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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第086話 王立学園祭

 年に一度の祭典、王立学園祭の当日である。

 普段は厳格な規律に縛られ、魔導の深淵や数理に没頭する学生たちも、今日ばかりは若者らしい浮足立った熱気に浮かされている。


 初冬の澄んだ空気の中、学園の正門から続く大通りには色とりどりの旗が翻り、香ばしい焼き菓子の匂いや、模擬店の呼び込みをする活気ある声が絶え間なく響き渡っていた。


 俺が所属するのは、各学年の首席や次席、いわゆる成績優秀者のみが集められた特進クラスである。

 周囲からは羨望と畏敬の眼差しを向けられるこのクラスが、学園祭の出し物として選んだのは、皮肉にも最も大衆的な特製フルーツジュースの露店である。

 当初、俺はクラスの運営陣から、その身分の高さと左腕の欠損を配慮され、奥での事務作業や調合の監督を打診されていた。

 しかし、クラス会議の際、一人の女子生徒が意を決したように声を上げたのが発端だった。


 「ヴァルゼイド様の存在は、我がクラスにとって最大の象徴です。学園史上最高の成績を残しておりますもの。それを通じて我々の知能の高さを証明することができるのではないでしょうか」


 その言葉は、自分たちの実力に絶対的な自信を持つクラスメイトたちのプライドを、妙な方向へ刺激してしまった。

 彼らの理屈はこうだ。最もありふれたジュース売りという商売において、最高の結果を出すこと。そして、本来なら父親が王弟であり、公爵家でもある雲の上の存在の俺をあえて客寄せの最前線に置くという、贅沢な人員配置を見せつけること。それこそが、他クラスには真似できない特進クラスの余裕と知略の証明になる、というのだ。


 一度そんな結論が出てしまえば、彼らの熱量を止める術はない。結局、クラス全員による熱烈な嘆願と、半ば強引な多数決に押し切られ、俺は学園祭の二日間、広告塔として店頭に立つことが決定した。



 俺が売り子として店頭に立つことが決まった瞬間、クラス内の雰囲気は劇的な変化を遂げた。

 自尊心に満ちていたはずのクラスメイトたちは『ヴァルゼイドの至宝を、安っぽい露店に立たせるわけにはいかない』と団結し、どこから調達したのか、王都の高級サロンにも引けを取らない豪華な天幕と、精緻な彫刻が施されたカウンターを、一晩のうちに準備してみせた。


 俺は、彼女たちが用意した特注の売り子の服に身を包み、カウンターの奥で静かに準備を進める。

 左腕の袖は、いつものように丁寧に折り畳まれ、銀のピンで留められた。

 その欠損さえも、今日の華やかな喧騒の中では、ある種の神聖な装飾であるかのように周囲の視線を集めているかのようだ。


 「ユウ様、準備はよろしいですか?無理をしてはいけませんわ。少しでも疲れを感じたら、すぐに奥の椅子で休んでいただきますからね」


 リーゼロッテが、俺の襟元を整えながら、慈しむような声で言った。

 彼女は今日、公爵家特派監察官としての正装を纏い、俺の背後で鋭い眼光を光らせている。

 その姿は従者というよりも、大切な物を狙う盗もうとする輩を排除しようとする守護騎士のように見えた。


「大丈夫だよ、リーゼロッテ。今日は皆と一緒に、学生らしい時間を楽しみたいんだ」


 俺が微笑んで答えると、彼女は少しだけ表情を和らげてくれたが、その視線は既に、露店の周囲を遠巻きに眺めている女子生徒たちの群れへと向けられていた。


 開店の合図と共に、露店の前には瞬く間に長い列が形成された。

 俺がジュースをグラスに注ぎ、

 「冷たいジュースはいかがですか?」

 と微笑みながら差し出す。

 ただ、それだけの動作が、受け取る相手によっては儀式のように扱われる。


「あ、ありがとうございます!一生の宝物にします!」


 一人の女子生徒が、震える手でグラスを受け取り、顔を真っ赤にして走り去っていく。

 ジュースは飲み物のはずだが、彼女たちの様子を見ていると、聖剣でも手に入れたかのように感じられる。

 

