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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第075話 塗り替えられた勢力図

 祝宴の熱気が冷めやらぬ数日後、ヴァルゼイド公爵邸の正面玄関には、王国の歴史を知る者が見れば目を疑うような光景が広がっていた。

 そこには、これまで中立、あるいは現体制に対して静観を決め込んでいたはずのベルシュタイン侯爵家、ロドリック伯爵家、そしてヴァレンタイン子爵家の豪華な馬車が、爵位の序列に従って整然と並んでいるからである。


 公爵邸の広大な応接間は、かつてないほどの緊張感と、それでいてどこか晴れやかな空気に包まれていた。

 俺の隣には、満足げに口角を上げた父様が座り、その背後には、漆黒のドレスを纏ったリーゼロッテが、獲物を狙う鷹のような鋭い視線で控えている。


 この光景が持つ意味は、単なる友人への挨拶では到底片付けられない。

 この王国には大きく分けて三つの派閥が存在していた。

 第一に、国王陛下とヴァルゼイド公爵家を中心とし、中央集権を推し進める『王族派』。

 第二に、地方に根ざし、既得権益の維持と王権の抑制を画策する守旧的な『貴族派』。

 そして第三に、どちらの勢力にも属さず、その実力や血統を背景にキャスティングボートを握り続けてきた『中立派』である。


 今回訪れた三家は、まさにその中立派の要石だった。

 軍部に根を張るロドリック、伝統と家格を誇るベルシュタイン、そして特殊技術を有するヴァレンタイン。彼らが特定の派閥、それも最強のヴァルゼイド家と結びつくことは、貴族派にとっては悪夢であり、中立派という勢力の消滅を意味している。


 やがて、重厚な扉が開かれ、三家の家長と、その子息たちが姿を現した。


「「「ヴァルゼイド公爵閣下、ならびにユウ様。お目通り叶い、光栄に存じます」」」


 三家の家長たちが、まるで事前に鍛錬を積んだかのように一糸乱れぬ動きで膝を突き、深く頭を垂れた。それは、単なる儀礼的な訪問ではなく、明確な()()の意思表示だった。


 筆頭として口を開いたのは、ベルシュタイン侯爵だ。

「閣下、そしてユウ様。この度は、我が一族を破滅の淵から救い上げていただきましたこと、言葉では言い尽くせぬ感謝を抱いております。我が息子アルフォンスが、歴史に名を残す名誉を賜りましたこと、ベルシュタインの家門を代表して、この命に代えても恩義を果たす所存にございます」


 これまでのベルシュタイン家は、古き貴族の代表格として中立を保つことで、王家からも貴族派からも一目を置かれる存在である。しかし、今の侯爵の瞳に宿っているのは、冷めた中立派の心ではなく、燃えるような忠誠心になっている。


 続いて、ロドリック伯爵が静かに、しかし力強い声で言葉を継いだ。

 彼の傍らには、カイルが控えている。

「我がロドリック家はこれまで、軍部の末端を担う武門として、政治的な派閥争いからは距離を置いてまいりました。しかし、真の英邁なる者に導かれぬ力は、ただの凶器に過ぎぬということを思い知らされました。」


 伯爵は、一度深く息を吐き、覚悟を決めたように俺を見据えた。

「ユウ様が陛下に奏上されたあの『新設水路に連なる恒久的な徴税権と利権の拡張』。あれに伴う利権の分配案は、我がロドリック家が長年抱えていた、武門ゆえの財政的困窮を鮮やかに、かつ誰にも悟られぬ形で解決するものです。水路の新設における実務監理を我が家に委ねることで、正当な報酬という名の軍資金を永続的に確保する。あのような短時間で、軍部を、ひいては我が家を内側から強化する布石を打てるのは、ユウ様をおいて他におられません。我らロドリック、今日この時をもちまして、ヴァルゼイド公爵家と共に王家を支える『王族派』として尽力することを誓約いたします」


