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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第065話 公爵邸の茶会

 週末のヴァルゼイド公爵邸。


 麗らかな陽光が差し込む広大な私庭では、父様と母様が主催する茶会が催されていた。


 本来であれば家族団欒の場となるはずのティータイムなのだが、今日の円卓には、公爵家と親交の深い有力貴族数名の姿がある。

 彼らがこの場に招かれた理由は、ただ一つ。

 専門課程への進学早々、先輩のアルフォンス・ベルシュタインを圧倒し、数々の建築的偉業を成し遂げた俺に対し、直接的な縁談を持ちかけるためだった。


 「ガルド公。改めて、御子息ユウ殿の快挙、お祝い申し上げます」

 そう言って恭しく頭を下げたのは、王国の財務を司る一翼、ヘイル伯爵である。

 彼は懐から、銀糸で装飾された豪奢な書面を取り出すと、それを父様の前へと差し出した。

 「我が家の末娘も、今期より学園の普通科に入学いたしました。ユウ殿の提唱される『論理の魔法』に深く感銘を受けておりましてな。ぜひ、この釣書をお受け取りいただきたい」

 父様は、差し出された書面を一瞥しただけで、手に取ろうとはしなかった。

 代わりに、俺の顔をじっと見据えてくる。

 父様の目には、威厳とともに、どこか息子を試すような感じがする。

 「ヘイル伯爵。釣書は預かっておこう。だが、我が息子を射止めるのは書面の厚みではない。彼が描く『未来への設計図』に必要であるかどうかだ」

 父様の言葉に、ヘイル伯爵は引きつった笑みを浮かべ、俺の方へ熱い視線を送ってくる。


 その隣では、母様が優雅に紅茶を啜りながら、俺の困惑を愉しむように目を細めていた。

 「あら、ユウ。そんなに眉間に皺を寄せなくてもよろしいのですよ。貴方が孤児院や聖イシュタル大橋で見せた手腕は、淑女たちの間でも注目の的なのですから。先ほども、複数の侯爵家から、お茶会の打診が届いておりましたわ」


 母様が手元に置かれた別の釣書の束を指し示す。

 それは、学園の廊下で手渡される扇や手紙とは重みが違う。

 家格、資産、そして政治的な背景。

 それらすべてが網羅された公的なアプローチである。


 俺は、前世で大規模な公共事業のプレゼンに挑んでいた時を思い出し、妙な緊張感を覚える。


 「父様、母様。光栄な話ではありますが、今の僕に特定の家と深い縁を結ぶ余裕はありません。専門課程の講義に加え、リーゼロッテと共に王都の地下を調査する計画もあります」

 俺がそう断ると、同席していた別の貴族が身を乗り出した。


 「ユウ殿、その地下水路の話ですが、我が領地の治水事業とリンクさせることはできませんかな?もしお受けいただけるなら、娘との婚約を前提とした莫大な出資を約束しましょう」


 まただ。


 彼らは、俺が構築しようとしているものよりも、そこから生まれる富と名声を私物化することに執着している。

 それは、俺としては最も忌むべき、歪んだ設計思想に他ならない。


 「お言葉ですが。僕が提案する公共基盤の再整備は、特定の家の独占を許すものではありません。それは、王国全体の物流と安全を最適化するための最適解であって、誰かの私欲を満たすための道具ではありません」

 俺が断固として告げると、茶会の場に冷ややかな沈黙が流れる。


 貴族たちにとっては、利益を共有しない相手は協力者ではない。

 だが、ここで妥協すれば、俺がこの世界で成し遂げようとしている大改革は、ただの権力闘争の火種になってしまう。



 「ふむ。論理を貫くということは、味方を選ぶということでもあるな」

 父様が短く呟き、茶杯を置いた。

 「ヘイル伯爵。今日のところは、この辺りにしておこう。ユウは、私の想像以上に高い所から世界を見ているようだ。その視点に届かぬ家が、いくら紙を重ねたところで無意味だということが分かっただろう」

 父様の事実上の退席勧告に、貴族たちは慌てて席を立ち、帰って行った。


 彼らが去った後、俺は大きく溜息をついて、背もたれに体を預けた。

 「……疲れました。学園でも邸でも、釣書と扇ばかり。僕はただ、構造を追求したいだけなのに」

 「それが、ヴァルゼイドの息子として生きるということよ、ユウ」

 母様が優しく微笑み、俺の前のティーカップに新しいお茶を注いでくれる。


 「貴方が魔力を持たないと分かった時、私は貴方が静かに暮らしていければそれでいいと思っていました。でも、貴方は自らの手で、この国を支える柱になってしまったのよ。柱が太ければ太いほど、それを支えにしようとする蔦が絡みつくのは自然なことではありませんか?」