 混雑する列の整理を担当しているのはカイルである。

 彼は伯爵家嫡男としての威厳を一切損なうことなく、冷静に群衆を捌いている。

 だが、その実態は整理整頓という名目の排除なのは確かだ。

 俺に不必要に接触しようとしたり、卑屈な下心を持って近づこうとする男子生徒がいれば、カイルは無言でその肩を掴み、列の最後尾へと、あるいは会場の外へと誘導していく。


 「ユウ、何も心配しなくてもいいぞ。不純物は俺がすべて取り除いておくからよ」


 列の合間にカイルが寄ってきて、事務的にそう告げた。

 彼の献身は、友情というよりも、守るべき秩序を維持しようとする護衛騎士に近いものを感じさせる。


 一方、露店の隅に設けられた調理場では、メアリが凄まじい集中力で果実を粉砕し、絶妙な配合でジュースを仕上げている。

 彼女のすぐ隣には、椅子に深々と腰掛けたトマスの姿がある。

 怪我をした左手を吊り、申し訳なさそうにしているトマスに対し、メアリは一切の妥協を許さない態度で接していた。


「トマス、動いてはダメと言ったはずよ。あなたはそこで、私が作業する様子を見ていればいいの!」


 メアリが、トマスの額に浮いた汗をハンカチで丁寧に拭いながら言った。

 トマスは困ったように眉を下げ、掠れた声で返した。


「……メアリさん、でも、僕だってこれくらいは手伝えます。片手でも果実を運ぶくらいなら」


 その言葉が終わる前に、メアリの手がトマスの唇を拒絶を許さない力で押さえつける。


 「ダメよ!。露店の手伝いで酷使して、もし万が一のことがあったら、私は自分を許せませないわ。いい?あなたは私の庇護の下で、ただ静かに回復することだけを考えればいいのよ!」


 メアリの瞳には、トマスに対する深い愛情と、それ以上に強い独占欲が渦巻いている。

 彼女にとってトマスは、自分が守り、管理し、そして依存させるべき対象へと変わりつつある。

 トマスは彼女の放つ圧倒的な熱量に圧され、頷くしかなかいようだった。

 その様子を傍で見守っていたアルフォンス先輩が、愉快そうに肩を揺らして笑う。


 「ははは、相変わらずだね。メアリ君の愛は、少々重すぎる気がするけどね」


 アルフォンス先輩は、俺の隣に並んで座る。

 彼は今日、特定のクラスの手伝いをするのではなく、生徒会長として全体を統括する立場として振る舞っている。

 だが、その実、彼の視線は俺の周囲から片時も離れていない。


 「ヴァルゼイド君のクラスのジュースは評判だね。学園長も、君の存在感には目を見張っていたよ。だが、あまり目立ちすぎるのも考えものだ。外から来た来賓たちが、君という才能を自分たちの陣営に引き込もうと、手ぐすね引いて待っているだろうからね」


 先輩の声には、警告以上の言葉が混じっていた。

 彼にとって、俺を正当に評価し、その側に立つことが許されているのは、自分たち選ばれた部員たちだけなのだと言う自負が見受けられる。



 昼過ぎになると、露店の喧騒は絶頂に達した。

 俺の手は休まる暇もなく、次々とジュースを手渡していく。

 不思議と疲れは感じない。


 「ユウ様、少しお休みになりませんか?紅茶を淹れましたわ。これはジュースではなく、貴方のためだけに用意したものです」


 リーゼロッテが、トレイを差し出してくれる。

 彼女の淹れた茶を一口含むと、張り詰めていた神経が溶けるように解れていく。

 俺はカウンターの隅で、ひとときの休息を取ることにした。


 ふと、学園の時計塔を見上げる。

 ここから見える景色は、平和そのものだ。

 数日前に一つの侯爵家が事実上の破滅を迎え、子爵への降爵という憂き目にあったことなど、この陽光の下では夢の出来事のように思えてくる。

 俺たちの手は、血に汚れてなどいない。

 ただ、自分たちの居場所を清掃し、不純物を除いただけのことだ。



 祭りの喧騒は、まだまだ終わらない。

 太陽が西に傾き始めると、学園の雰囲気はより一層華やかに、さらに変化していく。

 夜には、学生たちが最も楽しみにしている後夜祭のダンスパーティーが控えている。

 そこでは、昼間のような学生らしい交流など通用しない。

 俺という存在を巡る、より直接的で、より苛烈な独占の儀式が始まることを、俺は確信していた。


 「はい、どうぞ。こばさないようにね」

 「ありがとう、おにいちゃん!」

 俺は最後の一杯を、並んでいた幼い少女に手渡した。

 

 外の世界がどれほど残酷になろうとも、この場所だけは、俺たちの望む形であり続ける。

 それが、ヴァルゼイドの名を継ぐ俺が、この世界に対して下した設計図の全貌だった。


 リーゼロッテが、俺の空いた右手をそっと握る。

 その手の温もりさえも、俺にとっては計算された安らぎの一部だった。

 俺は彼女の導きに従い、夜の喧騒へと足を踏み出す準備を始めた。

 これから始まるダンスパーティーが、どれほど歪なものになろうとも、俺はそれを受け入れ、楽しむつもりだ。

 なぜなら、この学園と言う箱庭にいる限り、俺は誰よりも自由で、誰よりも不自由な、愛される王に違いないのだから。

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