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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第061話 栄光のサクラサク

 雪解けの瑞々しい香りが王都に漂い、国立魔導学園の広大な庭園には、春を告げる花々の蕾が膨らんでいる。


 三か月という、長くも短かった地獄の合宿期間が幕を閉じ、俺たちはついに国立魔導学園専門課程の進学試験という運命の日を迎えた。十四歳から十五歳までの二年間におよぶ『高等教育』の集大成。その先に待つのは、十六歳から十八歳まで、各々の適性に応じた高度な学びを享受できる『専門教育』の世界である。


 試験当日、会場に現れた勉強会のメンバーたちの顔つきは、三か月前とは完全な別人のようであった。周囲の受験生たちが緊張に顔を強張らせ、震える手で参考書を捲り、神に祈りを捧げる中、カイルやメアリ、そしてリーゼロッテたちは、どこか遠くを見ずるような、静かな自信に満ちた表情で席についていた。

 彼らにとって、本番の試験問題は、俺が公爵邸で連日のように叩きつけた模試。悪魔的な設問群に比べれば、拍子抜けするほど素直で、愛想の良いものに感じられたはずだと思う。


「……。…………ふぅ」


 隣の席に座るリーゼロッテが、深く、静かな呼吸を吐き出す。

 俺の指導を一番近くで受けた彼女。その努力と忍耐が、今まさに結実しようとしていた。


 試験開始の鐘が鳴り響くと同時に、会場にはペンが紙を走らせる音だけが一斉に満ちたのである。


 一週間後。ついに運命の結果発表の日が訪れた。

 学園の中央広場、巨大な掲示板の前に、数千人の受験生と、その行方を見守る保護者や関係者が詰めかけている。ヴァルゼイド公爵家の馬車が到着した際、周囲の貴族たちが一斉に道を空け、畏怖と好奇の視線を送ってきた。

 実は、この専門教育への入試試験は入学試験よりも厳しいと聞いている。その為、掲示板の前には悲壮感漂う雰囲気で満ち溢れていた。


 喧騒と怒号、そして祈るような静寂が混ざり合う中、白いベールが取り払われ、合格者の番号が刻まれた魔法板が青白く発光した。


「あった……!あったぞ、俺の番号だ!!ユウ!見ろよ、俺、通ったぞ!ウォォォー」

 一番に雄叫びを上げたのは、カイルだった。


 彼は拳を高く突き上げ、周囲の貴族としての体裁も憚らずに跳ね回った。その隣で、メアリもまた、震える手で自身の番号を確認し、安堵のあまり膝をついた。


「私も……、私も合格ですわ!ユウ、ありがとうございます!私、貴方についてきて本当に良かったですわ!」

 リーゼロッテが瞳を潤ませ、俺の手をぎゅっと握りしめた。その手の平には、三か月間のペンだこで少しだけ硬くなっているが、今の彼女にとっては、どんな宝石よりも誇らしい勲章には間違いない。


 次々と上がる歓喜の声。

 カイル、メアリ、そして勉強会に参加した三十名の友人たち。掲示板を確認するたびに、彼らの番号が次々と見つかっていく。

 結果は、驚異の全員合格だった。


 魔力特性の偏りや、家柄による教育格差に関わらず、俺の効率的かつ本質的な教えを信じて食らいついてきた仲間たちが、一人も欠けることなく、最高学府への切符を掴み取ったのだ。


 しかし、真のどよめきが起きたのはその直後だった。合格者の番号の下に、特に優秀な成績を収めた上位十名の名が、金色に輝く文字で映し出されたのである。


「第一位ユウ・ヴァルゼイド」


 その文字が浮かび上がった瞬間、広場全体が水を打ったように静まり返る。

 全科目満点。圧倒的な主席合格。

 左腕がなく、魔力を持たぬはずの公爵令息が、建国以来の最高得点を塗り替えたという事実に、視察に来ていた教師陣さえも言葉を失っている。だが、俺のすぐ下に並んだ名前こそが、この三か月の努力の真骨頂だった。


