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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第084話 尋問

 トマスがアルフォンス先輩とメアリに支えられ、苦しそうな息を吐きながら医務室へと運ばれていった。トマスの掠れたような息が廊下の向こうへ消えていくのを、俺はただ黙って見送る。


 旧校舎の部室に残されたのは、板張りの床に不自然なほど鮮やかに広がったトマスの血痕と、リーゼロッテの魔法により拘束され、虫のように這いつくばる刺客、それと残された俺たちだけだった。


 窓の外から吹き込む夜風が、床に散らばったガラスの破片をチャリチャリと鳴らし、部屋の温度を急速に奪っていく。その冷気は、まるでこの場に満ちる殺意を形にしたかのようにも思えた。


 俺は部室の隅、深い影が落ちる場所に置かれた椅子に深く腰掛けたまま、一歩も動かずに床の刺客を見下ろしていた。失われた左腕の付け根が、冷気で鈍く疼くような気がする。それが、俺の思考をより冷徹に研ぎ澄ませていくのを感じていた。


 カイルは刺客たちの懐から、投擲ナイフや、先端にドス黒い液体が塗られた細針を、一本ずつ無造作に床に並べていく。その指先がわずかに震えているのを、俺は見逃さなかった。それは、俺たちの設計を支えるために泥臭く東奔西走し、今日まで共に歩んできたトマスという無二の仲間を、卑劣な闇討ちで傷つけられたことへのの憤怒だろう。


 俺は、無意識に唇の端を吊り上げていたのかもしれない。自分でも驚くほど冷え切った、温度のない声が口を突いて出た。


 「誰の差し金か、今のうちに言っておいたほうがいいよ。言葉を惜しむ時間が長ければ長いほど、君たちが失うものの数は増えていくんだ。この部室で起きたことは、単なる傷害事件では済まない。君たちの雇い主が誰であれ、ヴァルゼイド公爵家を敵に回した意味を、その身で理解することになるだろうからね」


 俺は椅子から立ち上がり、拘束された刺客のすぐ傍まで歩み寄った。そして、折れた矢が転がる床に膝をつき、刺客の髪の毛を強引に掴み、顔を上げさせる。

 俺の瞳の奥に宿る影が、彼らの目にはどう映っているのだろうか。俺を傷つける者を排除する『パサージュの鍵』の余韻が、俺を人間味の欠落した無機質な処刑人へと変貌させているのかもしれない。


 掴んだ指先に力を込め、逃げ場のない距離でその瞳を覗き込む。


 「君たちの家族はどうなるかな?君たちの雇い主は、君たちが失敗した後の面倒まで見てくれるほど慈悲深いのかい?ヴァルゼイドの手が君たちの故郷にまで及んだとき、誰が君たちを救ってくれるんだろうね?」


 俺の問いかけは、静かだが逃げ場のない呪いのように部屋に響いていく。俺自身、自分がこれほどまで冷酷な言葉を、淀みなく吐けることに薄ら寒い感覚を覚えた。だが、トマスの血を見た瞬間に、俺の中の何かが決定的に壊れ、塗りつぶされてしまったのだ。



 その時だった。それまで震える手でトマスの血を拭き取っていたリーゼロッテが、耐えきれなくなったように顔を上げた。彼女の長い睫毛には、ランプの光を反射するほどの大粒の涙が溜まっている。


 彼女の目に映っているのは、冷酷な尋問に没頭し、情け容赦なく他者を追い詰める俺の姿だ。


 リーゼロッテが、震える声で、絞り出すように言った。

 「ユウ様、もう……もう、やめてください。そんな恐ろしい顔をしないで……。本当のことを話してもらえれば、もう十分ではありませんか。これ以上、貴方の手が汚れていくところなんて、私は見たくないのです……」


 彼女の叫びに近い制止は、純粋な優しさからくるものだった。俺を冷酷な支配者にさせたくないという、彼女自身の切実な祈りだろう。

 同時に、その願いの裏には、自分の送った手紙が誰かを極限まで追い詰めたという自覚と、その結果として起きたこの事態を、自分の責任として終わらせたいという覚悟も見え隠れしているようにも見える。


