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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第083話 紅く染まる設計図

 旧校舎の部室。

 窓の外は日も暮れて、手元にあるランプの白い光だけが、チカチカして俺たちの顔を照らしている。


 この一年、俺たちは『建築設計研究会』として集まってきた。だが、今の俺たちはただの部活仲間じゃなく、切っても切れない固い絆で結ばれているようだった。

 俺が理想をぶち上げて、それを設計図の芯にする。アルフォンス先輩が全体をまとめ上げる屋根になって、カイルがどっしりと土台を支える。それにメアリとトマスの二人が、計算や細かな線を積み上げていく。そうやって組み上がったこの場所は、何にも代えられないくらい、ガッチリとした完璧な形をしていた。



 俺は部室の隅っこにある、俺専用の椅子に深く腰を下ろした。

 無意識に右手が動く。欠損している左腕の付け根を無意識にさすりながら、みんなの作業を眺めていた。

 メアリは大きな製図板にかじりついて、一心不乱に線を引いている。彼女の引く一本の線には、迷いも手抜きも一切ない。そのすぐ横で、トマスが彼女に合わせるように、次に使う図面や削りたての鉛筆を差し出している。

 いちいち言葉で指図なんてしてない。今の二人には、喋る時間さえ勿体ないんだろう。


 ふと、メアリが低く集中した声を出した。

 「トマス、主塔の三階部分の断面図。それから、硬めの鉛筆」


 トマスは、無駄のない動きでそれに応える。

 「はい、メアリさん。そこの荷重の計算値は、僕が昨夜の実験結果に基づいて、最新の数字に更新しておきました。ここを少し厚くすれば、メアリさんの理想とするあの細い尖塔も、風に負けずに自立できる筈です」


 トマスは商家の息子だけあって、数字の計算には異常に強い。それに、俺たちに見出されてから火がついた建築への執念は、もう誰にも止められないレベルになっている。

 二人のやり取りを見ていると、まるで精密な歯車がガチガチに噛み合って、一つの巨大な機械が動いているみたいだった。


 だが、その完璧な調和を、外からの悪意が力ずくで引き裂きにきた奴らがいる。

 椅子に座っていた俺の目に、トマスの妙な動きが映った。

 さっきまで作業に没頭していたはずの彼が、急に動きを止めて、横にある窓ガラスを凝視している。ランプの光が反射して鏡みたいになっている窓の一点を、彼は食い入るように睨みつけていた。

 俺がその視線の先を追おうとした、その瞬間だ。


 トマスが、喉が張り裂けるような切迫した声を張り上げた。

 「メアリさん、伏せて!」


 その叫び声が、部室の静寂をぶち壊す。

 トマスがメアリの肩を強く突き飛ばしたのと、窓の外の闇で硬い弦が『ビュンッ』と弾ける音がしたのは、ほぼ同時だった。

 ガシャーンッ、とガラスが突き破られる凄まじい音が響く。飛び散った破片がランプの光を浴びて舞い散った。

 その真ん中で、グチャと肉が裂ける嫌な音が、俺の耳に生々しく届いてきた。

 慌てて椅子から立ち上がろうとする俺を、自身の身体で庇う様にリーゼロッテが覆いかぶさってきた。

 その身体の隙間から、様子を伺うとトマスの左肩に、黒い羽のついた矢が深く深く突き刺さっていた。


 トマスが奥歯をギリリと噛み締め、押し殺した悲鳴を漏らす。

 「……っ、あ、ぐぁぁっ!」


 衝撃でトマスの体は大きくよろめいて、製図板にガツンと激しくぶつかってしまったようだ。でも、彼はそこから崩れ落ちるのを拒んだ。

 肩からあふれ出した真っ赤な血が、最新の図面を無残に汚していく。

 彼はそのボロボロの体で、メアリと図面を隠すように、盾となって立ちふさがり続けたんだ。


 メアリが、絶叫に近い声を上げた。

 「トマス!嘘、どうして……!」


 トマスは痛みに顔をぐしゃぐしゃに歪めながらも、縋るような強さで答える。

 「大丈夫です、メアリさん……。図面は、僕が守りますから……っ」


 トマスは作業用の大きな定規を武器みたいに握りしめ、窓の外の闇に潜んでいる刺客を睨みつけた。その目には、恐怖なんてないように感じる。ただ、守り抜くという執念だけが宿っているように見えた。