 そして、最後にヴァレンタイン子爵が、震える声で感謝を述べた。

 隣に立つメアリは、以前の怯えた様子はなく、凛とした表情で前を見つめている。

「公爵閣下、ユウ様、感謝してもしきれません。我がヴァレンタイン家は、決して裕福でも権力がある家門でもございません。それゆえ、メアリが持つ繊細な魔導回路の設計技術が知れ渡るにつれ、それを狙う上位貴族たちから、家門を乗っ取らんとする強引な縁談が絶えず、私たちは暗闇の中にいたのです」


 子爵は、涙を堪えるように言葉を絞り出した。

「ユウ様が陛下に奏上されたあの計画により、水路の心臓部である精密魔導回路は国家機密に指定され、メアリはその筆頭設計官に任じられました。国家の至宝となった彼女に、もはや不届きな『貴族派』の面々が手を出すことは叶いません。我らヴァレンタイン家、これよりはヴァルゼイド公爵家の傘下として、この技術のすべてをヴァルゼイド公爵家のために捧げます」


 この宣言により、王国の中立派は事実上崩壊したのである。

 公爵家の圧倒的な武威に、ベルシュタインの権威、ロドリックの軍事的基盤、ヴァレンタインの魔導技術が加わったのだ。さらには、これからの巨大プロジェクト全体を『ヴァルゼイド公爵家特派監察官』としてリーゼロッテが監視・運用する体制まで整えられている。

 もはや、残された貴族派に対抗できる力など、この王国には存在しない。俺が望むと望まざるとにかかわらず、王族派による完全な一強体制が確立されたのだ。



 俺は、彼らの言葉を静かに聞きながら、心の中で溜息をついてしまった。俺があの分配案を組み上げたのは、カイルの家が軍事費で”火の車”であることを知っていたからだ。


 アルフォンスに花を持たせ、王国の歴史に名を刻む役割を与えたのも、重圧に喘いでいた彼に”救済”という名の名誉を与え、ベルシュタイン侯爵家を恩義で縛り付けるため。


メアリを助けたのも、その卓越した技術が他勢力に渡るのを防ぎ、俺の手駒にするためだ。 

それらはすべて、俺の立場を盤石にし、誰も手出しできない完璧な状況を作るための計算だったのだ。


 しかし、その計算の結果として差し出された彼らの忠誠は、俺が想像していたよりも遥かに重いものであった。


「父様。彼らの誠意は十分に伝わりました。僕にとっても、彼らは得難い友です。今後は家門同士としても、手を取り合っていければと思います」


 俺がそう告げると、アルフォンスたちが弾かれたように顔を上げた。

「ヴァルゼイド君!おぉ、光栄なことだ。これからは公私ともに、俺が一番近くで君を支えよう!」

「ユウ、私の魔導回路、次の試作はすべてあなたの意見を反映させたものにするわね。もう、誰にも邪魔はさせないわ」

「ユウ、君が描くこの王国の未来、その実現のために、ロドリックの全戦力をもって道を作らせてもらう」


 彼らの瞳には、もはや友人という枠を越えた、ある種の信仰に近い情熱が宿り始めているように見えた。

 彼らが王族派に合流し、俺の周囲を固めれば固めるほど、俺が夢見ていた自由で平穏な生活は遠のいていく。皮肉なことに俺が救った彼ら自身が、俺を逃がさないための強固な格子となって、俺の周囲に張り巡らされているのだ。


 そんな俺の心中を見透かすように、父様が俺の肩を叩く。


「素晴らしいことじゃないか、ユウ。お前が選び、救った者たちが、今こうしてお前のために集っている。お前はもう独りではない。彼らという盾、彼らという壁がお前を全方位から守護するだろう」


 父様の手のひらの温度が、俺の肩を通じて全身に広がる。

 三家の家長たちが満足げに頷き、忠誠の誓いを交わしている。

 彼らにとって、これは栄光ある新たな門出なのだろう。だが俺にとっては、逃げ場のない『黄金の檻』の壁が、また一段と厚くなった瞬間だった。


 俺は、背後でリーゼロッテが「ふふっ……」と愉悦を隠しきれない様子で喉を鳴らすのを聞きながら、完璧に完成されつつある楽園の景色に暗い眩暈を覚えたのだった。

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