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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第076話 喜劇の終焉

 三家の中立派が『王族派』へ完全合流したという衝撃の余波が、いまだに王都を揺らし続けていた。そんな折、これまで沈黙を保っていた『貴族派』の重鎮、ヘンリクセン伯爵から一通の招待状が届いた。

 内容は『派閥の垣根を超え、新時代の幕開けを祝うための和解の晩餐会』。

 反吐が出るほどに白々しい平和の申し入れである。


 父様は書斎の机を叩き割らんばかりの勢いで反対し、

「あのような鼠の巣にユウをやるなど、狂気の沙汰だ」

 と激昂して俺を部屋に閉じ込めようとした。


 だが、俺はあえてこの招待を受けることにした。貴族派が最後に見せるであろう悪あがきの正体をこの目で確かめ、彼らが二度と牙を剥かぬように最後通牒を突きつけるためなのだ。


 同行を許されたのは、三家の代表であるアルフォンス、カイル、メアリ。そして特派監察官としての公務を盾に、当然のような顔で馬車へ乗り込んできたリーゼロッテ。

 さらに、俺の斜め後ろには、庭師の助手として潜入し、今や俺の『影』として鋭い視線を走らせるミラさんがいた。彼女の指先は、剪定鋏を握っていた時とは別人のように冷たく、実戦用の暗器をいつでも放てるよう微動だにせず固定されている。彼女にとって、これは帝国への完全なる決別であり、俺への忠誠を命懸けで証明する初陣でもあった。



 ヘンリクセン邸の重厚な門をくぐり、玄関ホールの敷居を跨いだ瞬間。

 俺の肌を刺したのは、歓迎の熱気ではなく、腐敗したドブ川のような澱んだ悪意の冷気だった。豪華なシャンデリアの下、着飾った貴族たちが不自然な笑顔を浮かべているが、その瞳の奥には隠しきれない殺意と、追い詰められた獣の卑屈さが混じっている。


(……あぁ、これは話し合いの場じゃない。ただの処刑場じゃないか)


 俺は一歩踏み出すと同時に、パサージュの鍵を起動する。

 玄関ホールの何もない空間に、『断絶の銀幕(シルバー・スクリーン)』の鍵を差し込み、カチリと回した。


 その瞬間、世界から一切の生活音が消え、代わりに古い映写機が回るようなカタカタという音が耳に聞こえてくる。俺の視界は現実の色彩を失い、劇映画のようなセピア調へと変化する。俺に向けられたすべての殺意、罠、策略が、俺に届く前に『脚本のト書き』として翻訳される準備が整ったのだ。


 他者の目には、何をしているかはわからないだろう。ただ立ち止まっているように見えているだろう。

 だが、俺の視界では、会場のすべてが配役と台本で埋め尽くされていた。



 会場の中心、ヘンリクセン伯爵が卑屈な笑みを貼り付けて近づいてくる。


  【配役:強欲に身を滅ぼす無能な道化】


 彼が口を開くコンマ数秒前、俺の視界には彼の醜悪な本音が白文字のト書きとして流れていく。

『(ああ、この小僧さえ薬で眠らせて、用意した令嬢との淫らな現場を晒し上げれば、ヴァルゼイド公爵とて我々に屈服せざるを得まい。死ね!悪魔め!)』


 俺は、その浮かび上がる文字を冷めた目で見つめた。伯爵の狙いは暗殺ではない。俺を失脚させ、公爵家を意のままに操るための醜聞の捏造だ。

 伯爵が恭しく差し出してきた銀杯。その中身にも、現実を権能の力により、ラベルが貼り付けられている。


  【小道具:混濁の猛毒(安物)】


「ユウ様、よくぞお越しくださいました。まずは我が家自慢のヴィンテージを……。和解の証として、ぜひ」

「いいえ。これは『毒』という名の隠し味でしょう?違いますか?伯爵」


 俺が静かに断定的に告げると、伯爵の手が目に見えて震え、銀杯の中で波紋を描く。


 俺は一歩も動かず、背後に控えるミラさんへ、ト書きに記された『伏兵の座標』と『脚本の裏側』を淡々と、しかし容赦なく伝え始める。


「ミラさん。左手、三枚目の装飾壁の裏。暗殺者が二名、魔導銃を構えています。僕がこの杯を口にしなかった場合の強制排除用ですね。それから、北側二階の第三控室。そこには、無理やり薬で眠らされた他家の令嬢たちが三名、用意されています。僕が毒で意識を失った後、彼女たちのベッドへ運び込み、不純異性交遊の現場として発見させる手筈でしょう」


