで卒業パーティーの準備の話に花を咲かせていた。
当事者ではないものの、今回卒業生のパートナーとして卒業パーティーに出席するわたしは、午前中からアーバイン侯爵家に赴き、侯爵家のメイドたちによって念入りに磨き上げられた。ドレスを用意してもらうだけでなく侯爵家の一流のメイドたちの手によって身支度までしてもらえるなんて、本当に感謝してもしきれない。身支度が終われば、盛装に身を包んだレイモンド様と共に侯爵家の馬車で学園へ向かう予定だ。
身支度前に邸内で別れたレイモンド様は、「同じ屋敷の中にいるのに別の部屋で過ごさなくてはならないなんて……! 神はなんて残酷なんだ……!」と非常に名残惜しそうにしていたが、さすがにドレスに着替えるところは見られたくない。こればかりは仕方のないことだとレイモンド様を慰め、各々の準備に入ることになったわけである。
レイモンド様が用意してくれたドレスは、白地に金糸の刺繍と青いビーズを多量にあしらったデザインだった。金色と青――レイモンド様の髪と瞳の色だ。前身ごろから後ろ身ごろにかけて蔦のようにあしらわれた金と青は、ともすれば下品になってしまいそうなものだけれど、白地とのバランスが非常に良く計算されている。
リーリエが見たら砂でも噛んだような顔をしそうなデザインだけれど、レイモンド様が選んでくれたドレスにレイモンド様の色がふんだんに使われているということが、わたしの心を躍らせてくれる。白地の生地も軽やかで、このドレスでダンスを踊ったらまるで妖精の羽のように裾が翻るに違いない。
身支度中に一度様子を見に来てくれたお義母様は、ドレスのデザインを見てたっぷりと沈黙した後「まあ、いいでしょう」と何かを諦めたように息を吐いていた。お義母様自身も卒業パーティーの準備があるのに気にかけてくれて、胸がほっこりと温かくなる。
途中コルセットの邪魔にならない程度に軽食をつまみ、髪を整えて貰ってからメイクを仕上げ、大粒のサファイヤのネックレスと、同じく小粒のサファイヤが揺れるイヤリングを身につけて身支度は完成した。
仕上がりを鏡で確認してみる。わたしの地味なキャラメルブラウンの髪と瞳に対してきらびやか過ぎるのではないかと少しだけ尻込みしてしまったドレスもアクセサリーも、一流のデザイナーの業のおかげか、決して浮いて見えることはない。むしろ程よく地味な色味を引き立ててくれているようにすら感じられる。
わたしを纏う金と青。どうしよう、うれしくて堪らない。この姿を見たらレイモンド様はどんな反応をしてくれるだろう。
レイモンド様が待っている応接室へと向かう。男性の身支度は女性のそれに比べて短時間で終わる。レイモンド様は既に身支度を終え、今か今かと応接室で待っているはずだ。
扉の前で一つ深呼吸する。傍に控える侯爵家の使用人に頷いて、扉を開けてもらうと――応接室の中には、神が作り出した芸術品のようなレイモンド様がいた。
一分の隙も無く均整の取れた体躯。撫でつけた煌めく金の髪。きらきらと光りを反射するサファイヤの瞳。そして、それらを包む紺色をベースにしたコートには、随所にキャラメル色の糸で刺繍が施されている。下に着込んだベストの刺繍やボタンにも同じくキャラメルブラウン――わたしの色が使われていた。主張しすぎず、しかしきちんと存在感を残す色遣い。こちらもデザイナーの才能がうかがい知れる、最高級の衣装だ。
思わず見とれてしまうわたしに、彫像のように整った表情を蕩けさせたレイモンド様が近づいてきて勢いよく両手を取る。
「あああ、アメリア! なんて美しいんだ! 僕の天使! 僕の色を纏った君を何度も想像したけれど、今日の君は想像以上だ! 会場のどの女性よりも君は美しい! いや、この世に君以上に美しい存在なんているはずがない! 君の姿が他の男の目に触れるなんて考えただけで気が狂いそうだ! ああ、どうしよう、アメリア。今日はずっと君を見つめていたいし、君の傍を方時も離れたくない。君以外なんていっそ世界から消えてしまえばいいのに!」
「わたしの為にこのように素晴らしいドレスを選んでくれて嬉しいです、レイモンド様。レイモンド様も、この世のどんな男性よりも魅力的です。レイモンド様の色を纏うことができて、しかもレイモンド様にもわたしの色を使っていただくことができて、この上なく幸せです」
自分の想う相手が自分の色を纏ってくれる――そのことがこんなに嬉しいことだとは、これまであまり実感がなかった。もちろんそれを想像したことはあるけれど、実際にこうしてレイモンド様の姿を目にすると、想像なんて所詮想像でしかなかったのだと痛感する。嬉しくて幸せで、まるでふわふわと雲の上にいるようだ。
「アメリア、君の美しさを称える言葉が見つからない。一体僕はこの気持ちをどうしたら良いんだろうか」
わたしの両手を自身の頬に添えて、幸せそうに、しかし歯がゆそうにレイモンド様が懊悩する。と、そこにお義母様の声が降る。
「言葉なら充分漏れ出ているわよ、レイモンド」
開け放たれたままの応接室の扉から、お義母様が呆れた表情を覗かせた。どうやらお義母様とアーバイン侯爵も身支度が整ったらしい。
「母上、僕とアメリアの世界に水を差さないでください」
「忘れているようだけれど、レイモンド。今日の卒業パーティーももちろん社交訓練の場の一つであることに変わりはないのよ。当然アメリアばかり見つめていることもアメリアのそばに張り付くこともなりません」
「くぅ……っ!」
レイモンド様がまるでその身を引き裂かれたかのような苦渋の声を挙げる。
そんな息子の姿は無視することに決めたのか、お義母様はわたしに視線を移し、にこりと微笑んだ。
「本当に綺麗よ、アメリア。どこに出しても恥ずかしくないわ」
「ありがとうございます」
「卒業パーティーはいつもの社交ともまた違った雰囲気でしょうけれど、あなたも楽しんで頂戴ね。私たちは別の馬車で先に行くけれど、あなたたちは後からゆっくりいらっしゃい」
「はい」
まだ苦渋の表情のままのレイモンド様の代わりに返事をすると、お義母様は迎えにやってきた侯爵の手を取り去って行った。
「レイモンド様、わたしもレイモンド様と離れずずっとレイモンド様を見つめていたいところですが、卒業パーティーは今後の人間関係にも大きく影響する大事な場です。どうぞ、いつも通りに過ごしてくださいませ」
「すまない……」
侯爵家の嫡男としての社交界における立ち場、それとただの一人の人間としての感情。それらの間に挟まれて苦しんでいるのは、他の誰でもないレイモンド様だ。社交用の外面を身につけないと結婚が先送りにされるかもしれないという懸念はあるけれど、充分努力しているレイモンド様をこれ以上苦しめたくはない。
レイモンド様はそういうわたしの気持ちもわかっているのだろう。申し訳なさそうな顔のまま、わたしの掌に口づける。
「アメリア、愛している」
手袋越しに触れる唇は、優しく温かい。
「わたしも愛しております、レイモンド様」
レイモンド様からの言葉一つで、わたしはどれほどだって頑張れるのだ。




