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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第055話 震える屋敷の正体

 孤児院の建て替えから数週間。王都では、ヴァルゼイド公爵家の公子であるユウ様が、魔法を使わずに、壊れかけていた孤児院を驚くほど頑丈に直したという話が広まり始めていた。


 そんな折、俺の元へ、ある有力な伯爵家から不可解な相談が舞い込んできた。

 父様は、書斎に俺を呼び寄せると、困惑した顔で一枚の手紙を差し出した。


 「ユウ。ラングレー伯爵からだ。彼の屋敷で、夜な夜な不気味な震動と異音が響いて、家族が怯えているらしい。既に何人もの祈祷師が招かれ、呪いや悪霊の類として除霊や浄化魔法を繰り返したが、一向に収まらないそうだ。伯爵はお前の話を聞き、建物の造りに問題があるのではないかと疑っている。もう、それだけが一縷の望みらしい」

 「震動と音……。一度見に行った方がいいでしょうね」

 

 俺はリーゼロッテを連れ、伯爵家の屋敷へと向かった。当然、俺達には公爵家の精鋭騎士が護衛としてついてきている。

 迎えてくれたラングレー伯爵は、寝不足からか深い隈を作り、疲れ切った様子だった。

 「公子ユウ様、よくぞお越しくださいました。ほらほら、今も聞こえるのです。壁の奥で、何かが唸っているような不気味な声が……」


 案内された広間の中央では、数人の祈祷師たちが仰々しく杖を振り、香を焚き染めていた。そのリーダー格と思われる、長く白い髭を蓄えた老祈祷師が、俺の姿を見るなり眉をひそめた。


 「これはこれは、公爵家の若君。このような呪われた場所へ、何の用ですかな?ここは今、我ら浄化の徒が、大地に深く根を張った地縛霊と対話をしている最中です。子供の遊び場ではありませんぞ。我らは命をかけているのですぞっ!」


 「地縛霊ですか。具体的にどのようなお話をしているのですか?」

 俺が努めて穏やかに問いかけると、老祈祷師は鼻で笑った。

 「愚問ですな。この屋敷が震えるのは、霊が怒りに震えているからですな。壁の奥から響く唸り声は、この地に沈んだ者の怨嗟。魔法の理を知らぬ者には、この霊的な波動の意味など分かりますまい」

 「そうですか。ですが、僕には別の原因があるように思えるんです。少し、調べさせてもらってもよろしいでしょうか」

 

 俺がそう言って、屋敷の壁に右手を当てようとすると、別の若い祈祷師が割って入った。

 「やめなさいっ!今、結界を張っているのです。素人がむやみに壁に触れれば、霊の怒りが貴方様にまで及ぶ。見てください。この部屋の隅にあるロウソクの火を。不自然に揺れているでしょう?これこそが、目に見えぬ力に空間が支配されている証なのです」


 俺は彼が指差したロウソクの火をじっと見つめ、それから傍らのテーブルにあった水差しに目を止めた。

 「確かに、火は揺れていますね。でも、それは空間が支配されているからではなく、単なる風のせいですよ。リーゼロッテ、その水差しとコップをここへ」

 「はい、ユウ様」

 

 リーゼロッテが手際よくコップに水を満たし、俺の前に差し出した。俺はそのコップを、震動が一番激しいと思われる床の中央にそっと置いた。


 「皆さん、この水面を見てください。何度も、規則正しく波紋が広がっています。もし霊の怒りなら、もっと不規則で荒々しいはずです。これは、どこかで何かが規則正しく動いている証拠なんですよ」

 「ふん、詭弁を!波紋など、我らの祈祷が空気を震わせている証に過ぎん。伯爵、このような若造のたわ言に耳を貸してはなりません!さて、これよりは上級魔石を用いた大規模な浄化が必要ですぞ」

 

 焦り始めた祈祷師たちの言葉を背に、俺は伯爵へ向き直った。

 「伯爵、半年前に裏庭に作った噴水ですが、その水の通り道は、この広間の地下を通っていませんか?」

 

 「え、ええ。確かに、最短距離で繋ぐために地下を掘り進め、古い貯水槽の脇を通り抜けるように配管したはずですが……」

 「それが原因です」

 

 俺は断言した。


 「祈祷師さん、あなたの言う通り、ロウソクの火は揺れています。でもそれは、地下を流れる大量の水が、古い貯水槽に残っていた空気を押し出し、壁の隙間から吹き出しているからなんです。その風が特定の空間で反響して、唸り声になっている。これを、共振現象と言います。大きな笛が鳴るのと同じ仕組みですよ」

