第071話 褒賞
謁見の間へと繋がる待機客室。そこは王宮の贅を尽くした内装で飾られているが、アルフォンス・ベルシュタイン、カイル・ロドリック、メアリ・ヴァレンタインの三人にとっては、さながら刑を待つ独房のように感じているようだ。
「……だめだ、ヴァルゼイド君。やはり、家に帰らせてくれないか。この心臓の音が陛下に聞こえて、不敬罪で捕まる気がする。ベルシュタインの名を汚したとして、父上に廃嫡される未来しか見えない……」
豪華なベルベットの長椅子に腰掛けたアルフォンス先輩は、膝の上で組んだ両手を、見たこともないほど白く握りしめている。
彼の生家であるベルシュタイン侯爵家は、古くから続く名門でありながら、近年は目立った功績がなく、周囲からは”斜陽の貴族”と囁かれている。家門の地位を維持しようと焦る父からの期待は、嫡男であるアルフォンスにとって異常なほどの重圧となっていた。今回の地下水路における修復が、家門を救う一手になるのか、あるいはさらなる衰退を招く不祥事とされるのか。彼はその焦燥の渦中で、精神の限界を迎えつつあるようだった。
その隣では、カイル・ロドリックが微動だにせず、軍神の如き厳格さで直立不動の姿勢を保っていた。
ロドリック伯爵家は軍部に強い影響力を持つ武門の名家であり、一見すれば栄華を極めているように見える。しかし、その内情は深刻な火の車である。ロドリック伯爵家は貴族としての矜持から、国境付近の小競り合いが続くたびに私財を投げ打ち、部下たちの装備を最新鋭に整え、練度維持のために多額の報奨金を出し続けているからである。その結果、家計は慢性的かつ致命的な資金不足に陥り、名門の看板を維持することさえ危うい状態にまで追い込まれている。カイルは、己の働きが家門を救う最後の希望であることを理解し、鋼の規律で必死に震えを抑え込んでいた。
「どうしましょう、ユウ。ヴァレンタインの家名が、私の不手際で王宮の歴史から消される夢を、昨夜から三回も見ているのよ」
メアリ・ヴァレンタインは、小刻みに震える指先を隠すように胸元で自らの服を強く握りしめていた。
彼女の実家であるヴァレンタイン子爵家は、決して裕福でも権力がある家門でもない。しかし、メアリが魔導具制作において、並ぶ者のない繊細な回路設計技術を持っていることが知れ渡ったことで悲劇が始まった。その技術や将来的な利権、そして家門そのものを乗っ取ることを画策する複数の上位貴族から、拒絶を許さぬ強引な縁談が持ち込まれているのだ。彼女にとって、この褒賞の場は英雄としての晴れ舞台ではなく、今以上の乗っ取りの危機という名の絶壁に立たされているのと同義であった。
そんな三人とは対照的に、俺は部屋の片隅で、黙ってお茶を飲んでいた。
実は俺は、地下での調査活動の合間に、父様に密かに連絡を取り、三人の家門が抱える切実な裏事情をすべて調査し、精査を終えていたのだ。仲間たちが何を恐れ、何に苦しんでいるのか。それを解決するために必要な対価を、俺は父様を通じて陛下とも事前に調整済みである。
「三人とも、そう怯える必要はないよ。陛下は理不尽を強いる方ではないし、父様たちも君たちの功績は正当に評価しているんだからね。そのままの姿で胸を張っていればいい。君たちは、王国が数百年かけても成し遂げられなかった仕事を完遂したのだから」
俺の静かな声が、密室の張り詰めた空気を和らげる。やがて扉が開き、一行は謁見の間へと進んだ。
辿り着いた謁見の間。そこにはそれぞれの家長たちも列席を許されていた。ベルシュタイン侯爵、ロドリック伯爵、そしてヴァレンタイン子爵。リーゼロットの父であるフェルトン子爵。家長たちは、玉座の傍らに控えるガルド公爵の、冷徹なまでの眼光に射すくめられ、一様に緊張に顔を強張らせていた。
「ユウ・ヴァルゼイド、アルフォンス・ベルシュタイン、カイル・ロドリック、メアリ・ヴァレンタイン、リーゼロッテ・フェルトン。貴公ら五名の献身が、この王都に真の夜明けをもたらした。貴公らの献身に対する褒章を授けようではないか」
国王エドマンド・ヴァルゼイドの力強い声が反響する。俺は一歩前へ出ると、国王陛下を真っ直ぐに見据えた。