「第二位リーゼロッテ・フェルトン」

「第二位カイル・ロドリック」


 同点での次点合格。


「うおおお!リーゼロッテと同点かよ!やった、やったぞユウ!俺、もしかしてマジで天才なんじゃないか!?なぁ、そうだよなぁ!?」


 カイルが目を赤くして大喜びしている。普段のクールな彼からは想像もつかないほど、子供のように無邪気な初めて見る笑顔だった。一方、そのすぐ下を見つめていたメアリは、複雑な表情で唇を噛んでいた。


「第四位メアリ・ヴァレンタイン」


「……。…………っ」


「メアリ、四位だよ。すごいじゃないか、あの難問続きだった試験で上位だなんて。自信を持っていい順位だ」


 俺が声をかけると、メアリは悔しそうにノートを抱きしめた。その瞳には、安堵を通り越した、激しい闘志と悔し涙が滲んでいる。


「……悔しいわ。あと一点……あと一点あれば、カイルと同点だったのに。私、最後の魔法工学の計算ミスを一箇所だけしてしまったのよ。あんなに丁寧に教えてもらったのに……!」


 四位という順位は、学園全体から見れば称賛されるべき偉業だ。けれど、俺という目標を追いかけ、リーゼロッテやカイルと死に物狂いで切磋琢磨してきた彼女にとって、この一歩の差は、何よりも高い壁に感じられたのだろう。


「その悔しさがあれば、専門課程でもっと伸びるよ。メアリの集中力は、僕も驚くほどだったからね。君の才能は、点数なんかじゃ測りきれないさ」


 俺が微笑むと、彼女は少しだけ顔を赤くし、乱暴に涙を拭った。


「フンッ!次は負けませんわ。専門課程では、二位の座を私が奪ってみせますから!リーゼロッテ、覚悟しておきなさい!」


「ええ、望むところですわ。私だって負けるつもりはありませんから」


 リーゼロッテが凛とした表情で応じる。

 その表情は、もはや単なる不憫な公爵令息の付き添いではなく、ライバルとしての誇りに満ちているようだ。



「ユウ様、本当におめでとうございます。私、ユウ様と一緒に専門課程に進めることが、何よりも嬉しいですわ。これでまた三年間、ずっとお傍にいられますのね」


 リーゼロッテが、再び俺の隣で幸せそうに微笑む。


「ありがとう、リーゼロッテ。でも、ここからが本当のスタートだよ。専門課程は、これまでの基礎とは比べものにならないほど難しいからね」


 俺たちが手にしたのは、ただの合格証書ではない。共に困難を乗り越え、一つの目標に向かって突き進んだ、かけがえのない絆と自信だ。公爵邸の図書室で、あの白亜の合宿棟で積み上げた時間は、血肉となって俺たちを支えてくれることだろう。


 ふと視界の端に、馬車の中からこちらを熱い眼差しで見つめる母様と、満足げに頷く父様の姿が見えた。さらに、校舎の端からはゼノン兄様が、そして木陰からはサリア姉様が、周囲に不審な動きがないか鋭く目を光らせている。


「お祝いよ、ユウ!今夜は公爵邸で、王宮の晩餐会を凌ぐほどのパーティーを準備してありますわ。一緒に頑張ったお友達も全員招待しましょう!」

 母様が馬車の窓から身を乗り出して叫ぶ。


 どうやら、俺が合格することは公爵家にとって当たり前の事であり、その後の過保護な祝宴こそが本番だったらしい。



 俺、ユウ・ヴァルゼイドが描く人生の図面。

 そこには、多くの仲間たちの名前が書き加えられ、より鮮やかに、より壮大に広がり始めているのだ。かつて孤独に図面と向き合っていた前世の記憶が、今の温かな喧騒に溶けていくようだった。


 花はまだ咲き始めたばかりだが、俺たちの未来は、家族の重すぎる過保護と、仲間たちの熱い志に包まれ、眩いほどの光を放っている。


「さあ、みんな。今日はお祝いだ。公爵邸へ行こう。最高の料理と、少しだけうるさい家族が待ってるよ!」


 俺の声に、友人たちが再び歓声を上げた。

 春の空へと吸い込まれていくその声を聞きながら、俺は新しく手に入れた学生証の重みを、しっかりと噛み締める。

 専門教育という未知の領域。そこにはどんな難問が待ち構え、どんな発見が俺を待っているのか。

 パサージュの鍵が、期待に震える俺の心音に応えるように、優しく、そして力強く拍動し始めたのである。

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