 「蔦、ですか。確かに、一度絡みつかれたら引き剥がすのは大変そうですね」

 「ええ。ですから、貴方が選ぶべきは、貴方を縛る蔦ではなく、共に屋根を支える別の柱であるべきですわ。そうねぇ、例えば、あちらに立っている彼女のような」


 母様が視線を送り手招きする先には、少し離れた庭園の入り口で、こちらの様子を伺っているリーゼロッテの姿があった。

 彼女は、茶会が終わるのを今か今かと待っていたようだった。

 俺が視線を向けると、彼女は少しだけ顔を赤らめ、背筋を伸ばして歩み寄ってきた。


 「失礼いたします。公爵様、エレイン様。ユウ様とのお約束の時間が参りましたので、お迎えに上がりました」

 リーゼロッテは、俺の家族に対して完璧な礼を尽くす。

 「ああ、リーゼロッテ。いいところに来たわね。今、ユウが山のような釣書に押し潰されそうになっていたところなのよ」

 母様の言葉に、リーゼロッテの瞳が鋭く光った。


 「……釣書、ですか。先ほどお帰りになられた方々も、懲りないことですわね。ユウ様、それらの書面は私がすべて精査しておきましょうか?フェルトン家の名において、学園での研究に支障をきたすような不純な動機がないか、厳密に審査いたしますので」

 「いや、リーゼロッテ。それは流石に角が立つからいいよ」

 「いいえ、必要ですわ。ユウ様は優しすぎます。貴方の才能を、ただの箔付けに利用しようとする者たちから守るのは、共同研究者としての私の義務ですもの」

 彼女の不機嫌さは、学園にいる時よりも一段と増しているように見えた。

 俺の隣に座る権利を、まるで自身の領土であるかのように主張するその姿に母様は愉しげに扇を揺らしているだけだ。


 「ユウ。あなたを狙っているのは、釣書を持った令嬢たちだけではない。あなたが持つ論理を、国家の脅威と見なす勢力も必ず現れる」


 父様が、鋭い眼差しで続ける。

 「その時、お前の隣に立つ者が誰であるかは、非常に重要だ。リーゼロッテ。お前に覚悟はあるか?」

 父様の突然の問いかけに、リーゼロッテは一瞬だけ驚きを見せたが、すぐに力強く頷いた。

 「もちろんでございます、公爵様。私は、ユウ様が描く世界の設計図に、誰よりも深く関わると決めております。不浄な思惑は、私がすべて断ち切ります」


 俺は、そのやり取りを横で見ながら、複雑な気分だった。

 前世の佐々木優真には、こんな風に家柄や利権に翻弄される経験はなかった。

 だが、この不自由な貴族社会こそが、俺が今、設計し直すべき巨大な構造物なのだ。

 

 「さて、ユウ様。無駄な茶会は終わりですわ。資料室へ参りましょう。地下水路の三次元構造図の修正案、まだ半分しか終わっていませんのよ」

 リーゼロッテが、俺の手を引くように促す。

 俺は立ち上がり、父様と母様に一礼した。

 「行ってきます。釣書については、後で処分しておいてください」

 「ふふ、考えておきますわね」

 母様の笑い声に送られ、俺はリーゼロッテと共に庭園を後にした。


 広大な邸の廊下を歩きながら、俺はふと、背後の影を感じた。

 ミラだ。

 彼女は清掃の合間に、先ほどの貴族たちが立ち去る際の不穏な動きを監視していたのだろう。

 彼女が静かに頷くのを見て、俺は少しだけ安堵した。

 殺到する釣書。猛烈なアプローチ。

 十六歳の俺が直面している現実は、前世のどんな難工事よりも過酷だ。


 

 「ユウ様、今、あの方たちの釣書を見て少しでも心が動きましたか?」

 隣を歩くリーゼロッテが、探るような視線を向けてくる。

 「まさか。俺が求めているのは、完璧な構造だけだよ」

 「……そうですか。ならば、よろしいのですけれど」

 彼女は少しだけ満足げに微笑み、俺の歩幅に合わせて足を進めた。

 

 この閉ざされた社会という構造物を、俺たちがどう建て直していくのか。

 その設計図は、まだ書き始めたばかりである。

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