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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第064話 乙女の攻勢

 国立魔導学園の専門課程において、前代未聞の成果を叩き出した代償は、俺の想像を遥かに超える形で跳ね返ってきた。


 アルフォンス・ベルシュタイン先輩との演習対決に勝利した翌日から、俺を取り巻く環境は劇的な変貌を遂げたのである。


 元より俺は、入学以来ずっと主席の座を維持し、学園外では孤児院の老朽化した建屋を見事に修復してみせた。

 さらに、王都の物流を支える要衝『聖イシュタル大橋』の亀裂を、魔導と建築学の融合によって完遂させた実績がある。

 これまでは、魔力を持たぬ可哀そうな公爵家の息子として遠巻きにされていた俺だったが、今やその評価は、天才へと反転している。


 「ユウ様、今朝もまた邸の前に不自然な馬車の行列ができていましたわね」

 登校の馬車の中、向かいに座るリーゼロッテが、ひどく冷ややかな声で口を開いた。


 彼女とは専門課程に進んでも、いつも通り、公爵邸から共に馬車で通学するのが日課となっている。

 リーゼロッテは、俺の隣で窓の外を流れる景色を眺めているが、その手元にある扇は不自然なほど固く握りしめられていた。


 「あぁ。どうやら僕との縁談を申し込もうとする家々の使者みたいだね。サリア姉様が言うには、応接室が入り切らないほどの釣書で埋め尽くされているそうだよ」

 「釣書、ですか。ふふふふ、節操のないことですわ。つい先日まで、ユウ様のことを魔法の使えない出来損ないだと触れ回っていた連中が、実績一つでこれですのね。なんて、変わり身のはやい」

 リーゼロッテの口調には、明らかな不機嫌さが滲みだしている。


 彼女は父様や母様、そしてゼノン兄様やサリア姉様といった俺の家族に対しても完璧な敬語と礼儀を保つ才女だが、俺に対してだけは、こうした剥き出しの感情を見せることが多くなってきたようだ。


 「ゼノン兄様も騎士団の訓練の合間に数通ほど検閲したみたいだけど、あまりの節操のなさに途中で投げ出していたよ。中には『娘を側室でも構わないから侍らせてほしい』なんて露骨なものまであったらしいけどね」

 「側室ですって!?」

 リーゼロッテが手にしていた扇が、パシリと乾いた音を立てて閉じられた。


 「身の程を知るべきですわ。ユウ様が成し遂げられた『聖イシュタル大橋』の修復が、どれほど国家の根幹を支える偉業か。その技術的な価値も解さぬ輩が、ただの利権目当てに群がるなど……。不愉快極まりありませんわ!」

 「リーゼロッテ、そんなに怒らなくても。俺は誰とも婚約するつもりはないよ。今は専門課程の基礎理論を体系化するのに忙しいんだ」

 俺がなだめるように言うと、彼女は少しだけ毒気を抜かれたように溜息をついた。

 「ユウ様はそういう方だと、分かっておりますわ」

 彼女は視線を落としたが、その瞳は依然として、俺の周囲に群がる有象無象を寄せ付けまいとする鋭い光が宿っている。



 学園の正門に到着すると、そこには馬車を降りる俺たちを待ち構える()ができていた。

 「あ、あの! ヴァルセイド様!この扇をお受け取りくださいませ!」

 「ヴァルセイド様、こちらを!」

 「いいえ、私のものを!」

 次々と差し出される色鮮やかな扇の数々に、俺は思わず後ずさりしてしまった。


 貴族社会において、女性が男性に扇を差し出す行為には、公衆の面前では口にできない密かな情念が込められている。

 扇を閉じて差し出せば『貴方と二人きりで話したい』という誘いであり、胸元で扇をゆっくり仰げば『私には決まった相手がいない』というアピールだ。

 さらに、そのまま扇を贈るという行為は、夜会でのパートナー指名を懇願する、極めて重い愛の告白に等しい。


 今の俺に向けられているのは、純粋な恋心というより、俺が持つ技術と知識、そしてヴァルゼイド公爵家の後ろ盾を狙った、家格のアピールが透けて見える下心そのものにしか見えない。