 彼女の涙を見て、俺の頭から血が引いていくような感覚があり、徐々に冷静になってくる。髪を掴んでいた手を離し、ゆっくりと立ち上がる。


 カイルは彼女の願いを汲み取るように、刺客の猿轡を引き剥がした。

 リーゼロッテの震える視線、カイルの放つ殺気、そして俺が先ほどまで見せていた冷酷な威圧。その逃げ場のない圧力に押し潰された刺客の一人が、ついに泣き叫ぶように白状し始めた。


 刺客が、脂汗を流し、掠れた声で叫んだ。


 「……バド、バド侯爵だ!旦那様は、あの一通の手紙が届いた日から狂っちまったんだよ!息子を捨ててまで許しを乞うたのに、ヴァルゼイドの宣告を受けた家門だと噂が広まり、商人も友人もみんな去っていったんだ!毎日、屋敷の土台が崩れていく音を聞いているようだと仰って……。このまま生かさず殺さず、家が朽ち果てるのを待つくらいなら、あの監察官が最も大切にしている部室を血に染めて、道連れにしてやるって……!」


 バド侯爵。その名を聞いた瞬間、俺の脳裏でバラバラだったピースが一つに繋がった。


 事の始まりは、あの日、リーゼロッテがバド侯爵邸に送りつけた一通の手紙、王家公認の『特派監察官』としての執行通告だった。

 バド侯爵は恐怖に震え、即座に嫡男を廃嫡して極寒の修道院へ終身監禁するという、貴族として最も冷酷な決断を下した。家系図から息子の名を抹消し、法的に存在しない人間とすることで、ヴァルゼイド公爵家の怒りを逸らそうとしたのだ。


 だが、バド侯爵は致命的な読み違えをしていた。

 リーゼロッテが送ったのは、単なる通告ではなく、ヴァルゼイドという絶対的な力が関与した()()()()()()()である。

 手紙が届いたその日から、バド侯爵家は社会という構造から急速に切り離されていったのだ。周囲の世界が、意思を持つ機械のようにバド侯爵家を解体し始めたのだ。


 恐怖が極限に達した結果、防衛本能が歪んだ攻撃性へと転じたのだろう。彼は、リーゼロッテが下した”宣告”による自然崩壊に耐えきれず、自暴自棄な報復を選んだ。息子を差し出した程度で許されると思っていた彼の読みは、あまりに甘すぎたのだ。


 刺客が、絶望に身を震わせながら言葉を続けた。

 「家が消えるのを待つくらいなら、あの平民を殺して、あんたらを絶望のどん底に落としてやるって……!頼む、俺たちはただ命令されただけなんだ!」


 俺は、椅子の背もたれに頭を預け、静かに目を閉じた。

 恐怖、欲、保身。そんな醜い理由のために、リーゼロッテをこれほどまでに悲しませ、トマスの血を流させたのか。

 彼女が始めた不純物の排除を俺の力で完遂させる。それが、俺に残された役割だ。


 俺は、カイルに向かって静かに命じた。

「カイル。公爵家に連絡を。たぶん、学園内に護衛騎士がいると思う。こいつらは、そのまま渡していい。それから、引き渡すときに、『俺が、彼らの口から直接バドの名を聞いた』と父上宛てに伝言も頼むよ」


カイルが、かつてないほどの愉悦を隠さずに答える。


「わかった。バド侯爵家には、絶望を味わってもらおうぜ。トマスの努力を、俺たちの聖域を笑った報い、必ず受けさせてやる」


 刺客たちが引きずられていくのを、リーゼロッテは祈るような仕草で見送っていた。俺は、彼らがこの後どのような末路を辿るのかを知らない。……知りたくもない。


 俺は、リーゼロッテの震える肩を抱き寄せ、穏やかな声で囁いた。

 「大丈夫だよ、リーゼロッテ。君の送った手紙は、間違ってなんかない」


 俺は彼女の優しさを守るために、残酷な真実を微笑みで塗りつぶす。

 床に残ったトマスの血痕は、すでに茶色く変色を始めている。


 それを見て、俺の心に刻まれた決意。仲間を傷つけたバド侯爵という悪意を、二度と歴史の表舞台に現れぬよう根絶やしにする報復の炎だけは、決して消えることはなかった。

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