 「共振……?笛……?巫山戯(ふざけ)るな!この歴史ある伯爵邸が笛だというのか!この侮辱、断じて許せん!」

 

 老祈祷師が激昂し、杖を突き出すのだが、俺には、他人が伯爵邸に対して怒るのが理解できない。


 その時、屋敷全体を『ズ、ズズ……』という、これまでで最も大きな地鳴りが襲った。

 祈祷師たちは「霊の怒りだ!」と叫んで慌てて呪文を唱え始めたが、俺は冷静にリーゼロッテを見た。

 

 「リーゼロッテ、今だ。裏庭の噴水の給水栓を完全に閉めてきて。それから、地下の点検口を大きく開けて、空気を逃がしてやってくれ」

 「かしこまりました、ユウ様!」

 

 リーゼロッテが弾かれたように部屋を飛び出していった。

 祈祷師たちは必死に「鎮まれ、鎮まれ!」と壁に向かって香を投げつけていたが……。


 数分後、ピタリと。


 それまで屋敷を包んでいた不気味な震動と唸り声が、嘘のように消え去った。

 静寂が広間を支配する。ロウソクの火は真っ直ぐに伸び、水面の波紋も消えて鏡のようになった。

 

 「……止まった。……本当に、音が消えたぞ……」

 

 伯爵が呆然と呟いた。俺は、杖を握ったまま固まっている老祈祷師に向かって言った。

 「霊の怒りが静まったのではありません。ただ、原因となっていた水の流れを止めただけです。伯爵、浄化の儀式なんかはもう必要ありません。必要なのはお祈りではなく、水の通り道を少しずらすための、簡単な土木工事です」


 祈祷師たちは顔を真っ赤にしたり、青くしたりして、言葉を失っていた。老祈祷師は震える手で杖を握り直し、絞り出すような声で言った。

 「我らが何日もかけて解けなかった呪いを、ただの水路の問題だと言い切るのか。ヴァルゼイドの若君。貴方様は、この世界の神秘を、そんな無機質な理屈で塗りつぶすおつもりか!」

 「理屈ではありませんし、神秘を否定するつもりもありません。でも、建物に起きる不都合には、必ず理由があります。僕はただ、建物の苦しんでいる場所を、正しく見つけてあげただけなんです」

 


 その毅然とした態度に、伯爵は深く頷く。

 彼は鋭い眼光を祈祷師たちに向けると、冷徹な声で告げた。

 

 「もうよい。皆、今すぐこの館から立ち去るがいい。ユウ様が証明された通り、必要なのは呪文ではなく、正しき知恵であった。無駄な浄化を繰り返し、いたずらに私の家族を怯えさせ、あまつさえ高価な魔石を要求し続けた無能に、これ以上払う報酬はない。衛兵、この者たちを門の外へ!」

 「は、伯爵!お待ちを!霊がいつ再燃するか……!」

 

 (すが)り付こうとする祈祷師たちは、屋敷の衛兵たちによって引き立てられ、乱暴に広間から追い出されていった。遠ざかっていく老祈祷師の呪詛のような叫び声も、今の静かな屋敷の中ではひどく滑稽に響いた。


 伯爵は俺の手を握りしめ、何度も感謝の言葉を口にした。

 「ユウ様がいなければ、私は家を捨てるか、莫大な額を祈祷に払い続けるところでした。本当にありがとうございます」


 

 俺は保育士だった頃、泣きやまない子供の背中をさすりながら、原因を一つずつ探っていた。オムツか、お腹か、それとも寂しいのか。建物も同じだ。震えているなら、何かが嫌だと言っている。



 帰り際、馬車の中でリーゼロッテがポツリと言った。

 「ユウ様。あの祈祷師の方々の顔、忘れられませんわ。きっと明日には、王都中の祈祷師や魔導士たちの間で、ユウ様の名前が悪魔のように恐れられることになるでしょうね」

 「困ったな。僕はただ、安心して眠れる家を守りたいだけなんだけど」

 

 この事件は、瞬く間に貴族たちの間で広まった。

 ――ユウ・ヴァルゼイドは、壁の向こう側を見通し、霊さえも理屈で追い出す――と。


 そんな噂が独り歩きを始め、俺の元にはさらに難解な、そして時には不穏な依頼が舞い込むようになってしまったのだった。

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