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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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閑話 学園の影に潜む者

 国立魔導学園の専門課程への合格が決まり、春の日差しが王都を照らし出す頃。ヴァルゼイド公爵邸の一室では、おそらく密かに一つの重要任務が下されていたに違いない。

 今思えば、あの出発の朝のゼノン兄様の鋭すぎる眼差しや、サリア姉様がハーブティーを啜りながら浮かべていた、獲物を追い詰める猟犬のような微笑み。それら全てが、これから俺の身に降りかかる過保護の予兆だったのだ。


 ゼノン兄様なら、こう命じたはずだ。

 学園の死角、教職員の目が届かぬ領域、そこから這い寄る不浄な害意を、埃一つ残さず根絶せよ、と。



 そんな裏側のやり取りがあったとは露知らず、俺は専門課程の初登校日を迎えた。真新しい制服は少しばかり硬く、カイルやメアリ、そしてリーゼロッテと一緒に学園の門をくぐった俺の心は、これから始まる未知の学問への期待に逸っていた。

 十六歳から十八歳までの三年間。より実戦的で、より根源的な術式を解体・再構築する日々。その門出は、輝かしい光に満ちているはずだった。


 しかし、登校して早々、俺は肌を刺すような奇妙な違和感を覚え始めた。


「あれ……? おかしいな」


 一限目の講義の合間、自分の机に置いていた自作の資料を確認しようとした時のことだ。教科書の端から、何か黒い紙の切れ端のようなものがハラリと床に落ちた。

 それが何のための、いかなる意味を持つ品なのか、魔力を持たぬ俺には知る由もない。ただ、学園に相応しくない薄汚れたゴミだと思い、拾おうとして指を伸ばした瞬間!

 閉まっていたはずの窓から、不自然な強風が吹き込み、その紙切れを廊下の向こうへとさらっていった。


 驚いて窓の外を見ると、そこには腰を屈め、せっせと落ち葉を掃いている清掃員の姿があった。深く被った帽子の下からわずかに覗く、一切の無駄を削ぎ落とした背中の曲線。


「あの後ろ姿……どこかで見たような。……いや、まさかな。ミラさんは邸の広大な庭園の手入れで忙しいはずだし、こんなところで箒を握っているわけがない」


 俺は首を振って、再び自身の設計図へと意識を戻した。だが、心臓の鼓動がわずかに速まる。窓の外の清掃員が箒を振るうたびに、学園に漂う淀みのようなものが、物理的に削り取られていくような錯覚に陥る。



 昼休み、食堂の喧騒を避けて、俺たちは中庭の噴水近くで食事をすることにした。


「ユウ様、今日のお弁当は公爵邸の料理長が腕によりをかけたものですわ。エレイン様も、専門課程初日の栄養補給が肝心だと仰っておりました」


 リーゼロッテが、薄く切った白パンに肉や香草を挟んだ携帯食を広げようとした、その時だ。一人の清掃員が『失礼します、足元の清掃作業です』と、大きなバケツとモップを持って俺たちの横を通り過ぎた。


 その際、彼女の手がほんの一瞬、残像を残すほどの速度で、俺が手に取ろうとしたパンの上をかすめたように見えた。


「あ、失礼いたしました」


 彼女の貌は影になって見えない。だが、彼女が去った後、食事の隅に添えられていた、妙に青黒く変色した不自然な塩漬けの野菜だけが消えていた。


「…………あれ?」


 首を傾げながらも、残された食事を口にする。なぜか、いつも以上に味が澄んでいて、体中の血液が清められるような感覚があった。魔力なき俺が、これほどまでに清浄さを感知するのは異常だ。


「ユウ、どうした? 鳩が豆鉄砲食ったような顔してさ」

 カイルが自分の携帯食を頬張りながら尋ねてくる。


「いや、なんだか最近、あの清掃員の人の動きが気になってね。すごく手際が良いというか、本職の庭師みたいな所作に見えるんだ」


「気にしすぎだろ。清掃員だって本職なんだから。それより、午後の予習、終わったのかよ?」


 カイルの言葉に頷きつつも、俺の視線は無意識に、遠くで草むしりを始めた清掃員の背中を追っていた。彼女が指を動かすたび、引き抜かれるのは雑草だけではなく、俺に向けられた鋭い殺意の視線までもが、間引かれているように感じた。



 放課後、実習棟の図書室で資料を探していると、カイルが小声で俺に話しかけてきた。


「おい、ユウ。さっきからお前の後ろ、あの清掃員の女の人がずっとモップかけてるぞ。お前が棚を移動するたびに、影みたいについてきてる気がするんだけどな」


「えっ? ……あ、本当だ」


 棚の陰で、まるで気配を消す術を知っているかのように熱心に床を磨いている女性がいる。俺が視線を送ると、彼女は流れるような動作で書架の裏側へと消えていった。その際に見えた横顔、特に耳の形が、どうしても邸にいるあの人に重なって見えて仕方がない。


「ミラさん、なのかな?」


 俺が独り言を呟くと、リーゼロッテが不思議そうに首を傾げた。


「ミラ?庭師の方ですか?まさか。国立魔導学園の清掃員の職を得るには、厳しい身元調査を勝ち抜かなければなりませんわ。公爵家の使用人が、ここにいるなんて考えられません」


 

 帰り際、校門の近くで俺はまたあの清掃員を見かけた。夕日に照らされながら、正門脇の植え込みを、職人芸とも言える手つきでハサミを使い整えている。

 その姿勢、ハサミの入れ方、切り取られた枝を拾い上げる際の指先の動き。それは、紛れもなく邸の庭で俺が毎日目にしている、ミラの所作そのものだった。


「……ミラさん、なんですね」


 俺が確信を持って呟くと、彼女は振り返ることなく、しかし誰よりも深い敬意を込めて、深々と一礼した。その無言の肯定に、俺は思わず苦笑してしまった。


「ゼノン兄様もサリア姉様も、本当に過保護なんだから。ミラさんを学園に送り込むなんて、どれだけの根回しをしたんだろう」


 隣を歩くリーゼロッテに聞こえないほどの小声で溜息を吐いた。影の守護者が文字通り『塵一つない』状態にまで整えてくれた清浄な通学路。その上を歩き、俺は公爵邸へと向かう馬車に乗り込んだ。



 明日、俺は前世の知識をフルに使い、この学園に根付く旧態依然とした魔術回路を再定義する。



 公爵邸に戻ると、ゼノン兄様とサリア姉様が待接室で待っていた。


「ユウ、初日はどうだった。不審な動きをする連中はいなかったか?」

「ゼノン兄様……、ミラさんを学園に派遣しましたね?」


 俺が直球で尋ねると、ゼノン兄様はふんと鼻を鳴らして視線を逸らした。


「……何のことだ。ミラなら、一日中邸の庭をいじっていたはずだが」

「そうよ、ユウ。あんたの被害妄想じゃない? 私たちはただ、あんたが学園生活を快適に送れるよう、天に祈っていただけよ」


 サリア姉様が優雅にハーブティーを啜りながら、白々しく微笑む。

 双子の兄姉の、あまりに完璧な連携による過保護の隠蔽。


 俺はこれ以上追求することを諦め、ただ心の中で、学園の影で戦い続けてくれるミラに、深い感謝を捧げることしておこう。

 

 俺を取り巻く世界は、かつてないほど清潔で、そして安全に守られながら変化を迎えようとしていた。

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