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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第056話 紙の魔法

 ラングレー伯爵邸での騒動から数日。父様と母様に連れられ、俺は王都の社交場でも指折りの場所を訪れていた。今日は王都の有力貴族が家族連れで集う、恒例の親睦茶会である。

 だが、会場に足を踏み入れた瞬間、俺の”保育士”としての本能が警報を鳴らした。


 豪華な装飾に囲まれた広間では、五、六歳くらいの子供たちが、窮屈な礼服に身を包み、大人のように背筋を伸ばして座っている。彼らの瞳には生気がなく、隣に座る親たちの顔色をうかがうように、小さな口で音を立てずに菓子を運んでいた。


「ユウ、ご覧なさい。あの子たちは、小さな貴族として完璧に振る舞うことを義務付けられているのよ」

 母様が、扇子の陰で悲しげに呟く。


「母様、あれでは、ただの飾り人形じゃないですか。子供は笑って、走り回って成長するものでしょう。そう思いませんか?あんなに心を殺していては、いつか壊れてしまいます」


 その時、広間の端で一人の幼い少年が、耐えきれずに銀のフォークを床に落とした。静寂の中に響く鋭い音。


「何をしているのだ!アルベール!ヴァルゼイド公爵家の前で、なんと恥知らずな!」


 父親である侯爵が、激昂して少年の肩を掴む。少年は顔を真っ青にし、今にも泣き出しそうに震えていた。周囲の貴族たちは、まるで汚いものを見るかのような冷ややかな視線を向けている。


 俺は、無意識に足が動いていた。


「失礼します、侯爵。アルベール君だったかな?びっくりしたよね。でも大丈夫、この床は頑丈だから。ほら、見てごらん、フォークも全然傷ついていないよ」


 俺は少年の前で膝をつき、視線を合わせて微笑んだ。優しい言葉で、少年の瞳に溜まっていた涙が、ポロッとこぼれ落ちた。


「ユウ様、公爵家の若君が子供の失態を庇われるとは……」


 侯爵が当惑する中、俺は広場を見渡して声を上げた。


「皆様、本日の茶会に私に時間をいただけないでしょうか。子供たちが少し退屈しているようですので、私の知る物語を披露したく思います。リーゼロッテ、悪いが写本の表紙に使うような、丈夫な厚紙を十枚ほど。それから、適当な大きさの木箱を用意してもらえるか?」

「え……?あ、はい。すぐに用意させます、ユウ様」


 リーゼロッテも驚いたようだったが、俺の意図を察して使用人たちへ指示を飛ばした。

 急造の道具でどこまでできるか分からないが、前世の保育現場では”今あるもの”で子供を楽しませるのが日常茶飯事だった。


 幸い、俺は昔から絵を描くことが得意だ。前世でも、保育園の誕生カード作りは俺が任されていたほどだ。



 俺は隅のテーブルを借りると、運ばれてきた厚紙を右手に持ったナイフで手際よく切り分け、即興で絵を描き始めた。使用人に借りたインクで、色々な情景を次々と描き出していく。左腕がなくても、左の肩口で押さえながらペンを走らせる。



 二十分後、俺は中央に設置した簡易的な木枠の裏に回ると、子供たちを手招きした。


「みんな、ちょっとこっちにおいで。これから、世界で一番不思議な話を見せてあげる。おいで、おいで」


 俺が手招きすると、ぎこちなかった子供たちも、俺の声に誘われ、一人、そして、また一人と集まってくる。俺は、一番上の厚紙をゆっくりと横に引き抜いた。


「むかしむかし、あるところに、空を飛ぶことを夢見た小さなドラゴンの子がいました……」


 俺は保育士だった頃の記憶を呼び覚まし、声色を変え、抑揚をつけて語り始めた。ただの朗読ではない。子供の視線を捉え、絶妙な間で問いかけ、物語の中に引き込んでいく技術。