「陛下。恐れながら申し上げます。私たちは、再編局に課せられた職務をただ忠実に遂行したまでです。ですが、もしこの功績に報いてくださるというのであれば、私が代表し、仲間たちが真に必要としているものを、褒賞として希望するお許しをいただけますでしょうか。代わりに私は褒章を希望したしません。仲間たちにその分を上乗せして頂きたく思います」
「よかろう。ユウ・ヴァルゼイド、申してみよ。貴公が望むものは、余が望むものでもある」
国王の許しを受け、俺は静かに言葉を紡ぎ出す。
「アルフォンス・ベルシュタイン。彼にはベルシュタイン家の次代筆頭魔導師としての地位と、国立魔導学園の客員教授の椅子を用意してください。名門が再び輝くための新たな功績であることを証明するために。次にカイル・ロドリック。彼の治めるロドリック領に対し、新設水路に連なる恒久的な徴税権と利権の拡張を。王国の矛を担う家門が、その責務を全うするための揺るぎない地盤を。そして、メアリ・ヴァレンタインには、現在進められている婚姻の一切を、即時破棄する権利を。彼女の才は特定の家門に縛られ、浪費されてはならないのです」
俺が凛とした声でそう告げた瞬間、背後の三人は驚愕に目を見いた。
なぜ、俺が自分たちの置かれた内部事情を、これほどまでに正確に理解し、あえて希望という形での救済を口にしたのか。彼らには知る由もなかった。俺が、彼らの焦燥、火の車、乗っ取りの危機をすべて書き換えるための、完璧な一手を打とうとしていることを。
俺の言葉に弾かれたように、背後の三人は折れんばかりの勢いで深く跪き、深々と頭を垂れた。
「聞き届けよう。アルフォンスには魔導院の地位を。カイルには水路の利権を。そしてメアリ、貴公には、既にヴァレンタイン家が進めていた婚姻、その一切を即時破棄する権利を王の名の下に与える。子爵よ、異論はあるまいな?」
「……滅相もございません!」
メアリの父は顔を真っ白にして叫ぶように跪いた。上位貴族からの不当な圧力は、王命という絶対的な力によって霧散したのだ。カイルの父であるロドリック伯爵も、思わぬ巨大利権の獲得に、震える手で自身の胸を叩き、忠誠を誓っている。
「さて、ユウ・ヴァルゼイド。貴公には最高位勲章を授与する。さらに、王宮内における不敬免除の特権、並びに、いかなる高位貴族といえども、貴公の歩みを止めることを禁ずる王室守護対象者』の身分を与える。これより貴公は、王家の加護の下、誰にも縛られぬ自由な意志で、その叡智を振るうがよい」
「ありがたき幸せ」
そして王の視線はリーゼロッテに向けられた。
「リーゼロッテ。貴公の働き、主を支え抜いた忠誠は、王宮騎士にも勝るものだ。よって貴公には『ヴァルゼイド公爵家特派監察官』の地位を授ける。これより貴公は、公爵家の代理人として王家が認める公的な発言権を持ち、ユウ・ヴァルゼイドの身辺を脅かす不届き者を監視、あるいは処断する全権を法的に保障される。何者も、特派監察官である貴公の執行を妨げることは許されぬ」
すべての褒賞が宣言された後、国王エドマンドは満足げに頷き、傍らに立つ父様へと視線を向けた。
「ガルド。今回の件、ユウの功績は隠す必要はない。国民に広く知らしめ、王国の新たな誇りとするがよい」
「ええ。私の手の中で守り続けるには、あの子の翼はあまりに大きく、美しく育ちすぎたようです。陛下、そしてこの場に集いし者たちよ。我が子の歩む路を、ヴァルゼイド公爵家は全力で守護することをここに誓いましょう」
父様の言葉には、俺を英雄として解き放つ覚悟と、それでもなお、背後から誰よりも深く見守り続けるという強烈な保護欲が込められていると感じた。
列席した他の家長たちは、その守護という言葉の裏にある邪魔者は排除するという無言の圧力に、さらに深く頭を垂れるしかないようだった。
王都を揺るがした地下の動乱は、俺が仲間たちの切実な困難さえも救い上げ、新たな救世の物語として幕を閉じたのである。
ブックマーク、評価をお願い致します。
レビュー、感想等もお待ちしております。
誤字、脱字等がありましたらご報告をお願い致します。




