7
社交シーズン中は、両親と一緒に夜会に参加することも多い。わたしはレイモンド・アーバイン侯爵令息の婚約者だけれど、今はまだハリエット伯爵家の娘である。当然父である伯爵宛てに送られてくるパーティーの招待に対して、娘であるわたしも一緒に出席することもある。
わたしの父であるハリエット伯爵は、一言で言えば地味である。伯爵という爵位はあるものの、領地の多くが農地であるハリエット家は、貴族社会における影響力は非常に少ない。
だからこそレイモンド様の縁談相手候補としてわたしが挙げられたわけであるが、温厚で地味な父は、社交界でわたしが蔑ろにされている現状のせいで居心地の悪さを感じているであろう点は否定できない。
現状を受け入れているわたしとしては申し訳なさも感じるけれど、娘思いの父は「お前が幸せならそれでいいんだよ」と言って笑ってくれる。母も同様だ。本当に心の底からこの両親の娘に産まれてよかったと思う。
ハリエット家の娘としての社交をいくつかこなしつつ、学園生活も過ぎていき、あっという間に卒業パーティーまでは、あと二週間となった。
「あのお坊ちゃまが選ぶアメリアのドレスってどんな感じなの?」
リーリエがお茶を口に含み、ふと首を傾げる。
今日はリーリエに誘われてノース子爵家に遊びに来ている。リーリエとのお茶会はとても気楽で、学園ではなかなか出来ない話題も弾むというものだ。
「それが、わたしはデザインを見ていないの」
『天使のような君にぴったりの最高のドレスだから、当日を楽しみにしていてくれ』
と手の甲に口づけながら言ったレイモンド様は、それはそれは自信満々だった。最高のドレスなんてわたしに着こなせるだろうか……と不安もあるけれど、レイモンド様のセンスを信じているので、どうにかなると思う。おそらく。
「……とんでもないドレスを用意してるに一票」
ひくり、と頬を引きつらせ、リーリエが呟いた。
「侯爵家でセンスを磨かれているはずだから、きっと大丈夫だと思うんだけど……」
「いや、センスがどうこうというか……まるで女神にでも捧げるようなドレスにしそうじゃない?」
「それは……どうかしら」
”天使のような”と言っていたけれど”女神”とは言っていなかったから、多分大丈夫なはず……?
「まあ、アリシアのドレスを選ぶのはお坊ちゃまの念願だったから、覚悟はしておいた方がいいと思うわ」
わたしの幼馴染であり唯一の親友であるリーリエは、レイモンド様の事情を知っている。お義母様による外での溺愛禁止令が課せられる以前からわたしの親友としてレイモンド様とも交流があった為、リーリエは例外なのだ。
「で、お坊ちゃまの衣装アリシアが選んであげるの?」
「ええと……選んで欲しいとは言われたけど、全部わたしが決めるのもどうかと思って……」
学園の卒業生は、卒業パーティーの主役である。
レイモンド様はわたしに衣装を選んで欲しがっていたが、主役の衣装をわたしが決めるのは気が引ける。とはいえ『選んで欲しい』と請われたことは嬉しかったので、少しだけ意見を述べさせてもらった。
「レイモンド様はわたしの色を使いたいとおっしゃってくれたんだけど、わたしの色はあまり映えないでしょ? だから刺繍とボタンに使う程度にしてもらって、全体の色遣いは侯爵夫人の意見を取り入れたものになっているはずよ」
わたしの色――つまりわたしの髪と瞳の色は、どちらもキャラメルブラウンだ。髪色に比べると瞳の方が少し明るいけれど、卒業パーティーの衣装のメインカラーとして使うにはあまり適していない。
レイモンド様は非常に残念そうだったが、せっかくの卒業パーティーである。麗しいレイモンド様をいつも以上に飾るには、わたしの色をメインに使うのは断固拒否させていただいた。
「アリシアのドレスもお坊ちゃまの盛装も見てみたかったけど、私は卒業パーティーには出ないから見られないわね。残念。後でどんな感じだったか教えてね」
「もちろんよ。楽しみにしていてね」
いつもレイモンド様のことをお坊ちゃまと呼び毛嫌いしている風なリーリエだけれど、根底ではわたし達のことを応援してくれているのだ。なにせわたしの親友だ。わたしがレイモンド様以外との結婚なんて絶対に考えられないと知っているからこそ、尚更。だからこそ余計にいつまでも外面をマスターできないレイモンド様に不満を募らせているとも言えるかもしれない。
そんなリーリエにはまだ婚約者はいない。もちろん卒業生でもないので、卒業パーティーへの参加の予定はない。初めて参加する卒業パーティー――しかもレイモンド様のパートナーとしての参加なので、リーリエがいないと思うとちょっとだけ心細く感じてしまう。
「卒業したら、お坊ちゃまは本格的に侯爵家の後継としての勉強に移るんでしょ?」
「ええ、今でも出来る範囲で勉強はしていらっしゃるけど、卒業したらもっと本格的に領地の運営などにも携わることになるそうよ」
「で、一年後アリシアが卒業したら即結婚ってことね」
「それはまだ分からないわ」
何分、レイモンド様が社交用の外面を身につけないことにはお義母様から結婚のお許しが出そうにないので。
口に出さなかった内情を思いやったのか、リーリエがしたり顔で頷く。
「まあ、確かにまだまだ及第点には遠く及ばないわね。せめてもう少し適度ににこりと微笑むくらいできるようになってくれないと、いつまでも私のアリシアがケバケバしい令嬢たちから侮られたままじゃない、まったく」
それでも数年前に比べたら今のレイモンド様はだいぶ成長したのだ。
まだ共に社交に出始めたばかりの頃……ほんの三年ほど前のことであるが、その頃はそもそもわたしのエスコートすらままならなかった。
というのも、わたしが隣にいるとどうしてもレイモンド様はわたしばかりを見つめてしまい、全然前に進めない。「前を見てくださいな」と促して一瞬前を向いても、またすぐにわたしに熱い視線が戻ってしまう。レイモンド様に見つめられれば当然わたしも嬉しいけれど、社交の場においてそれはやはり問題だった。お義母様の厳しい指導はレイモンド様にとっては酷なものかもしれないが、結果的に方向性としては間違っていなかったということだ。
そんな経緯も知っているリーリエは、やれやれと肩を竦めた。
「ま、アリシアが幸せならそれでいいんだけど」
わたしは本当に、家族と親友に恵まれて幸せだ。