 ミラさんは驚愕に目を見開いた。帝国最強のスパイとして育てられた彼女の研ぎ澄まされた聴覚や直感ですら、壁の向こうの銃や、別室に隠された令嬢たちの存在までは捉えていない。それを俺が、まるで今その場で見ているかのように詳細に口にしたからだ。

 だが、彼女の困惑は刹那の間に消えた。俺の言葉を真実として受け入れた彼女の体は、人間業とは思えない速度で加速した。


「御意。ユウ様を汚す不純物、全て排除します」


 ミラさんの姿が掻き消える。

 直後、壁の向こうから『ギャッ』という短い悲鳴が重なり、魔導銃が床に落ちて砕ける鈍い音が響く。ミラさんはそのまま壁を蹴り、反動を利用して垂直に近い角度で梁へと跳躍。給仕に化けていた別の伏兵が懐の暗器に手を伸ばすより早く、その背後に音もなく着地し、うなじを正確に強打する。

 

 会場にいた貴族たちは、何が起きたのか理解できず呆然と立ち尽くしていた。彼らの視界では、ミラさんがただの黒い残像となって部屋中を飛び回り、隠れていた味方が次々と沈黙していくことしか見えていない。

 

 ミラさんはさらに加速し、階段の手すりを踏み台にして二階へ。扉を蹴破る音と共に、令嬢たちを見張っていた実行犯たちを瞬時に無力化していく。


「北側控室、確保。……捏造工作の証拠書類、および拉致されていた令嬢たちの身柄を保護しました。……毒針を隠し持っていた給仕長以下、全てのネズミを沈黙させました」


 わずか数十秒。ミラさんが二階の回廊から優雅に、かつ威圧的に階下へ飛び降り、風を纏って俺の前に跪く。その手には、取り上げられた不吉な魔導銃と、計画の全容が記された秘密の書簡が握られていた。


 会場は凍りついたような静寂に包まれ、伯爵はみるみる青ざめ、ガタガタと歯を鳴らして震え始める。ト書きが見えない彼らにとって、俺の言葉は神の予知であり、ミラさんの神速の動きは、俺という絶対者が使役する、逃げ場のない守護神の業に見えていた。


「伯爵、あなたの描いた台本はあまりにも読みやすい。……ですが、一番の読み落としは、この屋敷の外に用意された脚本ですよ」


 俺が窓の外を指さすと、そこにはいつの間にか、音もなく邸宅を完全包囲する漆黒の騎士団の姿があった。

 父様やウィンザー兄様の姿はどこにもない。だが、その不在こそが、彼らが既にこの場を掃除するだけの対象として処理し、俺が合図を出すまでもなく終わらせる準備を整えている証拠だった。


 窓から見えるヴァルゼイド公爵家の軍旗が、夜風に冷たくはためく。それを見た瞬間、ヘンリクセン伯爵は膝を突き、その場に崩れ落ちた。


「ヴァルゼイドの……黒騎兵団……。最初から、包囲されていたのか……。我々が何をしようと、最初から……」


「ええ。父様たちは、僕がこの茶番をどう終わらせるかを見届けるまでもなく、最初からこの場所を『ゴミ捨て場』にするつもりだったようです。伯爵、あなたの出番は、ここで終了です。お疲れ様でした」


 俺はパサージュの鍵を抜き取ると、色彩が戻った会場に響いたのは、すべてを失った伯爵の魂の抜けたような溜息だけだった。


 ミラさんが、戦慄と狂信の入り混じった瞳で俺を見つめていた。彼女は今、帝国が危惧した策士を越えた、世界の因果を見通す力の存在を俺の中に見たのだろう。その瞳は、もはやスパイのそれではなく、生涯を捧げる主を見つけた聖騎士の輝きを帯びている。


「ユウ様……。このミラ、一生、貴方様の平穏を脅かす全て排除いたします」


 俺の『銀幕』は確かに敵を看破したが、その結末は俺ではなく、外で控える怪物たちの脚本通りに進んでいった。


 俺は、現実を劇に変える力を持っていながら、自分自身の人生という『黄金の檻』が、父様たちの圧倒的な物量で固められていく脚本だけは、一文字も変えられない絶望に、フラッと眩暈を覚えるのだった。

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