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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第062話 主席の宣誓と影の潜入

 国立魔導学園、専門課程入学式。

 王都の春を告げる青い風が吹き抜ける中、俺は一つの大きな節目を迎えていた。


 十六歳。


 この世界の貴族子弟にとって、それは成人への階段を登り始める重要な年齢だ。

 本日、より専門的な魔導の探求、もしくは国家の運営を左右する実務を叩き込まれる専門教育の門を潜るのである。



 式典会場となる大講堂は、荘厳な魔法仕掛けのシャンデリアが輝き、歴代の賢者たちの肖像画が俺たちを見守るように並んでいる。ここに集っているのは、学園の厳しい選抜試験を勝ち抜いた精鋭たちだ。

 彼らの背後の来賓席には、王国の重鎮や名門貴族、そして我がヴァルゼイド公爵家の面々も居並んでいた。現当主である父様と母様の佇まいは、周囲の貴族たちを圧倒する威厳を放っている。


 そして、その隣には見慣れた、しかし今日は一段と頼もしく見える二人の姿があった。

 数年前にこの学園を優秀な成績で卒業した、五歳年上の双子の兄姉、ゼノン兄様とサリア姉様である。

 ゼノン兄様は騎士団の若き将校として、その胸元には勲章を輝かせ、サリア姉様は魔導院の研究官として、知的な鋭さを感じさせる礼服に身を包んでいる。王国を支える若き俊英として知られる二人が来賓として列席していることは、この学園におけるヴァルゼイド家の影響力の強さを改めて物語っている。



 「それでは、専門課程主席合格者。ユウ・ヴァルゼイド君、前へ」


 学園長の重々しい声が、静まり返った大講堂に響き渡った。

 俺は深く息を吐き出してから、壇上へと足を進めた。

 魔力を持たぬ公爵家の三男が、建国以来の最高得点という前代未聞の成績で主席を勝ち取ったという事実は、すでに学園内のみならず王都中に凄まじい衝撃を与えたという。


 壇上に上がる俺を射抜く視線は、決して称賛ばかりではない。むしろ、その大半は『魔力を持たぬ劣等者が、なぜ主席なのか』という疑念、あるいは『権力で点数を操作したのだろう』という嫉妬と偏見に満ちている。

 

 だが、俺は怯むことはない。


 前世で巨大な建造物を設計し、施主たちや上司たちからの、数多の無理難題を解決してきた誇りがある。何より三か月の間、共に地獄のような学習特訓を戦い抜いてきた仲間たちの信頼が背中を支えている。

 俺は静かに、しかし力強く、魔法拡声器の前に立った。


 「専門課程入学生を代表し、一言ご挨拶を申し上げます」


 俺の声が、講堂の隅々まで行き渡る。


 「今日から私達が足を踏み入れる専門教育の三年間は、先人が築き上げた魔導の歴史をなぞるためだけの時間ではありません。それは、既存の知識を疑い、新たな知識を手に入れるための時間であるべきです」


 会場に、さざ波のようなざわめきが広がった。保守的な学風を誇り、伝統こそが正義とされるこの学園において、それを否定するような発言は異例中の異例だ。

 最前列に座る保守派の教授たちが、苦虫を噛み潰したような顔で眉をひそめるのが見える。


 「魔力という天賦の才のみに頼る時代は、終わりを告げようとしています。これからは、誰もが理解し、共有し、再現できる論理的思考が世界を動かす時代です。私はこの専門課程において、魔導を建築、経済、それから生活のあらゆる側面と融合させ、そのすべてを体系化することをここに宣言します!」


 俺の言葉は、もはや単なる新入生の決意表明ではない。

 それは、この世界の根底にある魔力至上主義という歪んだ構造に対する、明確な俺からの挑戦状である。


 「……生意気な」

 

 どこか上層階の、上級生たちが陣取る席から吐き捨てるような声が聞こえた。

 だが、俺は視線を逸らさない。

 客席の最前列近くには、二位という素晴らしい成績で合格したリーゼロッテ・フェルトンが、誇らしげに背筋を伸ばして俺を見つめている。

 同じく二位を分かち合ったカイルは、腕を組んで『もっと言え』と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべ、四位に食い込んだメアリも、誰よりも真剣な眼差しを俺に向けていた。


