第19話 苦しさとロールケーキ
気がついたら、窓から朝日が射しこんでいた。
眠っていたような、眠れていなかったような、変な寝覚めだった。
ずっと、昨日の帰り道のことが、頭の中で繰り返されていた。
思い出したくないのに......
あれは夢だったことにしようとして、うまくいかなかった。
ふと、枕元のぬいぐるみが目に入った。
しゅんくんが、女の子にぬいぐるみを渡しているのを思い出した。
それだけで、胸が締め付けられた。
昨日までは触ると落ち着いたはずなのに、今日は触るのが怖かった。
とりあえず、顔を洗おう......
鏡を見ると、薄くクマが出来ていた。
これくらいなら、誤魔化せる......よね。
気がつくと、もう身支度が終わっていた。
鏡の前で笑おうとしても、うまくできなかった。
玄関を出ると、いつもより景色の色が暗く感じた。
晴れてるのに......どうしてかな......
カフェに着くと、さきちゃんが待っていた。
さきちゃんの笑顔が、少しだけ温かく感じた。
目が合うと、さきちゃんが声をかけてきた。
「おはよ~。まいちゃん」
「......おはよう」
いつもみたいに言いたいのに、声が引っかかった。
さきちゃんは、私の顔をじっと見てから言った。
「......とりあえず、中入っちゃおっか」
さきちゃんに手を引かれるまま、カフェに入った。
肩の力が、少しだけ抜けた。
注文をしてから、さきちゃんはただ私を見ていた。
しばらく無言だった。
そうしていると、コーヒーのロールケーキと、ミルクココアが運ばれてきた。
今日は、さきちゃんも同じものだった。
なぜか、それだけで少し楽になった。
ミルクココアを一口飲んだとき、さきちゃんが聞いてきた。
「......昨日、何かあった?」
ドキッとした。
手が止まった。
さきちゃんの目は、今日も優しかった。
だから、目を逸らせなかった。
「......えっと」
うまく言葉が出ない私に、さきちゃんは小さく頷いて、目で「待つよ」と言ってくれた。
もう一度、ミルクココアを飲んでから言った。
「......胸の奥が苦しくて、ふとしたときに思い出して」
「......うん。何を思い出しちゃうの?」
帰り道の光景が、よぎった。
「......っ、しゅんくんたちが、遊んでるの......見ちゃって」
気がつくと、手が震えていた。
「......それで、他の子も、いて」
前を向くのが嫌になって、カップに目を向けた。
カップの中が、少し濁って見えた。
「......それが、嫌だと思っちゃって」
さきちゃんが、静かにカップを持ち上げる音がした。
カップを置いてから、さきちゃんは言った。
「まいちゃん、谷口くんたちが他の子と遊んでるの、嫌だった?」
私は小さく頷いた。
でも......
「......それより、もっと嫌なの、あった?」
息がしにくくなった。
思い出したくないのに、あの光景が浮かんだ。
しゅんくんが、ぬいぐるみを渡しているのを......
そして、ハイタッチしていて......
一口飲んだ。
でも、うまく落ち着かなかった。
少しして、さきちゃんが言った。
「ゆっくりでいいから。言ってみて」
その言葉で、少しだけ息ができた。
私は、小さく深呼吸をして言った。
「......しゅんくんが、ぬいぐるみを渡してて」
言いながら、息が詰まった。
「それで......しゅんくんが、その子とハイタッチしてて......」
「いいなって......」
ふと、口に出ていた。
「......私だけじゃ、なかったんだって」
「なんで、こんなこと思っちゃうんだろうって」
「それで......嫌になって」
さきちゃんに見られるのが怖くて、またカップに目を落とした。
日が当たって温かいはずなのに、寒かった。
すると、さきちゃんが言った。
「......話してくれて、ありがとう」
胸の奥が、じんわりと温かくなった気がした。
「まいちゃんはさ、どうしたいって思った?」
少しだけ、心臓がうるさくなった。
私は、楽しそうなのがいいと思った......?
でも、ゲームセンターも、デパートも、遊園地も楽しかったし......
それとも......
「一緒に遊びたいなって。しゅんくんたちと......」
だんだん、声が小さくなった。
「”たち”なんだ?」
一瞬、しゅんくんが向けてくれる笑顔がよぎった。
「......しゅんくんと、遊び、たい」
自分の声なのに、少し遠かった。
「どうしてだと思う?」
......どうして、なんだろう。
楽しいから?
そう思ったけど、しっくりこなかった。
落ち着くから......?
でも、しゅんくんの前だと、心臓がうるさくなることの方が、多い気がした。
それなのに、そばにいてほしいと思った。
なんで、なんだろう......
「......好き、なのかも」
いつの間にか、口に出ていた。
その言葉が、胸の奥に、ストンと落ちた気がした。
顔を上げると、さきちゃんが笑っていた。
「やっと、気づけたね」
胸の奥が、少しだけ温かかった。
私が頷くと、さきちゃんは続けた。
「谷口くんと、どうしたい?」
少し考えてから、答えた。
「......わからない。でも、しゅんくんと一緒にいたい」
さっきまでより、うまく言えた気がした。
コーヒーのロールケーキは、少し苦かった。
でも、それが心地が良かった。