 俺はそれらを『あいにく次の講義がありますので』と定型文でかわし、ようやく演習室へと滑り込んだ。

 その背後では、清掃員の格好をしたミラが、箒を手に持ちながら音もなく令嬢たちの間を通り抜けていた。

 ミラの報告によれば、俺が通るルートには偶然を装って扇を差し出そうとする令嬢たちがいるらしいが、それらはすべて彼女の手によって裏で処理されているだろう。



 演習室に入ると、そこにはカイルとメアリが既に席に着いていた。

 「お疲れさん、ユウ。今日も廊下が香水の匂いで充満してるな。なぁ、扇の山を築いてきたのか?」

 カイルがニヤニヤしながら俺の背中を叩く。


 「カイル、冗談はやめてくれよ。君だって、俺のところに届く手紙や扇を整理する仕事を手伝わせようか?」

 「ゲッ、それは御免だ。俺は力仕事担当だぜ。文字を書くのはメアリに頼めよ」

 「なんですって。わたくしをそんな雑事に使おうなんて、万死に値しますわよ。そもそもユウ、貴方が無自覚に実績を積み上げるから、わたくしたちまで注目の的なんですのよ」

 メアリはツンと顔を背けながらも、俺の隣に座ろうとした他クラスの女子生徒を、鋭い視線で牽制していた。



 リーゼロッテは、俺の隣の席を死守するように座ると、公爵家から持参した資料を広げた。

 「ユウ様。あの方たちは、貴方の本質を見ているわけではありません。ただ、あなたが成し遂げた成果という光に、蛾のように集まっているだけです。扇を差し出して、まるで自分を捧げるかのように装っていますが、その裏にあるのは強欲な計算だけですわ。どうせ、お家のご当主様に命令されたに違いありませんわ!」

 彼女の声は静かだが、演習室内に響くほど透き通っていた。


 「フェルトン家の令嬢として、そして貴方の共同研究者として、申し上げます。貴方の貴重な時間を、あのような無意義な媚びへつらいに費やすべきではありませんわ」

 「分かっているよ、リーゼロッテ。俺にとっても、君たちとの勉強会の方が百倍は有意義なんだからさぁ」

 俺がそう答えると、リーゼロッテの表情がほんの少しだけ和らいだ。



 昼休み、俺たちは喧騒を避けて、ミラが清掃済みとして確保してくれた中庭で食事をとることになった。

 「それにしても、孤児院や橋の修復実績が、これほどまでに効くとは思わなかったよ」

 俺が弁当を頬張りながら呟くと、メアリが皮肉げに返した。

 「貴方が無自覚なだけですわ。この国において、魔力を使わずに実利を生み出す技術は、金脈と同義なのです。どの家も、貴方を一族に取り込んで、その、打ち出の小槌を独占したいと考えて当然ですわ」

 「打ち出の小槌か……。言いえて妙だな。俺としては、ただの構造計算と効率化の積み重ねなんだけどね」

 前世の知識は、この世界では魔法以上の魔法に見えるらしい。

 俺が聖イシュタル大橋の修復で用いた、力の分散理論やトラス構造の概念は、魔導建築学会にも激震が走ったようだったからである。



 食事を終え、午後の講義に向かおうとした時、ミラの監視を掻い潜った令嬢が俺たちの前に立ちはだかった。

 

 「ユウ・ヴァルゼイド様。来月の園遊会にて、ぜひ私と踊っていただけませんか。我が家が所有する北部の鉱山における魔導流体について、貴方様のご助言を頂きたいのです」

 彼女の誘いは、単なる社交ではなく、明確な利権の提示だった。


 俺が断りの言葉を口にする前に、隣にいたリーゼロッテが一歩前に出た。

 「失礼。ユウ様は現在、フェルトン子爵家との共同開発事業として、王都の地下水路網の再設計に着手されておられます。貴家の鉱山の相談に乗る余裕など、微塵もございません」

 リーゼロッテの毅然とした態度に、伯爵令嬢は気圧されたように顔を引きつらせた。

 「……そ、それは失礼いたしました。公爵家のお墨付きであれば、私が口を挟む余地はございませんわね」

 捨て台詞のように去っていく彼女の背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。


 「助かったよ、リーゼロッテ。でも、地下水路の再設計なんてあったっけ?」

 「今、私が決めました。後ほど公爵様へ正式な提案書として提出しておきますわ」

 リーゼロッテは、当然のように言ってのけた。


 彼女の俺を守るための既成事実化の手腕には、感心を通り越して畏怖すら感じる。


 カイルが俺の耳元で『あーあ、ユウ。お前、もう逃げ場なんてないぞ』とニヤニヤしながら囁いてくるので、軽く脇腹に肘を入れてやった。



 放課後、帰りの馬車を待つ間、俺は図書室の隅で、家族から渡された釣書の山の概要を改めて確認していた。

 サリア姉様からは『全部燃やしてしまっても構わないわよ』と言われていたが、これらすべてが未来のパトロンや顧客になる可能性を考えると、無下にすることもできない。

 俺が目指しているのは、一部の特権階級が独占する魔法ではなく、全人類が恩恵を受けられるインフラの整備なのだ。

 そのためには、これらの貴族たちの力も、いつかは利用しなければならない時が来る。



 「ユウ様、何を見ていらっしゃいますの?馬車のご用意ができました。帰りましょう」

 リーゼロッテが、少しだけ機嫌を直した様子で俺を呼んだ。

 「あぁ、今行くよ」

 俺は釣書のリストを鞄に仕舞い、彼女と共に馬車に乗り込む。

 

 馬車が公爵邸に向けて走り出す。

 隣でリーゼロッテが満足げに俺の横顔を見つめていることに、俺は気づかない振りをすることにした。

 これから始まる専門課程の三年間は、恋愛模様よりも遥かに複雑で、そして強固な論理によって支配されることになるのだ。

 そんな恋愛にうつつを抜かすような余裕は一切ないのだから。

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