 「私たちは、過去の遺産を守るだけの守護者ではありません。新たな世界の設計者です。共に学び、共に創りましょう。以上です」


 俺が深く一礼し、教壇を降りようとした瞬間――。


 「待て、ユウ・ヴァルゼイド!」

 静寂を切り裂くような怒号が響き、一人の男が立ち上がった。

 それは、専門課程二年生の代表。現生徒会長であり、次期侯爵としての地位を約束された実力者、アルフォンス・フォン・ベルシュタインだった。

 

 「論理的思考が世界を変えるだと?笑わせるな!魔力こそが神の恩恵であり、この国の秩序そのものだ。魔力を持たぬ者が、小ざかしい言葉遊びで我々の神聖なる領域を汚すことは許されない!」

 アルフォンスの身体から、威圧感のある濃密な魔力が放たれる。

 講堂内の気温が急激に下がり、魔法に敏感な生徒たちが震え上がるほどの重圧が会場を支配した。


 俺は足を止め、ゆっくりと彼を振り返った。


 「異議があるなら、感情論ではなく議論の場で伺いますよ、アルフォンス先輩」

 俺は彼を真っ向から見据えた。前世で理不尽な要求を繰り返す施主や、現場の頑固な職人たちと渡り合ってきた俺にとって、若者の血気に逸った魔力の圧など、毛ほども怖くなどない。むしろ、想定通りの反発が、学園に新しい風が吹き始めた証拠であろう。


 「議論?ふん、いいだろう。専門課程一発目の実習『魔術回路』の演習だ。お前の言うその『論理』とやらが、我々の『魔力』の前にいかに無力か、全校生徒の前で実力で見せてもらおう」

 「望むところです」


 会場は爆発するような騒音に包まれた。新入生が、あのアルフォンスに正面から喧嘩を売ったのだ。



 壇上から来賓席をちらりと見やると、サリア姉様が扇で口元を隠しながら、隣のゼノン兄様と何やら楽しそうに頷き合っているのが見えた。二人の表情には、弟が引き起こした不敬な騒動に対する動揺など微塵もなく、むしろこの状況を歓迎しているような、ヴァルゼイド家らしい不敵な信頼が読み取れた。


 同時に、講堂の隅、影の落ちる場所にいた一人の清掃員と目が合ったような気がした。地味な服を纏い、大きな箒を手に作業をしているが、その佇まいはあまりに無駄がなく、周囲に溶け込みすぎている。

 ……まさか、とは思ったが、確信は持てない。今は目の前の喧騒に集中することにした。



 入学式が終わった後、資料室へ向かう廊下で、再びあの奇妙な感覚に襲われた。


 「あれ……?」


 教科書を抱えて歩いていると、自分の足元を素早くモップで拭い、そのまま壁の影へと消えていく清掃員の後ろ姿が見えた。あの、一瞬の隙のない動作。どこかで見たような……。邸の庭師であるミラさんに似ている気がするけれど、彼女がここにいる理由がない。


 俺が首を傾げていると、後ろから賑やかな声がした。カイルとメアリが追いついてきたのだ。


 「ユウ、いきなり生徒会長を敵に回すなんて、相変わらず無茶する奴だな!おかげで俺たちまで注目されまくりだぞ」

 カイルは文句を言いながらも、その顔は楽しそうだ。


 「でも、ユウらしいですわ。私たちも、あのアルフォンス先輩に負けるつもりはありませんからね」

 メアリも自信に満ちた表情で頷く。


 「ああ。専門課程の初授業、楽しみだよ。僕たちの論理を、世界に叩きつけようよ」


 俺は仲間たちと肩を並べ、中庭へと歩き出した。そこへ、別の手続きを終えたリーゼロッテが合流し、彼女が父様たちから預かったという祝いの言葉を伝えてくれた。


 「ユウ様、公爵様が『次は実力で黙らせてこい』と仰っておりましたわ」

 「父様らしい激励だね。受けて立つよ」


 十六歳から始まる、専門教育の三年。

 それは、俺が前世で培った『構造』と『論理』を、この世界の『魔法』と融合させ、真の改革を始めるための戦場だ。

 パサージュの鍵が、これからの波乱に満ちた日々を予感させるように、熱く、力強く胸の内で鳴り響く。

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