「ドラゴン君は一生懸命羽を動かしました。でも、なかなか飛べません。みんな、どうすれば飛べるかな?一緒に『ふーっ』て風を送ってくれる?」


 子供たちは一瞬顔を見合わせたが、さっき泣いていたアルベールが勇気を出して「ふーっ!」と息を吐いた。それに続いて、次々と小さな「ふーっ」が重なる。


「わあ、すごいぞ!みんなの風が届いたね!ドラゴン君の羽が少し浮いたよ!」


 物語が進むにつれ、子供たちの背筋は丸くなり、瞳は輝きを取り戻していった。あんなに完璧に座っていたはずの子供たちが、今では身を乗り出し、「次はどうなるの?」「ドラゴン君、頑張れ!」と、ありのままの声を上げている。



 一人の貴族が、不機嫌そうに口を挟んだ。

「……ヴァルゼイド卿、子供に大声を出させることのどこが教育的だと言うのです」


 俺は紙を抜く手を止め、その貴族を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。

「教育とは、叱りつけて教える事ではありません。喜びや想像。その心の動きこそが、知性の根源になるのですよ。ほら、見てください。あの子たちの顔を。そして瞳の輝きを」


 そこには、眉間に皺を寄せた小さな大人ではなく、物語に一喜一憂する子供の顔があった。


その貴族は黙り込んでしまったので、俺はそのまま話を続けることにした。

「……そして、ドラゴン君は自分だけの翼を見つけ、虹の向こうまで飛んでいきました。おしまい」


 最後の一枚を引き抜くと、会場は静まり返った。直後、子供たちから弾けるような拍手と歓声が上がった。


「お兄ちゃん、すごい!面白かったぁー!」

「もっと見たい!もう一回やって!」


 貴族の親たちは、自分の子供たちがこれほどまでに表情を崩し、無邪気に笑う姿を初めて見たかのだろうか?呆然と立ち尽くしていた。先ほどの子供を叱りつけていた侯爵が、俺の側にやって来た。


「ユウ様。貴方様は、何ということを……。これは、魔法よりも恐ろしい術ですな。私は、息子があんなに大きな声を出せることを、今の今まで知りませんでした」


「侯爵、子供は世界の宝です。子供たちが心から笑えない世界に、明るい未来などありえません。彼らには、礼儀作法よりも先に、自分が守られているという安心感が必要なのです。それを与えるのが、父親や私たちがなすべき役目でしょう?違いますか?」


 俺の言葉に、周囲の貴族たちは深く頭を垂れた。冷ややかな視線を送っていた者たちも、楽しそうに笑う我が子の姿に、毒気を抜かれたような顔になってしまった。


「ユウは本当に、不思議な子だわ。建築の次は、子供の心まで修復してしまったのね」

 母様が俺の右手を優しく握り、父様は誇らしげに頷いた。


 茶会が終わる頃、俺の周りには子供たちだけでなく、その親たちも集まっていた。

「ユウ様、次はいつこのような催しを?」

「我が家にも、また、お話を聞かせに来ていただけないでしょうか?」

「先ほどの、公子様がお書きになられた紙を頂戴できませんか?」

 想定外の反響に、俺は苦笑いするしかなかった。



 帰り道、馬車の中でリーゼロッテが微笑みながら俺を見た。

「ユウ様。あの場にあるものだけで、あの子たちの心をあそこまで掴んでしまうとは……。これから王都の社交界では、豪華な舞踏会よりも『ユウ様のお話』に招かれることの方が価値があると言われそうですね」

「それは勘弁してほしいな。僕はただ、あの子たちに自由な時間を作ってあげたかっただけなんだよ。窮屈なのは、大人だけで十分だよ」



 前世の保育園で、園庭を走り回っていたあの子たちの笑い声。この世界でも、それは絶対に失ってはいけない。

 俺の知恵が建物を支える礎なら、俺の言葉は子供たちの未来を支える柱になりたい。

 ふと、空を見上げると、ドラゴン君が飛んでいった虹の向こう側のように、星々が優しく瞬いていた。

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