 敵は一人ではなかった。バルコニーの影から、さらに二人の影が部屋に踏み込もうと姿を現す。

 それを見たカイルが、即座に椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、俺たちの前に割って入った。


 カイルの声が、殺気を孕んだ鋭い響きで飛ぶ。

 「ユウ、みんな、下がれっ!」


 だが、カイルが窓の外へ飛び出すよりも早く、俺は自分の中に眠る『パサージュの鍵』を起動させていた。

 家族以外のみんなに、この力を悟られるわけにはいかない。俺はわざと、恐怖で立ち尽くして祈っている少年のように振る舞った。

 だが、その視線の先で、世界のルールを書き換える。

 それは、悪意を持って近づく者を『俺を傷つける罪人』として世界から自動排除するものだ。その排除方法は時と場合により異なる。


  『無垢の審判(イノセント・ジャッジ)』。


   ――カチリと鍵が回る。



 バルコニーにいた刺客たちが次の一手を放とうとした瞬間、見えない圧力によって封じられる。

 奴らは自分たちの身に何が起きたのかさえ分からず、窓の外の壁に叩きつけられ、逃げる自由さえ奪われる。

 カイルはその一瞬の隙を見逃さなかった。窓枠を飛び越えてバルコニーへ躍り出る。その動きには一切の迷いがなく、鍛え抜かれた無駄のない体捌きそのものだった。


 カイルが、重い息を吐きながら拳を叩き込む。


「――っ!」


 カイルは低い姿勢で一気に距離を詰めると、動けなくなっている一人目のアゴを、掌底で跳ね上げた。続く回し蹴りで、二人目の鳩尾を正確にぶち抜いていく。

 骨が軋む嫌な音が夜の空気に響く。地面に這いつくばった刺客たちの腕を瞬時に捻り上げ、カイルは自分の培った格闘術だけで、奴らを完全に制圧した。


 そこにリーゼロッテが追い打ちをかける。彼女の『育む魔法』で地面から太い蔦が這い出し、刺客たちを芋虫のようにグルグル巻きにしてしまった。


 メアリが、血まみれになったトマスを抱きかかえながら、助けを求めて叫んでいる。

 「誰か、早くトマスを!矢が、肩に深く……!」


 トマスの体温が、傷口から流れる血と一緒にどんどん逃げていくのが、見ていてはっきりと分かった。

 カイルは、魔法の蔦で縛り上げられた刺客たちを、油断なく見張っている。


 そこで、アルフォンス先輩が部室の奥から静かに歩み寄ってきた。

 こんな修羅場でも先輩は冷静に見える。だが、その声は少しばかり怒りで震えていた。


 「動かないで、トマス君。今、処置をする」


 アルフォンス先輩がトマスの肩に手をかざすと、手のひらから淡く青白い光があふれ出した。

 水属性の高度な癒やしの魔法だろう。トマスの肩に深く突き刺さっていた矢が、まるで磁石に引かれるように音もなく抜け落ちた。

 あふれ出そうとした血を水の魔力が優しく押し留めて、開いた肉が急速に塞がっていった。


 「命に別状はないよ。……ただ、傷跡はあえて完全には消さないでおく。この痛みと跡が、僕たちを襲った確かな証拠になるからね」


 先輩は、静かだが腹の底に怒りを滲ませたような口調で言った。



 トマスの肩に残ったその赤黒い傷跡は、メアリへの信頼の証なんだろう。

 同時に、彼と彼女を一生逃げられない関係で繋ぎ止めてしまう、重い鎖のようなものだと思う。


 メアリは、血を止めるためにトマスの体に回した腕に、さっきよりもっと力を込めているようだった。彼女の指先は、トマスの血で真っ赤に染まっている。

 トマスの苦しげな吐息が、彼女の首筋に触れていた。


 俺は、仲間たちに自分の暗い顔を見せないように、静かに椅子へと戻ったのである。

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